小さな変化や小さな音に耳をすます
前作『ashbalkum』と比べると、今作はシンセの質感に焦点が合わせられている。広く景色や状況を捉えるというよりも、水面を眺めたり植物の葉ごとの違いに気を配ったり、風の音を聴いたりと、肌で感じ取れる変化や調和を観察しているような。“in parallel”は、「並行して/同時に」という意味ではあるが、平行線で挟まれた内側を興味深く眺め、その広大な地平で楽しく動き回っているかのようだ。
初めて再生したとき、以前よりも素材が繊細で、それらの組み合わせに気を配っていそうだという印象を持った。ぼーっと聞き流せば、どの楽曲でも耳馴染みのいい音がきらきらしている。しかし少しばかり注意を払えば、「Homemade Jam」のふつふつ煮えているような音が聴こえてきて、「Sun Tickles」にはぽかぽかした音がふよふよと舞っていて、森の木々や菌類の胞子、熱帯の海など雄大な自然が広がっている。「Purple Punch」では、空間が伸びたり縮んだり増えたり減ったりと変容し続けている。実際、「Sun Tickles」を支えるメロディーが「Mysterious Wedding」でキーとテンポを変えて使われていたりと、アルバム全体を通していくつかのフレーズや音が共通して使われているそうだ。音色が選定されていて、同様のフレーズもあるなかで、ささやかで堅牢なそれぞれの楽曲のムードがたしかにある。
本作はつながりについてのアルバムだという。タイトルはこれまでふたりで見つけたハーモニーのことでもあるらしい。そういった作品がノスタルジアと結びつくのは自然なことだろう。1曲目「Nostalgia」では、口笛とそれに呼応するシンセが聴こえ、子供の声やバイクの音といった、かつてどこかで鳴っていた音が迫ってくる。これは過去とのつながりと言えるかもしれない。「Homemade Jam」では“Make a jam / By myself”とくりかえし歌われているが、以前ジャムをつくり、ふつふつ煮立つ鍋を覗いていたら吸い込まれそうな感覚になったことがある。これは別の空間とのつながりのひとつかもしれない。こういったつながりの気配は、大概かすかなものである。最後の「Mysterious Wedding」では、「Nostalgia」とはまた別の街の音のようなものが聞こえる。そして最後にはそこから風が吹く。
風についての好きな文章がある。田口和奈の図録『Eurydice』に掲載されている、「死者と風」という論考の一文、「そして死者たちは、決まって、小道をふとした拍子にかすかな速度で吹き抜ける季節外れの風のようにして、私たちに到来する。」というものだ。その風のように、アルバムの最後に吹く風は時間を越えた場所からこちらに吹く風なのだ。
たとえば、小さな変化に耳を傾けること、身の回りの小さな音に耳をすませること、知らなかったものを聴こうとすること。こういったかすかだが強力な意識は、奇妙でささやかな別の時空への入り口になっているのだろう。(佐藤遥)