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『See-Voice』からきこえる、
パソコン音楽クラブの心の内に広がる海

13 October 2021 | By Haruka Sato

パソコン音楽クラブが、80年代~90年代に現役だったシンセサイザーや音源モジュールを駆使して楽曲を制作していることはすでに知っている人が多いだろう。でも彼らが、海が好きであることを知っている人はそこまで多くはないかもしれない。サード・アルバムとなる今作では、彼らの好きな音に立ち返り、「海」をテーマに掲げ、初めて自分たちの内面にフォーカスしている。晴れ渡った空のもとに広がる海、海面のきらめき、夕日に照らされ輝く海、水平線、はたまた水中……海の持つさまざまな側面が思い浮かぶトラックと、彼らの心の内を描出した言葉を歌う6人のゲストボーカルの声が重なるポピュラー・ミュージックだ。

まず、過去の作品を振り返ろう。《Maltine Records》からリリースのEP『PARKCITY』は、大阪湾に面したATCウミエール広場がジャケットの、ウォーターフロントにまつわる楽曲が収められた作品。Bandcampからリリースの『SHE IS A』は、角松敏生『SEA IS A LADY』のカバー。ファースト・アルバム『DREAM WALK』は、夜の熱海でそこだけ煌々と光るジョナサンがシンボルになっている。tofubeats企画の「HARD OFF BEATS」でドビュッシー『海』をサンプリングしていたのも懐かしい。またSoundCloudにも海に関連する楽曲が複数公開されている。こうしてみるだけでも、彼らが海そのものや海のある景色、そして海を表現した音に心惹かれてきたことがわかる。理由として、80年代〜90年代の楽曲のきらびやかなパブリックイメージと海のきらめきとの相性の良さや、海がモチーフの楽曲は彼らが影響を受けたアンビエントやニューエイジでも多いこと、また比較的海が近い地元でモラトリアムの時期を過ごしたことが挙げられるが、とにかく海をテーマにした多くの作品を制作している。

つぎに、パソコン音楽クラブの楽曲はひとつのジャンルに縛られないという前提のうえ、大まかなジャンルやテクスチャについて振り返る。ゲーム音楽のチープな音に魅せられ、ソフマップで中古機材を購入したところからパソコン音楽クラブの活動が始まったわけだが、クラブで演奏するようになったことでセカンド・アルバム『Night Flow』はクラブ志向のダンス・ミュージックに。一方、コロナ禍にリリースされたEP『Ambience』はクラブでの演奏を想定せず、自然の音のノイズを取り入れた作品に。そして同時期からポピュラー・ミュージックのリミックスワークや楽曲提供が増加している。本作では、そのポピュラー・ミュージックのムードを逆輸入して、過去に制作した楽曲のモチーフとチープなGM音源、アンビエントなシンセ、ダンス・ミュージックのビートが組み合わされている。また今回のゲストボーカリスト、猪爪東風(ayU tokiO)や弓木英梨乃とは楽曲提供の過程で接点があったのだろう。ここまでをまとめると、本アルバムは、活動の初期からテーマとして採用してきた海を、いまの時点からもう一度表現しようと試みている、言い換えると、原点回帰の一端を担っている作品だと考えられる。

最後に作品で表現してきたことについて。ファースト・アルバム、セカンド・アルバムは“日常の隣にある非日常”を表現した作品だ。とくにセカンド・アルバムでは、夕から朝にかけて普段は見過ごしている些細なものが特別に見える瞬間のかけがえのなさを描いていた。しかしコロナ禍を経て、その感覚がファンタジーだったと思うようになり、自分や自分の周りに視線が向くようになったそう。自分の周りに向いた視線から生まれた作品が『Ambience』だとすると、自分に向いた視線から生まれた作品が『See-Voice』だ。

本作の歌詞を紐解いていこう。一貫して、時間の経過、過去のことと先のこと、「あなた」や「君」を思う気持ちについて歌われており、歌詞同士にも共通した単語(色、形、光、青、思い出、どうか、声、底など)が繰り返し出てくるため、どの楽曲も共通項を持っている。また過去のアルバム作品には「僕ら」しかいなかったが、本作では「あなた」や「君」がいることも注目すべき点だ。そこで、たとえばタイトルが呼応しているM2「Listen」とM9「Voice」を聴くと、M9の「あなた」はM2の登場人物のことだと予想できる。“どんな夢をみてるの/どんな夢を描くの”と“うつろな点と線を引っ張って”いる人に聞いているのだ。また、かつて楽曲のテーマにしていた“日常の隣にある非日常”についてインタヴューで「歳を取ったら消えちゃう感覚にすがりついていたい」、「モラトリアムの終わりの漠然とした不安がある」と話していたことを思い出すと、M11「透明な青」はまさにパソコン音楽クラブのふたりが、その感覚が消えゆくことを受け入れているように聴こえる。そしてアルバム最後の楽曲、M14「海鳴り」はツイン・ヴォーカル。M4「遠くまで」を歌うunmoと、M7「潜水」を歌う川辺素がユニゾンで同じ詞を歌っている。“声を聞かせておくれ”と呼びかける相手の瞳の奥に映るのは自分自身だ。そして相手も自分と同じことを同じように歌っていることで、相手が自分を映し出した存在でもあると気づく。M4とM7の歌詞がひとりの人の言葉となると、共通項を持つ全ての楽曲の歌詞も同様にその人の言葉ということになる。ここまで歌ってきたことも、「あなた」も「君」も、自分のことだったのだ。これに先程の「透明な青」の話を合わせると、このアルバムはパソコン音楽クラブが、現在の自分自身を構成する内なる自分たちを海になぞらえている作品だと気づかされる。だからこそジャケットは海をなぞらえた水族園で、タイトルが意味するところは、「海」の音を聴くことは心の声を理解することだということなのだろう。

まとめると、『See-Voice』は、原点回帰の試みと内面の描出を同時に行うことで、時が流れる哀しさを受け入れ、日常の隣にある非日常にかけがえのなさを感じていた自分をはじめとする過去の自分たちやその感覚に別れを告げ、内なる自分たちとして心にしまうことを表現した作品だ。

ところでファースト・アルバムには“都市を満たす静寂に、僕らは海の音を聞く。記憶の中の音楽のそばで、終わらない夜の夢を歩こう。”というキャッチコピーがついている。もしかすると、このときに聞いていた海の音は、内なる心の海の音でもあったのかもしれない。(佐藤遥)

Text By Haruka Sato


パソコン音楽クラブ

See-Voice

LABEL : パソコン音楽クラブ
RELEASE DATE : 2021.10.13


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