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【未来は懐かしい】特別編
柴崎祐二・選 2019年リイシュー・ベスト10

21 January 2020 | By Yuji Shibasaki

 リイシュー/再発掘シーンの世界的隆盛は2019年もとどまるところを知らなかった。予てより大規模リイシューの王道となっているロック〜ソウル系名作のアニバーサリー拡大盤のリリースも数多かったが、高音質フォーマットでの度重なる同タイトル再発などと並び、サブスクリプション・サービスの完全な浸透以後における「最後の手段」的な様相も呈してきている。一方で、Discogsに代表されるデータベース/マーケットプレイス・サイトや、アップロード音源の適法収益化などのモデルによってますますそのアーカイヴ性を堅牢なものにしつつあるYouTubeの存在により、それまではよほどのマニア以外に知られることのなかったレアな作品が現在の聴取感覚の元に掘り起こされ突如大きな注目を集めるという、ここ数年来続いてきた流れも更に加速しつつある。その代表例が、この間に巻き興った大規模なジャパニーズ・アンビエントやシティ・ポップ等の逆輸入的な発掘ムーヴメントであることは間違いないだろう。また一方で、そういった流れと関連する形で、非西欧各国のローカルなシーンに埋もれていた作品が次々と発掘されるという動きも目立った。

 また、発掘され尽くされていたと考えられていたカルト的なミュージシャンの優れた発掘音源が相次いで発売されたのも昨年に顕著な動きだったように思う。従来の産業構造に縛られない自由なディレクション・センスを持ちながらもアーカイヴィストとして精密な仕事を行っている内外レーベル関係者の姿には、私自身も制作者として大きな刺激を受けることとなった。今年以降も優れたリイシュー/発掘作品が「新しい」音楽リスナーを愉しませてくれることは間違いない。

それを楽しみに待ちながら、まずは2019年にリリースされた優秀リイシュー/発掘作/を振り返ってみよう。本連載の意識と共振する「今聴くべき」作品を、ランキング形式で10枚選出した(連載各回で扱ったものは選出外)。

10

Spontaneous Overthrow

All About Money

P-Vine

現在へ続く坂本慎太郎のソロ活動へも大きな啓示を与えた存在として名高い伝説的コンピレーション『Personal Space (Electronic Soul 1974 – 1984』に収められていた「All About Money」でその名を知らしめることになったスポンテニス・オーバースロウ。2017年に発表された「Discogs 史上最高額のダンスフロア・レコード」の4位にランクインした84年作を2018年に新装ジャケットをまとわせた上(オリジナルはジャケ無し)米《Numero》が再発、更にそれを国内向けにPヴァインがCD再発したものだ。フニャフニャとした歌唱、地に足のつかない酩酊的なビート、チープなエレクトロニクス使い、それら全てが愛おしい、オブスキュア・レア・グルーヴの最北端。

9

Marinho Castellar & Band Disritimia

Marinho Castellar & Band Disritimia

Melomano Discos

ブラジル・サイケ・シーンのカルト・スターが81年にリリースした唯一盤にして激レア作を、これまでも極めてマニアックなリイシューを手掛けてきた< MELOMANO DISCOS>が再発。明らかに2019年的なリスニング・センスにマッチする流麗かつ思慮深いブラジリアン・アシッド・フォーク(時に+してエレクトロニクス)が溢れ出るその音楽内容自体の素晴らしさはもちろんだが、特筆すべきが、一個のアート・ピースとしても実に魅力的な凝りに凝ったジャケット・デザイン(装丁、といいたい)を出来得る限り正確に再現していることだろう。その特殊仕様ジャケットは「このレコードを手元に置いておきたい」というフィジカル収集の根本欲求を心地よく刺激する。

8

Mort Garson

Mothes Earth’s Plantasia

Sacred Bones

カナダ生まれの作曲家/シンセストのモート・ガーソンが76年に制作した電子音楽作品を、ジョン・カーペンターやデヴィッド・リンチ映画のサントラ・リイシューでも知られるSACRED BONESが正規再発売したもの。ストリクトかつアカデミックなものに興味が集中しがちなあった往時の電子音楽にあって、「植物のための…そしてそれらを愛でる人々のための暖かなアース・ミュージック」という、いわゆる後の<俗流アンビエント>の始祖にあたるような本作を今ピックアップしたセンスはさすが。モーグ・シンセサイザーの優雅なサウンドとポップな曲想が実に素晴らしい。

7

MILK

MILK

ビクター

「RECORD STORE DAY」や東洋化成主催「レコードの日」の存在感の定着というのも、このところのリイシュー・シーンにおける大きな流れとして指摘できるだろう。運営方法や大手小売店偏重のシステムなどに課題も見え隠れするものの、国内メーカー各社の賛同により埋もれていた和モノ名作の発掘が推し進められている状況は素直に慶賀したい。このMILKのアルバム(87年作)と、それに先立つ7インチ再発は、昨今のシティ・ポップ〜和ブギー・ブームが次なるレベルへ突入したことを知らせるような出来事だったと思う。今年2020年初頭に拙編集による86年以降の「CD時代」のシティ・ポップを紹介するガイド・ブック『オブスキュア・シティポップ・ディスクガイド』(DUブックス)が刊行されたが、もしかしたら、またなにがしか新たな再発潮流が立ち現れるかもしれない。

6

Edson Natale

Nina Maika

Silent River Runs Deep

CD版には拙文ライナーを収録しているので贔屓めいてしまうが、これも是非昨年のトピックスとして是非とも挙げたい一枚。《Music from Memory》からの『OUTRO TEMPO II – ELECTRONIC AND CONTEMPORARY MUSIC FROM BRAZIL 1984-1996』にもタイトル曲が収録されていたMPB第二世代作家エヂソン・ナターレによる90年作のストレート・リイシュー。これもまたDiscogsなどを通じてウォントが高まっていたところに登場した「ネット発再評価」の好例だろう。ミルトン・ナシメントとロー・ボルジェスによる『街角クラブ』のハイブリッドで内生的なミナス・サウンドを受け継ぎつつ、90年という時代ならではのクリスタルなデジタル・シンセサイザーが絶妙のアンビエンスを演出するミッシング・リンク的傑作。日本のディスク・ユニオン発の新しい再発専門レーベル《Silent River Runs Deep》が、渡瀬元彦とモノ・フォンタナに続いて送り出したリイシュー作がこれだったというのも実に示唆深い。

5

Arthur Russell

Iowa Dream

Audika Records / P-Vine

2004年から開始された《Audika Records》による数々の発掘リリースにより、生前は正当に評価されていたとはいい難い鬼才・アーサー・ラッセルのあまりに素晴らしい音楽が広く知られることになったことは、この間の音楽シーンにとって非常に大きな意味をもっていたと思う。前衛志向を強く持ちながらもあくまで楽曲自体はプリティ。アンダーグラウンド・ディスコ〜ハウスの始祖の一人でありつつ、極めてジャンルレスなその音楽に見られる変幻自在なセンスはポップス史に類を見ることがない。その上、その歌い手としても実に魅力的で、リリカル極まりない歌詞も素晴らしい……。ある意味では21世紀の音楽シーンはアーサー・ラッセルの亡霊が裏支えしてきたといってもいいくらい、その影響力は広大にして甚大だったと思う。

さすがにもう出尽くしたであろうと思われたプライベート・テープから、テン年代の最後に差し掛かった今新たに素晴らしいピースが発掘されたということを、心から祝福したい。『Love Is Overtaking Me』収録曲に通じるフォーキーな魅力もさることながら(ソングライターとしての力量の凄さ!)、彼の金看板たるミュータントなディスコ曲(の断片)もある。また本作は、アーサー・ラッセルのカヴァー集もリリースするほどのアーサー・ラッセル・フリークであるピーター・ブロデリックを中心とした現代のミュージシャンによるバッキング演奏のオーバーダブが行われていることも特徴。通常、オリジナル純血主義的な観点からこの種のダビングはリスナーに忌避される傾向にあるが、アーサー・ラッセルの音楽が本来的に持っているハイブリッド性と、楽曲自体が備える「器の大きさ」とでもいうべきものにリスペクトを込めつつコンテンポラリーな視点を注入するようなプレイには、好感を抱かざるを得ない。

4

浅井直樹

アバ・ハイジ

P-Vine

こちらも拙監修によるリイシューなので手前味噌な紹介になってしまうのだが、和モノリイシューの<次>を予見させるものとして、ここで挙げないわけにいかない。1988年、一人の美大生によってひっそりと200枚限定で自主制作さたレコードの世界初リイシュー。今、世界中から「和モノ」へ注目が集まる中、以外にも見逃されがちなのが、1980年代の所謂<プレ渋谷時期>におけるインディー、しかもギター・ポップに類するものたちなのではないかと思うのだが、この『アバ・ハイジ』は、そのような時代の作品の中にあって、アシッド・フォークやサイケデリック・ロックからの影響色濃いこともあり、幸いにもある海外ディガーに発見され、その評判が逆輸入される形で改めて日本の若いリスナー(主に東京のアンダーグラウンドなDJたち)の追い求めるカルト的人気作となったのだった。ザ・スミスやペイル・ファウンテンズなどを経由しながら、シド・バレットやヴェルヴェット・アンダーグラウンドなどへと接続していくオリジナル楽曲の素晴らしさはもちろんのこと、知久寿焼や友部正人を彷彿とさせるイノセントな歌声、そしてルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』を参照したというシュルレアリスティックな歌詞世界が、まさしく唯一無二。2020年4月にはアナログ再発も決定した。今後、こうした80年代のギター・ポップ等、現在のシティ・ポップ的観点の更にその先へ進んだ自主盤発掘が続いていくことを期待したい。

3

Ernest Hood

Neighborhoods

Freedom To Spend

Pitchforkによる『The 50 Best Ambient Albums of All Time』にも選出されていた、アーネスト・フッドによる幻の自主制作盤のリイシュー。発売元はリマリンバや竹間淳などの再発で今年注目を集めたRVNG INTL.傘下の《Freedom To Spend》。これらの情報のみで、本作が2019年ならではのコンテンポラリーな聴取意識の中で再提示された作品であることがわかるだろう。これもまたDiscogs等のデータベースサイトやネット取引を通じてカルト的な人気が高まっていた一作だ。

元々ジャズ・ギタリストとして活動していたアーネスト・フッドだが、20代で病を患いその道を断念。その後、自身の幼少期の思い出やありし日のアメリカの郊外風景を描いた本作を発表した。ギターはもちろん、ふんだんに用いられた温かで朴訥とした電子音と街角の環境音の融合が、<実際には経験していないのに、強烈な郷愁を掻き立てる情景>を描き出していく。いわゆる箱庭的ノスタルジーだといえばそうかもしれないが、あまりに繊細な音楽がそうしたものにありがちな甘さを遠ざけることになっており、「有機アンビエント」とでもいうべき稀有な世界を作り出している。今聴き直していてふと思い起こしたのは、ピーター・ボグダノヴィッチ監督の名作『ラストムービー。まさに、「青いセピア色」の世界。永遠に瑞々しい音楽。

2

Peter Ivers

Becoming Peter Ivers

Rvng Intl.

ピーター・アイヴァースも、アーサー・ラッセルとともに21世紀においてもっとも広範な影響を(亡霊的に)もたらしたミュージシャンのうちの一人だろう。ここ日本におけるピーター・アイヴァース作品の受容は、後期ゆらゆら帝国〜坂本慎太郎のソロ作における重要なインスピレーション元として彼の音楽があることを認識した後追い世代によるリヴァイバルという性格が色濃かったように思うが、徐々に本国を含む国外でも、元々あった「70年代の一風変わったシンガ・ソングライター」という一般的イメージを超えて、その真価と特異性を知られるようになってきた。

 これまでもいくつかの未発表音源集が組まれているゆえ、もうこれ以上ネタはないかと思われたところに、本作が《Rvng Intl.》から登場したことのショックは大きい。リリース資料によると本作のディレクターは、5年以上の時間をかけて500本以上のテープを調査したというから、発売に懸ける熱量と努力がしのばれる。敬意を払うべき偉大な仕事だ。録音時期としては、キャリアの充実期に当たる74年の『Terminal Love』から76年『Peter Ivers』期に録音されたものということで、どれも素晴らしい。ロックやブルース、ソウル、レゲエ、サイケデリック・ロックなどを、独自の捻れをもって繋ぐ彼の特異な存在感が、これまでにも増して鮮やかに立ち上ってくるようだ。

ここまできたら、(デヴィッド・リンチ監督の『イレイザーヘッド』への提供以外は相当なマニアにもあまり知られていないであろう)彼のサウンド・トラック等外部仕事のリリースも期待してしまう。特に、後の大巨匠ロン・ハワードがロジャー・コーマン製作総指揮の元監督したB級アクション映画『バニシングIN TURBO』(77年本国公開)のスコアは、今こそ聴きたいミュータント・シネ・ファンク満載で素晴らしい…。

1

V.A.

KANKYO ONGAKU: Japanese Ambient Environmental & New Age Music 1980-90

Light In The Attic

冒頭に書いたような大規模なジャパニーズ・アンビエントの再発掘ムーヴメントの極点として後年永く記憶されるであろう、金字塔的コンピレーション作品。まさかのグラミー・ノミネートも達成するなど、その編纂姿勢の丁寧さ/真摯さ、また「このように素晴らしい音楽が眠っていたのか!」と世界中の音楽ファン驚きを与えた功績については、称賛してもしきれない。「日本の環境音楽」という、世界中のファンはおろか本国日本のリスナーですら(無意識のうちに)「なかったこと」にしていた音楽が、一躍時代の先端におけるヒップなものに祀り上げられるという現象は、「再評価」や「リヴァイヴァル」というものが持つ社会的現象としてのダイナミズムを考察/議論するにあたっても、様々な示唆を示してくれた(実際、そういった機運に促されるように、既存媒体に限らない個人発信にて、環境音楽やニューエイジ音楽一般についての優れた論考が発表されたのも2019年における象徴的な動きだった)。また、このコンピレーション発表と前後して、ここに収められた各作家のオリジナル作品が海外レーベルから数々リイシューされるようになったのも印象深い出来事だった。かねてより繰り広げられてきた、ニューエイジ音楽再評価、シティ・ポップなどと並行した「あの時代の和モノ」へ特別な感慨を嗅ぎ取ろうとする昨今の西欧音楽リベラルたちの仕草(この点にある種の文化収奪的な鼻持ちならなさを感じるとすれば、それは間違いとはいえない。しかし、そういう課題をあぶり出したという点でも、本作の存在は意義深いと思うし、本作封入のテキストなどからはそういった問題意識と真摯に向き合おうとする姿勢も感じられることは言い添えておきたい)、あるいはまた、ゼロ年代から脈々と続いてきた80年代的なるテクスチャーの復興。そういった各トピックの交差するところに、本作はモノリスのように(けれど妙に軽やかなポストモダン風洗練を纏って)屹立している。

編者のスペンサー・ドーラン(ヴィジブル・クロークス)と話す機会に恵まれた際、本コンピレーションの素晴らしい内容に賛辞を贈りつつ、次なる興味についても話をしてみたのだが、どうやら彼は来日時、通常のレコード屋に加えてブックオフやハードオフなどの各店にも足を運んでいるとのことだった。となると…次なる一手は、この『KANKYO ONGAKU』のその先、いわゆる「俗流アンビエント」のコンピレーションが登場したりして…?などと想像を逞しくしてしまったりする。(柴崎祐二)



【未来は懐かしい】
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Text By Yuji Shibasaki

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