Review

Kacey Musgraves: Golden Hour

2018 / MCA Nashville
Back

サイケデリックに映す 普遍的な愛の美しさを届ける“黄金の時”

05 April 2018 | By Daichi Yamamoto

まずアルバムに先立って同時公開された「Space Cowboy」と「Butterflies」を聴いてほしい。前者は夕陽を眺めながら恋人の旅立ちを想うセンチメンタルなバラード。一方で後者は恋人へ惚れた時の気持ちをありったけの甘い言葉で綴ったラブ・レター。だが、どちらからも恋に落ちることの美しさ、幸福が、同等に伝わってくる。こんな愛の語り手が他にいるだろうか。テキサス出身の29歳、ケイシー・マスグレイブスの4枚目となる本作は人生の全ての瞬間を”ゴールデン・アワー”に塗り替えてくれるようなレコードだ。

彼女のトレードマークとも言うべき、ルーツに忠実なオーガニック・サウンド(豪勢でダイナミックな歌唱と分厚い音作りの昨今のカントリーの主流とは対極だった)は鳴りを潜め、代わりに現れたのは、幻想的な空間を演出するサイケデリックな音像だ。ディスコ調の「High Horse」やヴォコーダーを使った「Oh What a World」はダフト・パンクまで想起させる。だが、こうした変化は彼女がカントリーのコミュニティ(つまり主に南部のホワイト)と共に歌うのを止めたことは意味しない。全ての曲のリリックはパーソナルでありながら、これまで以上にユニバーサルで開かれている。孤独を肯定する「Lonely Weekend」から、愛の強さを「海を探そうとする川のように/コンクリートの花のように」と表現する「Love is a Wild Thing」まで、詩的で感動的になることを厭わず、全ての描写に迷いがない。優しく語りかけるケイシーの言葉には私たちが日々感じる痛みや悲しみを癒す効果まで感じてしまう。本作で彼女が作り出したのは音の「壁」ではなく、私たち誰もを包み込んで解放する広い「宇宙」の空間だからだろう。その宇宙から彼女は魔法のような自然の輝きを眺めて感動し(「Oh What a World」)たりもする。

重要なのは本作が「自分のペースで世界を変えるの/きっと大丈夫」という「Slow Burn」で始まる通り、常に彼女の自信で彩られていること。これまでも、小さな町の慣習的な暮らしに収まれない若者や、LGBTへの肯定、ウィード賛歌などでインディ系の批評メディアからも絶賛を受けてきた彼女には、今の時代に正面から対峙する、まさにリベラル層に響きやすい作品を作ることも出来たはずだ。だが彼女は、ポリティカルな歌い手と受け取られることは避け、結婚を経験した自身の言葉の説得力を信じ、離れた場所に暮らす私たちをコネクト出来るように、伝えようとした。愛し、愛を受けることの美しさを。困難ばかりで中々気付けないけど、いつだって私たちの頭上には虹があるんだ(「Rainbow」)ということを。恋愛でなくてもいい、家族との愛でも友情でもいい。素直になれば目の前は希望で溢れている。(山本大地)

■Kacey Musgraves OFFICIAL HP
http://www.kaceymusgraves.com/

More Reviews

1 2 3 71