未分化の、より混沌とした感覚が持ち得る豊かさの希求
アルバム・ジャケットの抽象的な絵画を見て、オーネット・コールマンの、あるアルバムの意匠を連想した。1961年作『Free Jazz: A Collective Improvisation』のジャケットは、大きく書かれたタイポグラフィの右側に、切り抜かれた小窓があり、ジャケットを開くと、ジャクソン・ポロックの1954年の絵画「White Light」の全貌が現れる。コールマンは、1960年作『Change Of The Century(邦題:世紀の転換)』のライナーノーツで、自身の音楽を「ポロックの絵画のよう」だと述べているし、ポロックには「自分の作品は音楽のように楽しまれるべきだ」との発言もあるが、ここではコールマン側の意図でポロックの絵画が作品をイメージするものとして選ばれており、両者に制作上のインタープレイは存在しない。一方、この『Of Sight and Sound』の場合は、ジャケットの絵画には音楽が、そして音楽には絵画が、それぞれ混ざり合うようにして影響を与え合い、形作られた作品となっている。制作の段階から両者が分かち難く結びついたプロジェクトの成果がこの作品なのだ。
1970年代末から、ロフト・ジャズ以降のニューヨーク前衛/即興シーンにおいて強い存在感を放ち続ける名ギタリストであり、様々なセッションで名演を重ねつつ、作曲家、シンガーソングライターとしても作品を残してきたブランドン・ロス。2012年に弟のベーシスト、ケヴィン・ロス、ドラマーのクリス・エドルトン、サウンドデザイナーのハーテッジと共にバンド、ペンデュラムを結成し活動するなかで、「ネオ・シンボリック抽象画家」フォード・クルルとの出会いがあり、2016年ごろにコラボレーションを開始している。今作は2019年6月に行われたパフォーマンスの記録で、クルルが目隠しをして、バンドの音楽に合わせ、壁の7.6×1.8mの白い紙に黄・赤・黒を1色ずつ順に左から右へとペイントしていき、4人の音楽家たちはそれを見ながら、即興演奏を続けるという1時間弱の様子を、我々は音のかたちで体験することができる。
「TOIL」と題された3つの組曲で始まり、「First Yellow Icon」「A Bed of Red Dreams」「Black Prelude」「Black Illumination」といった曲名からは、その時にそれぞれの色が展開されていたであろうことが想像される。ペインティングに呼応したバンドの演奏は会場にディープな音響空間を現出させている。滴るようなエレクトロニクス音が蠢くアンビエンスの中で、リバーブの効いたギター、ベース、ドラムスは点描的な音を多く繰り出しているが、終盤の「Black」パートでは、クルルが2015年に初めてこのバンドの演奏を聴いた時に感じたという「ジミ・ヘンドリックスが進化したようなイメージ」も表出している。
『Of Sight and Sound』はクラウドファンディングにより映像作品としても製作され、2023年に27分のドキュメンタリー映画として完成している。
*ファンディング時のKickstarterのページ。紹介動画あり
https://www.kickstarter.com/projects/1034654538/of-sight-and-sound
*2019年6月のパフォーマンスから
https://drive.google.com/file/d/11nmnwQqx0ioagIzxtiQQplbm6e0nIzA-/view
*2017年のパフォーマンスから
https://www.youtube.com/watch?v=XtfqP4uFH_M
こういったパフォーマンスで彼らがやろうとしていることは何なのか。それは美術と音楽の融合というよりも、固定化された視覚や聴覚ではない、未分化の、より混沌とした感覚が持ち得る豊かさの希求ではないだろうか。
「こうして知らぬ間に、人間は感覚を弁別し、それぞれを隔離することによって社会システムのなかに自らの身体を位置づけてきた。図書館の壁に貼ってある『静粛に』というはり紙。コンサート会場で美しいピアノの旋律にうっとりとした聴衆が無意識に目を閉じて音に集中するしぐさ。美術館に行くと、きまって目につく『作品には手を触れないで下さい』という無愛想な表示……。こうしたものはすべて、なにげないかたちをとりながら私たちの社会生活に浸透した、感覚の巧妙な分離システムを示している」
(今福龍太『野性のテクノロジー』1995年)
複数の感覚が交差することによる、感覚そのものの在り方への問いかけ。今作において5人が実践した試みは、同じことを受け手にも要求しているように思える。これを聴いている間に、例えば何かを描いてみるのもいいかもしれない。(橋口史人)