【ロンドン南東便り】Vol.4
南ロンドンのインディペンデント・フェスティバル
〈Wide Awake〉で実感したプライマル・スクリームの存在感と
カルチャーと一緒に歳をとること
主に南ロンドンの音楽シーンの模様をお送りする【ロンドン南東だより】。前回の連載から4ヶ月も間が空いてしまいましたが、いかがお過ごしでしょうか。
私は4月に日本に一時帰国したり、大学の課題に追われたり、その合間で引き続き様々なライヴに足を運んだりして日々を過ごしています。ロンドンでは、既に街中でマスクを着用している人はほぼいなくなりました。ここに居るとコロナは本当に遠い昔のことのような気がしてきます。
大学のコースも、あとは最終課題を残すのみ。残り限られた時間の中で、現地の音楽を楽しみながら引き続きお伝えできればと思います。(ちなみに、昨年から当校で続く大学経営陣と講師陣の闘争は “採点ボイコット”という新しいフェーズへと移行しました。果たして私のこの2か月の間に提出した課題の数々はちゃんと採点されるのでしょうか……?)
南ロンドンのインディペンデントな公園フェス《Wide Awake》の魅力
5月27日と28日には、南ロンドンのブリクストンのすぐ近くにあるBrockwell Parkで、“ロンドンで一番早い夏フェス”の一つ、《Wide Awake Festival(以下WA)》が開催されました。Brockwell Parkは代々木公園とほぼ同じサイズの広めの郊外型公園。その敷地の中に、大小6つのステージや飲食ブースが設けられ、WAは開催されました。ロンドンの中心部からもほど近く駅からも歩いてすぐ、というアクセスの良さや、ゆったりとした空気感が魅力のこのインディペンデント・フェスは、日本だと〈京都音楽博覧会〉あたりとも通じる魅力を持つ公園フェスだと言えます。
会場内にカレーやバーガーなどの軽食ブースが並ぶのは日本と同じですが、施設面でロンドンっぽいなと思ったのは、ロンドンの様々なビールの醸造所が並んだ一角。地元のブリクストンをはじめ、ハックニーやバーモンドジー発祥のブリュワーが、生ビールをサーブしてくれるブースは来場者から大人気で、どの時間帯にも長い列ができていました。
その他にも、メイン・ステージである〈Windmill Stage〉には、常に手話のパフォーマーが張り付いてバンドの歌詞を手話で表現していたり、マーチ売り場の隣には持ち込みグッズにシルクスクリーン・プリントをしてくれるブースがあったりと、サステナビリティを意識した取り組みもいくつか確認することができました。
※余談ですが、Brockwell ParkではWAに続いて、レゲエ〜ダンスホールに特化した〈City Splash〉や、ソウル〜ジャズに特化した〈Cross The Tracks〉といったフェスも開催。一定期間、同じ機材やファシリティを共有して様々なフェスを開催する座組みになっているようです。
フェイ・ウェブスター、ケヴィン・モービー、フローティング・ポインツ……WAの出演者たち
私が参加したのは28日、プライマル・スクリームが1991年の『Screamadelica』セットでトリを務めた日です。
プライマルと言えば、私が音楽を能動的に聞くようになった2000年代には、既にUKロックの主要プレーヤーとしてのポジションを確立していました。リアルタイムで最初に触れた作品は『XTRMNTR』(2000年)や『Evil Heat』(2002年)といったエレクトロ期の作品で、個人的な思い入れもそちらの方にあります。一方でダブやゴスペル、アシッド・ハウスの影響を受けた『Screamadelica』は、名盤なのは分かるけど、特に若い時分には冗長に感じられたこともあり、ちょっと過大評価されている印象も持っていました。
なので、この日も当日までは「まぁ、観れたら観よう」といったスタンスでした。
お昼の時間帯はWAのユルっとした魅力を存分に味わうべく、あまりきゅうきゅうとならないよう、気になるステージをつまみ食い的に観ては、別のステージに移動したり、ご飯を食べたりと過ごしました。そんな中、TURN的にマストの2組、フェイ・ウェブスターとケヴィン・モービーは、WAで2番目に大きい〈MOTH Club × DIY Stage〉に出演。前者は、フォーキーなAORとドリーム・ポップの間を行く心地良いグルーヴで、後者は、筆者が持っていた渋好みの先入観を一掃するようなロック感溢れるステージングで、ともにフェスを盛り上げていました。
また、先日《Rough Trade》と契約したばかりのスペシャル・インタレストは、小テント会場の〈Brixton Brewery Stage〉に出演。ベス・ディットーとセドリック・ビクスラー・ザヴァラを掛け合わせたようなヴォーカルのアリ・ログアウトの圧倒的な存在感に加えて、打ち込みのビートと他の楽器(歪んだギターやベース)が絶妙にぶつからないサウンド・デザインのスマートさが印象に残りました。また、前半はアンビエントの要素を取り入れた4つ打ち、後半はジャングルという大構成を採用していたフローティング・ポインツは、特に前半パートでの、音やビートが半ば生起的に変化しているように感じられる音像(例えば四つ打ちのハットの音が一拍毎に変化していくような印象を受ける)が凄まじく、それを制御するアーティストの集中力の高さにも舌を巻きました。
世代とジャンルを繋ぐハブとしての『Screamadelica』の偉大さ
それらのアクトを楽しみながら、自分の中でふとプライマルと『Screamadelica』への評価が変わる瞬間がありました。それはオーヴァーモノの演奏を見ている時のこと。この日はプライマルがトリということもあり、観客の年齢層もやや高め(40〜50代がコア層)。かくいう自分も36歳としっかりと中年です。
そして、その彼らがオーヴァーモノの四つ打ちに合わせて、軽快に踊っている。考えてみれば、彼らプライマル世代というのは、90年代のレイヴ・カルチャーの全盛期に青春時代を過ごしてきたリスナーたちです。一方のオーヴァーモノは、今の《XL》を代表するアーティストで、実際、普段彼らのライヴを観ている知人曰く、単独公演でのコアの客層はやはり20〜30代とのことです。
この世代を跨いだつながりには、個人的にとても触発されるものがありました。日本での洋楽フェスにまつわる言説の一つに、客層の高齢化を嘆くような語り口というものがありますが、何となくそれが偽の問題設定のようなものであるように感じてきたのです。
もちろんこの背景にはWAの環境条件もあります。先にも書いたようなアクセスの容易さもあるし、アリーナで開催するような都市型のフェスとは違う環境面でのイージーさも、おそらくはWAの本質的な部分でしょう。いずれにせよ、年齢を重ねたり家族構成が変わったりして、ライフステージが変わったリスナーを、それでも迎え入れるようなカルチャー産業の環境や工夫について、もっとポジティブな語り口が増えて良いような気がしてきたのです。例えば、オーヴァーモノがこの会場で、普段は単独公演に来ないようなリスナーにアプローチ出来たのだとすれば、それは彼らの活動の裾野になっていくはずです(ここには歌ものとは異なる、ダンス音楽の特有性もある気がしますが、それはまだ別の機会に)。
そして、20代の観客から、それこそ60代や70代の観客まで、あるいはこの日のロックやパンクからジャズやハウスまでという、世代的、ジャンル的な多様性の中心にあるのは、やはりプライマルで、『Screamadelica』なのだと、とても納得する気持ちにもなりました。もちろん彼らは「Rocks」や「Country Girl」といった大ヒット曲があるのも大きいでしょう。ただ、少なくとも『XTRMNTR』期の彼らの音楽ではないのだろうな、と。
ここまで書いておきながら、実は当日の私は、この日の彼らのパフォーマンスを十分に楽しむことが出来ませんでした。というのも、彼らが出演したメインステージのスピーカーがフェスの途中で故障してしまって、音が途切れ途切れになるなどコンディションが非常に悪く、集中して楽しめないなと思って途中で移動してしまったからです。これはとても残念でしたが、しかし野外フェスである以上、こうしたトラブルは全く予想できないものではないですし、インディペンデントやフェスならではの出来事だと、ポジティブに受け入れることもできました。
何より良かったのは、演奏しているバンド自身が本当に真剣に取り組んでいることが伝わってきたからかも知れません。白いセットアップのスーツに身を包んだボビーは(少なくとも僕が観ている範囲では)特段イラだった様子も見せず、ステージにいる間ずっと凛としたポップ・ミュージシャン、エンターテイナーとして振る舞っていました。80年代のデビューから現在までをサバイブしながら、いつまでも“音楽好きの兄ちゃん”という風情を残しながら、世代を超えたつながりを生み出せる音楽を作って、演奏し続けてきたプライマルが、UKのインディ・シーンに果たしている役割は、実はとても大きいのだろうなと思いました。
彼らのステージの終わりを待たずに会場を後にした筆者でしたが、その帰り道には会場の壁越しに漏れ聞こえてくる「Country Girl」に耳を向けて、一緒に口ずさんだり、踊ったりしている近所の住人を何人も見かけました。プライマルは、この夏《SUMMER SONIC 2022》を筆頭に、この『Screamadelica』セットで、いくつかの来日公演を行うことが決定しています。個人的にはちょうど入れ違いにはなってしまうかも知れませんが、日本のリスナーとプライマルとの特別な関係性を思えば、きっと思い出とともに、あるいは新しい記憶として、リスナーの心に残るステージを届けてくれるでしょう。
それではまた、次回のお便りで。(文/佐藤優太)
Top Photo by Luke Dyson
Text By Yuta Sato