Review

KID FRESINO: 20,Stop it.

2021 / Dogear Records / AWDR/LR2
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彷徨う者たちと共に踊るラップ・ミュージック

25 January 2021 | By Daiki Takaku

『20,Stop it.』というタイトルには極めてパーソナルな意味があることをゲスト出演したラジオ番組で話していましたが、文字面だけを見るとボン・イヴェール『22, A Million』(2016年)が連想できます。偶然か必然か、Apple Musicのインタビューに応えた彼はボン・イヴェールの昨年のライヴから深く感銘を受けた旨を語っており、そのサウンドにおいても、生音とサンプル、エレクトロ二クスの衝突と調和といった、ジャスティン・ヴァーノンが同作で表現したものの影響を感じます。ただ、ヴァーノンがその音楽のプロダクションの根幹に据えている歌は、ここではKID FRESINOのラップに置き換えられることでよりダンサブルな内容となっていて、グライムやドリル、アフロ・ビーツなどダンス・ミュージックと呼応しながら昨今様々なスタイルで音楽性を追求するイギリスのラップ・ミュージックとの同時代的な共振を伺わせるものでもあります。もちろん、そういった野心的なサウンド・プロダクションは、参加している数多くの精鋭というべき、三浦淳悟、佐藤優介、斎藤拓郎、石若駿、小林うてなといったバンド・メンバーをはじめ、客演のアーティストやエンジニアの力に寄るところも大きいでしょう。彼はそのタクトを振るいながら、何より彼自身がその音に溶け込もうとしています。

object blueのトラックに合わせ、ベンツ・Sクラスクーペのエンジンに火を入れるようにオープナー「Shit, V12」で期待を煽り、「No Sun」での詰め込まれたラップとグルーヴのあるバンド・サウンドのアンヴィバレントな絡み合いや、「lea seydoux」でのSeihoの手がけるクラブのサブ・フロアとメイン・フロアを行き来するようなトラックと不遜なラップなどサウンドも含めて豊富なボキャブラリーを見せつけます。中でも、コンガのようなパーカッションの音が印象的なトライバルなビートの上でCampanellaとの落ち着き払った、それでいてスリリングなラップの掛け合いを魅せる「Girl got a cute face (feat.Campanella)」や、呪術的なフロウに加えて歪んだギターと躍動するベースラインを中心に後半でトラックが変態し、言葉とぶつかり合い火花を散らす「come get me」は本作のハイライトといっても過言ではないでしょう。目を見張るのはこのバラエティに富んだサウンドが違和感なく同居しているということです。彼のバックDJを務めてもいるCH.0と共に主催するヒップホップとハウスを中心にしたパーティー「OFF-CENT」などで培った経験が生かされているのか、そこには大まかにいえばショートミックスとロングミックスの中間をいくような感覚があります。

この奇妙で素晴らしいバランスは、優れたソングライティングや音響、音の処理だけによってもたらされたものではありません。アルバムの折り返しとなる7曲目「incident (feat.JAGGLA)」を除いて、2018年に亡くなったfebbを思い出すようなパズルを組み立てるように編まれたリリックの構成は引き継がれており、本作では英語詞の比重が大きくなることで、全体が一層抽象度を高めています。そこには漏れてくるような虚しさがありますが、とりわけ前作『ài qíng』(2018年)のように、閉塞感に頭を擡げるかの如く重苦しいムードに包まれてはおらず、本作ではそれ超えるものを探すことに疲れ、共に生きることを選んだかのように溶け込んでいます。大きな感情の起伏はなく、カタルシスのあるクライマックスを迎えることもありません。自らのラップを“一筆書きが出来ない歌”(「incident(feat.JAGGLA)」)と呼ぶように、『20,Stop it.』はリスナーにわかりやすいペルソナを提供することなく、内側から聞こえるたくさんの声を抱えたまま多様なダンスをひたすらに踊り続けます。言うなれば、本作は生の抱えた果てのない虚無感と共に見えない答えを求めて彷徨う私たちが彷徨い続けることを肯定するラップ・ミュージックです。

付け加えておくと、実像を示すことは彼のいる場所、つまりアートとビジネスが交差するポップ・ミュージックのフィールドにおいてはSNS以降とくに重要視されており、また自らの声を響かせることはヒップホップというジャンルと強い繋がりがあります。しかし、ここにある音によって紡がれた曖昧な実像もラッパーとしてひとつの成熟した姿です。道はひとつではありません。(高久大輝)


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KID FRESINOによる傑作『ài qíng』をそのキャリアから紐解く~諦めから生へと手を伸ばす葛藤の日々~
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