結成30周年!! フェミニズムとDIYスピリットの旗をあげろ!!
〜スリーター・キニー アルバム・ガイド〜
スリーター・キニーはコリン・タッカーとキャリー・ブラウンスタインによって1994年に結成された。1994年といえば、ニルヴァーナのカート・コベインが人気絶頂のさなかに自殺した年でもある。そして、彼女たちのホームであるワシントン州オリンピアは、そのカートの出身地(アバディーン)にも近く、ビート・ハプニングやベック(ファースト)などもリリースしてきたキャルヴィン・ジョンソンによるレーベル《K》でも知られており……つまりはUSインディー・ロックの重要拠点として知られている町だ。のちに加入するジャネット・ワイスを含めた彼女たちスリーター・キニーが、活動初期からフェミニズムを標榜していて、ライオット・ガールの動きに触発されていたことも、もちろんそうした環境によるところが大きい。また、スリーター・キニーの初期作品は《Chainsaw》というポートランドのインディーズからリリースされていたが、このレーベルはもともとクィアコアジンとしてスタートしているし、彼女たちよりひと足先に結成されていたキャスリーン・ハンナ率いるビキニ・キルもオリンピアの出身だが、キャスリーンはやはり同人誌の制作にも最初から積極的だった。オリンピアはワシントンの州都とはいえ人口僅か約5万人の小さな港町。しかし、周辺都市を含めるとこの西海岸北部界隈はDIYスピリットが連綿と続いている。ちなみに、ワシントン州は南側をオレゴン州と接しているが、ここの州都のポートランドはスリーター・キニーが『Dig Me Out』以降しばらくの間作品を出していたレーベル《Kill Rock Stars》が拠点を置く町だ。そして、活動停止前最後のアルバム『Woods』(2005年)と10年後の復活アルバム『No Cities to Love』(2015年)をリリースしたのは、言うまでもなく同じワシントン州のシアトルの象徴的レーベル《Sub Pop》である。
このように、スリーター・キニーはその土地の反骨的でホットな空気と互いに連携しあうフレンドシップが自然と誕生させたようなバンドだ。パンキッシュでラフな演奏であることも、LGBTQのみならずあらゆる人類の権利原則を主張するような気骨溢れる歌詞であることも、すべて必然だった(コリンとキャリーはバンド初期にカップルで、キャリーは一時期セイント・ヴィンセントことアニー・クラークと交際していたこともある)。結成から今年で実に30年。活動停止期間を経て復活してからももう10年近くになる。2019年にクワージでの活動にも力が入るジャネットが脱退し、現在はソロや様々な別ユニットなどでも活動するコリンと、作家、俳優(『キャロル』ほか)としても活躍するキャリーの二人体制になったが、今や彼女たちはインディー・スピリットの誇らしいアイコンのようになっている。1月にリリースされたニュー・アルバム『Little Rope』収録曲3曲のニュー・ヴァージョンで構成されたEP『Frayed Rope Sessions』も届けられたばかりのそんなスリーター・キニー、そのしなやかでパッショネイトな歩みを一緒に振り返り辿っていこう。(編集部)
(ディスク・ガイド原稿/岡村詩野、尾野泰幸、Casanova.S、木津毅、駒井憲嗣、清家咲乃、高久大輝、髙橋翔哉、村尾泰郎、八木皓平、吉澤奈々 トップ写真/Chris Hornbecker)
『Sleater-Kinney』
1995年 / Chainsaw
大学の卒業旅行でコリン・タッカーとキャリー・ブラウンスタインが訪れていたオーストラリアの地で録音されたという第一作。リフを多用した2分前後の楽曲を中心とするハードコア・パンク色が強いサウンドと、「A Real Man」や「Her Again」でのタッカーによる力強く吐き捨てるようなヴォーカルが印象的。他方で以降のバンドにおけるサウンド面での拡張を想起させるような「Be Yr Mama」や「Slow Song」といった相対的にメロディアスな楽曲の存在感もはっきりとしている。ライオット・ガール・ムーヴメントとそれを含む第三波フェミニズムを大きな(思想的)背景の一つとした本作だが、「この歌、あなたの歌」と始まる最終曲「The Last Song」では、“お前に借りはない/私はお前の一部じゃない/お前にすべてを奪い取ることはできない/私はお前と同じじゃない”という、ブラウンスタインの絶叫と、“私は叫び方を知っている”という睨むような歌声に乗ったメッセージが耳に突き刺さる。ジュディス・バトラーによる歴史的一冊『ジェンダー・トラブル』を嚆矢として展開した“女性性”へと向けられた伝統的で支配的な規範のかく乱/脱構築と、その方策を手探りながらも手にし、誰かへと手渡そうとしたバンドの姿は、本作を聴くといまでも確かな存在感を持って目の前に立ち現われてくる。(尾野泰幸)
『Call the Doctor』
1996年 / Chainsaw
セカンド・アルバム。前作に続くローラ・マクファーレンを含む編成はこれが最後となった。レコーディング時にはタッカーがHeavens To Betsyを、ブラウンスタインがExcuse 17を離れており、同時に両バンドの音源でレコーディング・エンジニアを務めていたジョン・グッドマンソンがプロデューサーとして参加している。タッカーは音楽を始める決心がついたきっかけとしてワシントン州オリンピアに移ってからビキニ・キルを観たことを挙げているが、本作は彼女たちと同じプロデューサーが手掛け、同年同時期にリリースされたアルバムとなった。ライオット・ガール運動の影響下で生み出された、怒りや抵抗に満ちた楽曲は、30年近くを経た現在でも自分事として捉えられる生々しさを保っている。つまり、ほとんど状況は変わっていないということだ。例えば「I’m Not Waiting」で歌われる、女性を“かわいがる”粘性の馬鹿げた言葉が足元へと伝い落ちていくさま。「Little Mouth」では“自分の売り方を知っているか?”という誰かの声。今のポスト・ハードコア~トラップ・メタルにも繋がるスクリーム・スタイルにも注目したい。ただし、女性のための護身プロジェクト『Free To Fight』に参加しモッシュから守るためステージに上げたこともあるくらいなのだから、安易にヘヴィ・ミュージックのシーンや楽しみ方に回収せず、タッカー個人の、彼女固有の叫びとして受けとる必要がある。極めてシンプルなベースレス・サウンドのなか育った憤懣が迸るその瞬間を。(清家咲乃)
『Dig Me Out』
1997年 / Kill Rock Stars
現時点でバンド史上もっとも在籍期間の長かったドラマー、ジャネット・ワイスが加入(この先を考えると非常に重要な変化だ)して初のアルバムとなった本作は、サウンド的にはパンクからガレージ・ロックへと移行するバンドの過渡期を記録している。これまでと比べ、ある意味“聴きやすい”アルバムと呼べるだろう。しかし一方で、いわゆる“コンフォート・ゾーン”を外れたタッカーの唸るような(あるいはブラウンスタインの平坦で皮肉を孕んだような)ヴォーカルは前景化し、スリーター・キニーの声をより切迫し緊張感を持った形で届けている。声とは、あらゆる埃をかぶった慣習に対する疑問であり、私たちの自分らしさを阻害するすべての不条理に対して中指を立てることである。ラヴ・ソングであれ、ダンス・チューンであれ例外はなく、タッカーがブラウンスタインとの破局について綴った切ない1曲「One More Hour」でさえそうだ。“私には必要だった(わかってる、わかってる、わかってる)/私にはそれが必要だったんだ(あなたは決して手放したくなかったんだ)”。2人の掛け合いから、別れの背景にあったであろう社会の抑圧を残酷なまで感じてしまう。そして何より、「Things You Say」の歌詞がいかに素晴らしいか、私たちは朝まで語り合うべきだ。“苦悩する価値がある/痛むだけの価値がある/感じるのは勇敢なことだ/生きているのは勇敢なことなんだ”。つまり、ありのままでいることの難しさと、美しさについて。プロデューサーはジョン・グッドマンソン。ジャケットはキンクス『The Kink Kontroversy』(1965年)のオマージュだ。(高久大輝)
『The Hot Rock』
1999年 / Kill Rock Stars
前作『Dig Me Out』が高い評価を得たスリーター・キニー。メジャー・レーベルからの誘いもあったらしいが、《Kill Rock Stars》に残り、しかも、前作と違うサウンドを打ち出すことを決意する。それは大きな賭けだったに違いない。そして、本作の曲作りとレコーディングに、これまでで最長の1年の月日を費やした。その頃、キャリーはザ・ゴー・ビトゥイーンズを初めて聴いて、ロバート・フォスターとグラント・マクレナンのツイン・ギターの絡みに刺激を受ける。その結果、本作のギターの複雑なアンサンブルが生まれた。不協和音のリフ、そして、お互いに言葉を打ち込むようなキャリーとコリンのヴォーカルの応酬を束ねているのが、ジャネットが刻む繊細なビート。トリオ・バンドとしての3人の関係性がサウンドに反映されている。プロデュースはヨ・ラ・テンゴ『I Can Hear The Heart Beating As One』(1997年)での仕事を気に入って、ロジャー・モウテノットに依頼。音の感触にも変化が生まれて低音がズシリと重く、曲に空間を感じさせる。そんな風に楽曲に工夫を重ねることで、バンドは表現力を増してタフになった。アルバム・タイトルは、ミステリー小説の名手、ドナルド・E・ウェストレイクの同名小説を原作にした映画から。その内容は、博物館に展示してあるダイヤを盗もうとする泥棒たちのクライム・コメディだ。となると、アルバムのジャケットの3人はバンドに扮した強盗団のように見えるし、裏ジャケにはダイヤが輝いている。〈Hot Rock〉とは大きなダイヤのことだが、彼女たちが本作で手に入れたのは最高にホットなロックンロールだった。(村尾泰郎)
『All Hands on the Bad One』
2000年 / Kill Rock Stars
スリーター・キニー、5枚目のアルバム『All Hands on the Bad One』、このアルバムのギターのなんと気持ちの良いことか。よりメロディアスになり、ポップに近づいた、さりとて決して甘くはないバランスで、次々に切れ味鋭いパンチをたたき込む。そっけなくも突き放しはしない矢継ぎ早に放たれる鋭敏なフレーズ。時は2000年、ロックンロール・リヴァイヴァル前夜。レディオヘッドの『Kid A』がリリースされた年であり、ギター・バンドがギター以外の楽器に意義を見出していたようなそんな時期で、それをひっくり返すザ・ストロークスの『Is This It』までは後一年の時間がある。しかしスリーター・キニーのこのアルバムはこの時点で既にガレージ・ロックの魅力を素晴らしく体現している。ラフでありながら流麗で余韻を感じさせることなくあっという間に次のフレーズに入っていく曲たち。二本のギターと一台のドラムで軽やかに空間を作り上げだすシンプルなロックンロール。勢いで駆け抜けるものではなくフレーズで揺さぶるガレージ・ロックの魅力。「Was It a Lie?」や「You’re No Rock N’ Roll Fun」にときめきを感じずにはいられない。再びギター・バンドが下火になり、そうしてまた燃え上がった、繰り返しの歴史を経た2024年に聞くこのアルバムはより一層の魅力を放っているように僕には思える。(Casanova.S)
『One Beat』
2002年 / Kill Rock Stars
2001年にザ・ストロークス『Is This It』、ザ・ホワイト・ストライプス『White Blood Cells』、2003年にヤー・ヤー・ヤーズ『Fever To Tell』がリリースされ、時代はいわゆるガレージ・ロック・リヴァイヴァル。『One Beat』がリリースされた2002年は、まさにムーヴメント真っただ中だったと言っていい。90年代中頃から活動していたスリーター・キニーはそのムーヴメントには括られないものの、上記の作品群の横に本作が置かれていても決して違和感はなく、基本ベースレスのバンド編成はザ・ホワイト・ストライプスやヤー・ヤー・ヤーズに先んじている点も含め、先輩格として時代の一端を担っている。前作『All Hands on the Bad One』に続いて、プロデューサーのジョン・グッドマンソンとともに磨き上げたロック・サウンドは、それまでのディスコグラフィーと比較してもっともパンク要素が少なく、ギター2本とドラムの個々の音色が鮮明に鳴り響き、空間の扱いが見事なプロダクションが持ち味。ヴォーカルの表現力もこれまで以上に増していることも付け加えておく。歌詞に込められたメッセージには9.11以降のアメリカとコリン・タッカーの早産が影響を与えており、「Far Away」でジョージ・W・ブッシュ批判を盛り込み、レゲエのニュアンスを含みながらアメリカ政府を批判する「Combat Rock」はもちろんザ・クラッシュの同名アルバムへのオマージュ、早産の恐怖については「Sympathy」で歌われている。決して明るい空気の最中で作られたアルバムではないが、スリーター・キニー史上屈指の充実作だ。(八木皓平)
『The Woods』
2005年 / Sub Pop
《Sub Pop》移籍第一弾となる7作目。プロデューサーにマーキュリー・レヴのデイヴ・フリッドマンを迎えたことで彼女たちの本質は拡大していく。ビブラートの効いた金切り声、ささくれ立つギター・リフ、そして何よりダイナミックかつしなやかなドラムの厚み。フリッドマンの技量による響きは、じめっとした湿度を含んでいて、近くで演奏しているような親しみをも感じさせる。強靭なのはサウンドだけでない。“ライオット・ガール”の主張も顕著だ。たとえば、ブラウンスタインが自伝で綴った“女性としての意味を拡大したかった”という「Modern Girl」。あえて愛情と消費活動を通して満たされる女性像を歌い、これが現代的だと批判する。そして“1984年みたいな顔して/退屈な1984年/ノスタルジアを娼婦のように利用する”と歌う「Entertain」は、ザ・キュアーなどのゴス・メイクに対する皮肉にもとれる。畳み掛けるように“あなたは1972年の音でやってくる”と続き、ディープ・パープル『Machine Head』ばりの激しいアンサンブルを鳴らす。かねてより「楽しませたいだけ」と語っていた彼女たちの衝動に満ちた本作。しかし、この快作を置いてスリーター・キニーは10年間の活動休止に入る。それでも2014年に、エマ・ワトソンが国連女性機関で《He For She》を呼びかけた年に復活するなんて、その偶然性に驚くと同時にまだまだ彼女たちのメッセージが必要なんだと思う。(吉澤奈々)
『No Cities to Love』
2015年 / Sub Pop
本作のリリースに際して企画されたスペシャル映像が面白い。アルバム・タイトル曲に合わせて友人・知人が自室などで歌う映像をコラージュ、組み合わせたもので、ジェラルド・ウェイ(マイ・ケミカル・ロマンス)、J・マスキス、ミランダ・ジュライ、俳優のノーマン・リーダス(『ウォーキング・デッド』ほか)らが登場する(当のメンバーももちろん)。まるで約10年間の活動休止期間を経て戻ってきた彼女たちを仲間が祝福しているかのようで微笑ましい気分になるのだが、初期の(もちろんいい意味で)スカスカした音作りとは違う、年季の入ったぶっとくタイトな演奏に込められているのは、“やっぱり今の時代にもスリーター・キニーが必要だ”という強いメッセージだ。それは、“アンセムなんてない時代、ただリズム、パワーを感じたい”と歌う「No Anthems」、“愛すべき町なんてない”と嘆くタイトル曲、“碇の重さに耐えられない”ともがく「Surface Envy」などの歌詞に顕著なように、現代に暮らすことの辛さ、居心地の悪さ、現状打破への手探りなどを表現することに尽きるだろう。旧知のジョン・グッドマンソンと組み、2014年秋にサンフランシスコ、シアトル、ポートランドで極秘裏にレコーディングして一気に仕上げたというだけあって、2014年暮れにストリーミング先行でリリースされたこの復活作は、10年間の空白などまるで感じさせない生々しい市井の人々であることの叫びの塊だ(事実、3人とも他の活動が多忙で全く休んではいなかった)。1994年、DIYスピリットに押されて登場するべくして登場した彼女たちは、2014年、病んだアメリカ社会と対峙すべくやはり戻ってくるべくして戻ってきた、と言っていいのかもしれない。(岡村詩野)
『The Center Won’t Hold』
2019年 / Mom + Pop
ブラック・フレームのブライアン・フィリップスとオープニング・セレモニーのウンベルト・レオンというファッション界のクリエイターを起用し、フェミニズム・アートの先駆者、キャロリー・シュニーマンを参照したアートワークから明らかなように、バンドがこれまでも表明してきた家父長制や女性の身体への視線への批判を前景化させた作品だ。キャリーが尻を前に向けビニールのコートを着ているジャケットも印象的なシングル「Hurry On Home」でリフレインする“あなたを愛することに慣れてしまった”というラインは、家族や国家に飼いならされてしまったかのような感情を浮かび上がらせる。また、「Love」は過去の楽曲のタイトルを散りばめながらキャリーがコリンと共闘してきたオーディエンスへのラブレターといった趣で、年をとったら音楽は辞めるべきだという声にうんざりし、年をとっていくことの素晴らしさを称え、社会的な規範を変えていく必要があることを説く。今作のリリース直前、ジャネット・ワイズとは袂を分かつことになるものの、レイヴィーなムード漂う「Bad Dance」などプロデューサーのセイント・ヴィンセントによる『Masseduction』(2017年)の姉妹のようでもあるインダストリアルなプロダクション、そして「Hurry On Home」のミュージック・ヴィデオを手掛けたミランダ・ジュライといった盟友の存在がそうしたスピリットを後押しする。パーソナルなトピックと政治的なトピックは相容れないものではない、その表明は今作でも明確である。(駒井憲嗣)
『Path of Wellness』
2021年 / Mom + Pop
本作のリリースのタイミングでスティーヴン・コルベアの「ザ・レイト・ショウ」に出演したとき、彼女らはスタジオではなく人気のないスケートボード・パークで「Worry With You」を演奏している。これは何やら示唆的なイメージで、90年代オルタナティヴと連動したスケートボード文化から“ひとがいなくなった”ことを思わせる。だが二人はまだそこに立ち、ギターを持ってオルタナティヴ・ロックを鳴らしているのだ。前作『The Center Won’t Hold』のポップ路線を経て、1996年以来活動をともにしてきたジャネット・ワイスが脱退してふたりになったのちの初のセルフ・プロデュース作であるこのアルバムで、タッカーとブラインスタインはオルタナティヴの続きを懸命に探そうとしているようだ。軽快なパーカッションと太いシンセが聞こえてくるオープニングのタイトル・トラックから、ジャズ的なニュアンスを感じさせるメロウな「Shadow Town」、スリーター・キニー流のメタル・チューンとも取れる「Tomorrow’s Grave」など、あの時代に得たものを踏まえつつも音楽的な領域をなおも拡張しようとする意志が端々に感じられる。古くからのリスナーに期待されることを先回りするのではなく、小綺麗にまとめるのでもなく、成功するかどうかはともかく試してみること。過去には戻れないのだから。パンデミックを由来とする不安を背景としながらも、“逃げ出そうよベイビー、そして道を間違えよう”と歌う彼女たちはここで、しぶとく“別の可能性”に聴き手を誘っている。(木津毅)
『Little Rope』
2024年 / Loma Vista
再結成後のスリーター・キニーは誤解を恐れずに言えば、サウンドや楽曲をシンプルにすることで広く新旧の聴き手にリーチしてきたところがある。エレクトリック・ギターやシンセ・ビートの原初的な力強さに還った『No Cities To Love』と『The Center Won’t Hold』、2人体制になったメンバーの地力を示すべくセルフ・プロデュースにしたところ作曲の弱さが若干目についた前作『Path of Wellness』を経て、彼女たちがたどり着いたのはある種の居直りにも似た、アンセミックかつ重厚な作曲とプロダクションだ。近年はThe Murder CapitalやThe Stavesを手がけたジョン・コングルトンがプロデュースした本作は、時に2人の担当楽器との区別がつかないほど、ピアノやシンセサイザーが多層的に重ねられている。『Little Rope』でなされたのは、ラモーンズの『End of the Century』を引き合いに出すまでもなく、自身らの方程式の破壊であることがわかる。「Untidy Creature」のヘヴィかつノイジーなギターリフや、「Say It Like You Mean It」の低音域をベースの代わりに満たすシンセが、これまでの彼女たちの激しさや爽快さを損なうことなく圧倒してくる。アークティック・モンキーズやThe Big Moonの諸作を踏まえ、ロックにおけるメインストリーム/インディーの横断的な視点をもって聴いてみてほしい。これらは(パンクではなく)ロックの伝統的な音像に立ち返ると同時に、2020年代のロックの必然を鳴らすレコードでもあるのだ。
今年で30周年を迎えるスリーター・キニーがいまだコンスタントに新作を出しているのは、彼女たちに表現の必然性がありつづけるからだ。おととしのこと、キャリー・ブラインスタインの母親と継父を交通事故で亡くしていたことが明かされている。一人でギターを何時間も弾きつづけたり、コリン・タッカーの歌声を聴いたりして自分を保った経験が、このアルバムの制作へと向かわせたようだ。“本気を伝えて、あなたが行く前に/本心を聞かせて、この別れは心が痛むから”(「Say It Like You Mean It」)と、胸を裂くようなシャウトで吐き出される言葉は、死のにおいを振り払うギターのストロークとともに、痛々しくも勇壮に響いてくる。(髙橋翔哉)
Text By Kenji KomaiShoya TakahashiNana YoshizawaSakuno SeikeCasanova.SKohei YagiYasuo MuraoTsuyoshi KizuShino OkamuraDaiki TakakuYasuyuki Ono