台北拠点の問題總部がネオソウルにのせて描く水と人間の存在
まるでエリカ・バドゥだ。というのは言い過ぎだろうか? 才能あふれる台北周辺ミュージシャンのコミュニティで、気を吐く活躍ぶりを見せる問題總部It’s Your Faultの丁佳慧。彼女の活躍を追いかけていると、ソウルクエリアンズのミューズとして登場した頃のバドゥの躍動を思い出す。厭世少年Angry Youthとの合作シングル「靈肉合一 0+6=1」、我是機車少女I’m difficultのリーダー凌元耕と佳慧のデュオによるキュートなクリスマス・ソング「冬天/北極心」、雷擎と凌元耕の二人と共に佳慧がAlpha Child名義で発表した「Folding愛feat. Alpha Child」。バンドだけにとどまらない2021年来の彼女の多彩な活動は、台湾インディ・シーンにネオソウルのコミュニティが確かに存在することを示している。そんな中、満を持して約1年半ぶりにリリースされた問題總部の最新EP『BLUE LEAK / 水體』は、その進化を存分に感じさせる麗しいコンセプト・アルバムに仕上がっている。
問題總部は元々ジャムセッションのために集められたメンバーから始まったバンドだ。そのせいか、前作ファースト・アルバム『Users Guide: I』ではそれぞれの音楽的なバックグラウンド――例えば、蕭瑋德のフュージョン風の都会的でクリアなギター、ジャズの素養を感じさせる林子祈のドラム、佳慧とベース陳建安のフェイバリットである2000年代前半ヒップホップ&ネオソウル――がフレッシュに響きあいながらメンバーの個性がぶつかる様が大きな魅力だった。それが本作ではどうだろう、自分たちの方向性を明らかに見出したようにそれら全ての要素が美しく、陰鬱に、溶け合っている。アルコールの香りを漂わせたどうしようもなく妖しいムードが、佳慧のボーカルを軸に一貫してバンドの象徴として明確に打ち出されているのだ。プロデューサーには前作から引き続き台湾インディ・シーンの最重要人物の1人であるYELLOW黄宣を迎えているが、彼自身もバンドの成長を実感したとコメントしている。佳慧の甘く陶酔するようなハスキートーンのボーカルは、前作と比べて少し肩の力が抜けた印象だ。曲中での緩急をつけたボーカルの駆け引きはより巧みになり、我々の心を翻弄する。さらに前作では随所に見られたフュージョン色の強いアレンジはあまり目立たず、インスト曲を含めて「She said, “THE BLUE is leaking.”」というキーワードに象徴される作品全体のダウナーなコンセプトに全ての演奏が捧げられている。
人間の身体の約60%が水で出来ているなんて我々は普段あまり意識しないが、「水體」とはその事実を踏まえた「人体」の比喩だという。さらに英訳タイトルのBLUE LEAKは本作の舞台「映画館」のスクリーンから「BLUE(な物語)」が「LEAK(漏れ出てくる)」という幻想的なストーリーに由来する。水は青色、つまり「水=BLUE」というイメージを媒介すると、この作品が示す「生きる」とは、ブルーな物語を身の内に抱えて、時に図らずもその物語が漏れ出す……ということなのかもしれない。それについて佳慧は「もっとも使い古された表現で言えば、『人生は映画のようだ』かもしれない」とコメントしている。全ての歌詞を手掛ける彼女が歌う人生という映画の一場面は、いずれも既に取り返しがつかないほど混沌として、苦い結末を予感させるものばかりだ。でも憂鬱な出来事ばかりの人生の途中で、ひと時酔いしれる、問題總部のような音楽に出会えるなら、少しは歩みを止めない意味があるというものだ。(Yo Kurokawa)