Back

「エスケーピズムこそ芸術や音楽の最も強力な要素」
Washed Outが新作『Notes from a Quiet Life』を語る

05 September 2024 | By Nana Yoshizawa

2009年にEP『Life Of Leisure』を発表すると同時に、チルウェイヴ/グローファイの先駆者となったウォッシュト・アウトことアーネスト・グリーン。故郷の米ジョージア州にて彼のモラトリアム期に制作された『Life Of Leisure』から現在まで、あくなき自己探求を続けているようだ。5作目となる『Notes from a Quiet Life』はミキシングにネイサン・ボディとデヴィッド・レンチを迎えて、完全セルフ・プロデュースで制作された。初期の頃の目が眩むようなレイドバックの揺れ、淡いシンセとヴォーカルのレイヤー、ダンス・ミュージックの影響をポップに落とし込んだ音楽スタイルは、神経が研ぎ澄まされるかのように鋭くもクリアになりつつある。

以前から、自然や風景のなかに宿る数秘的な美しさだとか色彩から受けるイメージを反映してきた彼だが、『Notes from a Quiet Life』はとくに顕著だろう。それに今回のメールインタヴューをはじめ、彼の言葉にはロマン派を代表する詩人ジョン・キーツが発見した「ネガティヴ・ケイパビリティ」と呼ばれる概念に近いところがある。不確実なものや未解決のものを受容する能力を指す「ネガティヴ・ケイパビリティ」。すぐに答えのでない事柄について思いを巡らし待つこと、これは禅問答のようでもありセレンディピティに繋がる現象のようにも思えてくる。かつてチルウェイヴが、現実逃避(エスケーピズム)の音楽と批判されたことを思うと、こうした創造性を推し量ることは、現代でも希薄になりがちだ。何が言いたいのかというと、物事の答えを早く出せる「ポジティヴ・ケイパビリティ」、コスパ・タイパといった理性や論理を重視した主張と真逆の位置にいるのが、ウォッシュト・アウトの制作する音楽であり『Notes from a Quiet Life』の特徴だということ。ほかにも「The Hardest Part」のミュージック・ヴィデオではAIのSoraを駆使したことで、賛否あるコメントが寄せられている。その議論とアーネストからのコメントは創造性の可能性について何か考えるきっかけとなるかもしれない。

このメールインタヴューでは、アーネスト・グリーンが淡々と思慮深い受け答えをしてくれた。新作『Notes from a Quiet Life』のサウンドやイメージが浮かび伝われば幸いだ。

(インタヴュー・文/吉澤奈々 通訳/今泉文蔵 写真/Landon Speers)

Interview with Washed Out(Ernest Greene)


──2021年にアトランタを離れ、幼少期から慣れ親しんだ場所に戻ったそうですね。環境が変わったことで、あなた自身に起きた変化があれば教えてください。

Ernest Greene(以下、E):ライフスタイルに関しては明らかな変化がありました。アトランタと比べて、娯楽の選択肢が少ない土地ですから、集中するのがずっと簡単になりました。それから自然の中で過ごすことが多くなりました。これもポジティヴな変化ですね。

──引っ越した先の牧場を『エンディミオン』と名付けたそうですね。またプレスリリースにジョン・キーツ『エンディミオン』の冒頭の一節「A thing of beauty is a joy for ever:(美しきものは永遠の喜び)」がありました。具体的に、詩人ジョン・キーツのどういったところが魅力だと思いますか?

E:この詩を思い出したのは、私がここに引っ越してきたときでした。『エンディミオン』が住む田園風景についての素晴らしい言葉が多く含まれていたことを覚えていたんです。私は、ロマン主義時代の詩人の感性に共感することがよくあります。彼らは世界の美しさに気づき、それを味わうことに特別な価値を見出していたんだと思います。

──また、絵画や彫刻の実験に夢中になったとありました。これらの芸術活動は幼少期から夢中になっていましたか?

E:視覚芸術に取り組み始めたのは比較的、最近のことです。過去7~8年間にわたってフォローしてきたこの領域で、自分なりのアイディアを試してみたくなりました。独学で音楽を作ってきた経験から、今度は視覚的な表現に挑戦してみたくなったのかもしれません。私はどちらかというと完璧主義というより自分自身の興味や好みに直接つながるような技術に興味があって、直感的かつ私的なやり方で、商業的な要素から遠く離れて自分自身のためにやっています。

──音楽以外の芸術文化から受けた、今作のインスピレーションがあればぜひ教えてください。

E:興味深い芸術、音楽、映画、文学を常に探しているので、すべてを網羅して紹介するのは難しいです。見つけた興味深いものをまとめてシェアするニュースレターを始めました。過去の投稿はwww.washedout.netで読むことができます。

──前作『Purple Noon』(2020年)は地中海の沿岸線や美しい夕陽などアルバムのイメージが実際に存在していました。今作のコンセプトはどのような構想から始まりましたか?

E:今作のコンセプトは主にツアー中に美術館やギャラリーから受けた影響から始まりました。意図的にミニマルでありながら、コンセプチュアルなヴィジュアルを追求して今回のカヴァーに落ち着きました。一見シンプルな自然のイメージですが、少しコンセプチュアルな趣になっています。

──「5年、いや10年ごとに、文字通り細胞レベルで別人になると読んだことがある」と語られていました。あなたのこの考えは、今作のサウンド面でどのように反映されていますか?

E:5年ごとに私の音楽の趣味は完全に進化していると言えます。「変わる」のとは違い、興味が新しい領域へと発展し続けるという感じです。その時々の興味が各作品に反映しているので、作品ごとに内容が異なってくるのもまた必然的なことだと思います。

──前作と今作で使用した機材に違いはありますか? 新たに取り入れた機材があれば聞かせてください。

E:作品を作るたびに新しいサウンドパレットを用意しています。例えばアルバム『Paracosm』(2013年)では多くのメロトロンの音を使用しました。『Purple Noon』ではOmnisphereという非常にシネマティックなキーボード楽器を使用しましたね。この新しいアルバムでは、主に現代的なVSTインストゥルメントを使用しました。その中でも、ArturiaのPigmentsを最も多く使用しています。それから、AntaresのHarmony Engineというヴォーカル・エフェクトも使いました。キーボードでコードを弾くことでヴォーカルに非常に複雑なハーモニーを付けることができるんです。

──「A Sign」、「Running Away」と前作よりビート、そしてあなたのヴォーカルが力強く温かみをもって前面に出ていると感じました。今作の声の工夫について聞かせてもらえますか?

E:過去には、リヴァーブやディレイのような重いヴォーカル・エフェクトを多用して声を覆い隠していましたが、この新しいアルバムではそうしたエフェクトを少なくすることで、ヴォーカルが明瞭になるようにしました。さらにヴォーカルの録音を重ねダブル・トラッキングのような技術を多用して、ヴォーカルの音を厚くする工夫もされています。

──今作は、ネイサン・ボディとデヴィッド・レンチがミキシングを担当しています。彼らとのミックスでこだわった点を教えてください。

E:全体的により明瞭さを出し、ヴォーカルが際立つためのスペースを確保しました。幅広く密度の高い音場を作るために多くのシンセサイザーのレイヤーを使用していた過去の作品に比べ、今回のアルバムでは最小限の楽器レイヤーを使用し、それぞれの音がStereo Field内で独立し合っているような仕上げにしてあります。

──私はエスケーピズムやドリーミーで淡い色彩の浮かぶ音楽が好きです。同時にエスケーピズムやノスタルジアが後向きだと、ネガティヴな側面で語られることに葛藤します。また、AIのSoraを使用した「The Hardest Part」のミュージック・ヴィデオに対する反応は、かつてのチルウェイヴに対する批判を想像しました。新しい創造を実践するために、あなたが大切にしている考えはどんなことでしょうか?

E:エスケーピズムやノスタルジアが批判されるのは理解できます。しかし、私にとって現実を超越させてくれるエスケーピズムこそ、芸術や音楽の最も強力な要素だと考えています。私はそれ自体、とくに問題がないと考えていますし、私の好きな音楽や芸術はどれも現実を超越させてくれるような感覚に陥らせてくれます。

<了>

Text By Nana Yoshizawa

Photo By Landon Speers

Interpretation By Bunzo Imaizumi


Washed Out

『Notes from a Quiet Life』

LABEL : Sub Pop / Big Nothing
RELEASE DATE : 2024.6.28
購入はこちら
Tower Records / HMV / Amazon / Apple Music


1 2 3 72