Review

パソコン音楽クラブ: FINE LINE

2023 / HATIHATI PRO.
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とにかく今は楽しく踊ろ!

03 August 2023 | By Haruka Sato

とびきり楽しいアルバムだ! どれくらい楽しいかというと、外に出る準備をしながらヘッドホンをつけてこのアルバムを流したら、居ても立ってもいられなくなって玄関から走り出したくらい! 聴いただけで楽しくなるのは、体が勝手に動くのは、「Music Magic」のひとつ、リズムがわたしたちに呼びかけるからだ。

これまでのアルバムでは、往年のハードシンセや音源モジュールによる過去に描かれた未来のような音の質感が重要な役割を果たしていた。その質感が、時間も場所も、実在なのか架空なのかも曖昧だけど記憶にある景色を立ち上がらせ、生活を続けるための堅実な手段を遠ざけ、ここではないどこかへ思いを馳せさせた。そんなアルバム3作を経て、『FINE LINE』では彼らのライヴのようなダンス・ミュージックの機能性が前面に出ている。今年に入ってからライヴアレンジされた楽曲をEPでリリースしていたことも記憶に新しいが、とくに「Dog Fight」から「Omitnak」、「Sport Cut」は、低域を抑えたライヴ用のトラックみたいだ。「Dog Fight」のリズムは切り替えが多く、先が読めそうで読めないがために体の動きをずんずん引っ張って大きくしていくし、「Omitnak」の16分音符のモチーフは切り貼りされるように何度もつなぎ合わされ、どこまでも行ってほしいという期待でいっぱいになる。「Sport Cut」のシンセのリズムはシンプルな4つ打ちと組み合わさって前のめりにさせる。体を動かす不思議で複雑で面白いリズムがこのアルバムには詰まっている。

そのうえコラボレーション楽曲はどれもリズムが掴みやすい。たとえば「PUMP! feat.chelmico」は2小節をひとかたまりに2小節目の3、4拍目に重心がある構造が繰り返されている。わかりやすいのは「わかっちゃいるけどとめらんないや」の「ないや」の部分。フレーズによって異なるが、その部分のボーカルがなかったり、音が少なくなったり逆に詰まったりすることで留まる感覚がつくられているのだろうか。展開が早くいろんなリズムが複雑に重なっているものの、大まかな構造が通底しているので、にぎやかなウワモノやchelmicoの二人が歌うごきげんなリリックにも意識を向けながら体を動かし続けることができる。ほかにも「KICK&GO feat.林青空」は三三七拍子が特徴的。サビに入る前の「音楽」という歌詞が「おん・がく」の2音節ではなくて、「おん・が・く」という3音節の譜割りになっていることで、スムーズに三三七拍子にのれるようになっているようだ。

いつだってそうだけど、とくに今いる状況にうんざりしたとき、踊ることはどうしたって必要だ。苛立ちも虚しさも死にたさも、踊ることができたら一旦は考えなくていいし、結局どうでもよくなったりする。くり返されるリズムは日常から逃げる手段でもある。でも、わたしたちの体を動かすリズムよりもずっと大きなあらゆるサイクルは、こちらの事情なんて知らずに淡々と進んで、どうでもよくなることを許さなかったりするし、ますますうんざりさせたりもする。一時逃げられたとしても「Day After Day feat. 髙橋芽以」のMVのテーマが回転であったように、結局そういうサイクルから逃げ出すことはできない。それでも、このアルバムを聴いたときのわくわくした気持ちや、友達と楽しい!と言いながら踊ることや黙々とひとりで踊りつづけることのきらめきは「Music Magic」そのもので、くり返しの生活の中で心の内に大切にしまっておくこともできるし、また探すことも自分でつくることもできる。わたしの生活に宇宙人はいるかもしれないし、いないかもしれないけど、でも楽しく踊れる音楽はここにあるよ。(佐藤遥)


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