Review

Charlotte Adigéry & Bolis Pupul: Topical Dancer

2022 / Bounty & Banana / Deewee
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そこにいるべき私たちのステップとビート

20 March 2022 | By Shino Okamura

本作の11曲目「Making Sense Stop」というタイトルから、当然誰もがあの人とあのバンドを想起するわけだが(そして実際に影響を受けたと公言している)、フランス語と英語の歌詞が混在するこの曲のフランス語によるサビ部分ではこのように歌っている。「時々私は怒りを感じる/あなたは私を再び失望させた」。

何に向けての怒りであり、何が失望させたのか。それは、マルティニークとグアドループの子孫筋にあたり(家族はナイジェリアのヨルバ人だそう)、自身はフランス生まれゲント育ちであるシャーロット・アディジェリーと、マカオ出身の中国系で漫画家兼コメディアン、音楽家でもあるカマグルカ(Kamagurka)を父に持つボリス・パパルというこの作品を作った二人が、ヨーロッパの小国、ベルギーに生きること。いや、ベルギーが過去植民地時代に数々の残虐行為をしてきたこと、と言うべきだろうか。けれど、二人名義のアルバムとしては初となるこの作品では、重い“トピック”であるそうした怒りをストレートに表出させるのではなく、ユーモア溢れるヒューマニズムとフィジカルでアフロ・オリエンタルな“ダンス”ミュージックで洒脱に表現させている。とりわけ、本作収録曲で昨年先行曲として公開された「HAHA」(プリンス「Sign O’ The Times」のオマージュ!)が象徴的だ。シャーロットによる笑い声がほぼ全編を通してビートに乗ったままリフレインされ、その合間に“Guess you had to be there”(その場にいなければならなかったと思う)というフレーズが挿入される。この曲を聴いてとっさに思い浮かべたのは、“僕がいたい場所は家。僕らはあてどなくさまようけれど、ほんの少しだけでも同じ場所を共有しようよ”(筆者意訳)と歌われるトーキング・ヘッズの「There Must Be The Place」だった。なるほど、この二人の社会問題を視野に入れたユーモアは、まさにトーキング・ヘッズやデヴィッド・バーンさながらなのだろう。バーンが映画『American Utopia』でも披露した「Everybody’s Coming To My House」で伝える、“誰もを拒まない社会”をどうやって実現させていくのか? の提案をこの二人組のアルバムからも軽やかに実感できるのだ。

ベルギーのディワーラ兄弟を中心としたソウルワックス主宰レーベル《Deewee》から作品を出してきたシャーロットと、こちらも《Deewee》から2016年から2017年にかけてEPをリリースしてきたプロデューサーとしても活動するボリス。シャーロットは2019年に《NME》の“The NME 100: Essential new artists”の一人としてもピックアップされ静かな話題を集めてきたが、両者の出会いは2016年にソウルワックスが手がけた映画『Belgica』のサントラで共に作業をして意気投合したという。

その後、2019年にリリースされたシャーロット個人の名義による5曲入り『Zandoli』で既に両者のコラボレーションが実現しており(ジャケットにも二人のイラストがあしらわれている)、ここに届いたファースト・アルバムは10年弱ほどの交流の成果が結実したものだと捉えるべきなのだろう。歌詞は確かに人種差別やミソジニーをテーマとするものだ。インスピレーションになっているのは、服も着せてもらえずに一晩刑務所の中に拘束されたという母親の差別体験から、ベルギーが植民地時代のコンゴで虐殺した歴史的過去などに及ぶ。だが、彼らは、それらの問題提起によって皆で考えるよう促す着地点に向け、あくまで風通しよく躍らせることで糸口を見つけようとしているのではないか。アフロビート、R&B、テクノ、ハウス、場合によっては、先の「HAHA」のみならず「It Hit Me」は「Hot Thing」のオマージュだったりとプリンスの曲からの影響を時折コラージュのように音の断片を重ねながらスマートに交配させたエレクトロ・ファンク・ポップが、そうした命題を解決するための策はまずは体を動かし踊ることにあるといみじくも主張しているかのようだ。

ちょうど同じタイミングで同じベルギー出身のストロマエもニュー・アルバム『Multitude』をリリースした。収録曲の一つでクンビアからの影響を感じさせる「Santé」(健康、という意味)の歌詞は、「持たざるものたちのために」という一節に始まる。MVでは様々な人種の労働者たちが登場し、仕事をしながら軽やかに踊る場面が描かれていて、実に示唆的な内容だ。ベルギーはヨーロッパの中でも決して目立つ国ではないが、人種、性別による差別問題は厳然と顕在化していることを彼らは見事に伝えている。あからさまなアジテーションではなく、フィジカルに踊ることによって。皆がよりよい暮らしを手に入れられるようにと願いながら。(岡村詩野)

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