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【ロンドン南東便り】Vol.3
地域コミュニティが所有する音楽ヴェニューを目指す
「Save the Ravensbourne Arms」プロジェクト

12 February 2022 | By Yuta Sato

2月7日現在、まだ先行きの分からない状態の中でこの記事を書いています。何のことかと言うと《Save the Ravensbourne Arms(以下SRA)》という地域プロジェクトについてです。

このプロジェクトについては昨年秋、ロンドンに来て直ぐに《NME》をはじめ複数のメディアが取り上げていたことや同級生の友人が紹介記事を書いていたことをきっかけに知りました。当初、昨年12月を締め切りに開始したこのファンディング・プロジェクトは、2度の延長を経て現時点でも進行中。日々状況が変わっているので、この記事が掲載される頃には更なる進展があったり、何らかの結果が出たりしているかも知れません。が、それらがどうであれ、日本の音楽リスナーにとっても興味深い取り組みだと思うので当連載で紹介したいと思います。

「コミュニティが所有する音楽ヴェニュー」というアイデアと進捗について

まずは改めてこの「SRAプロジェクト」について。この計画は、筆者の住むルイシャム特別地区にある、今は閉業中の伝統的なパブ《Ravensbourne Arms》を、地域住人への株式公開という形で購入資金を募った上で「地域コミュニティが所有する音楽ヴェニュー(兼パブ)」としてリニューアルしようというものです。

プロジェクトに対し、100ポンド(約1.5万円)以上をクラウドファンディングで投資した人は再開後の音楽ヴェニューの株主となり会議の議決権を持つことができます。他にも200ポンドや300ポンドなどのオプションもありますが、基本的には100ポンド以上は全て「一人一票」。2年目以降は年3%の利息も還元される想定で、もしこの計画が成立すれば、《Ravensbourne Arms》は「ルイシャム特別地区初の地域コミュニティが所有する音楽ヴェニュー」として生まれ変わるというのが計画の大きな主旨です。

プロジェクトの旗振り役は《Sister Midnight》という、同じくルイシャムを拠点にする地域貢献ソサエティ。彼女たちは2018年から、同名のライヴ・ハウス兼パブ兼レコード店を、ルイシャムのデプトフォードという地域で運営していました。ですが2020年、パンデミックをきっかけに元の店舗のオーナーとの間での賃貸契約を継続することが難しくなり休業状態に。その後、その活動を発展させた形で発足したのがこのプロジェクトです。(※1)

※1. UKのグラスルーツ・ヴェニューの運営をサポートするチャリティ団体「Music Venue Trust」は、音楽ヴェニューの多くが賃貸契約であることによって(特にパンデミックへの対応やグリーンエネルギーへのシフトの面で)生じている会場運営者の苦境に注目し、賃貸から不動産を取得する方向へ業界全体がシフトしていくことが必要だ語っています。


もちろんプロジェクトの成立が地元の音楽家たちに多大なメリットをもたらすことは疑いようがありません。加えて《Sister Midnight》の共同設立者のレニー・ワトソンは前述の記事の中で「音楽家のためだけのプラットフォームではなく、読書会や年金受給者のダンス・パーティーにも使える会場にしたい」とコメントしており、より多様で開かれた形で地域に貢献するヴェニューを目指しているようです。プロジェクトは発表後すぐに、フォンテインズD.C.、ブラック・ミディ、ジュールズ・ホランドといったバンドや音楽業界の著名人、あるいは《Rough Trade》や《Big Dada》といったレコード店やレーベルから支持を受けています

また一部のルイシャムの議員や他の地域団体からもSRAプロジェクトは支持されています。1930年代に建てられた現在の《Ravensbourne Arms》の建物は、2016年、現在の所有者であるディベロッパーに購入されました。しかし、この場所には1750年代からパブが存在してきたという歴史的重要性を理由に、地方議会はこれまで用途変更の許可を出すことを拒否してきました(イギリスでは建物の建て替えには議会の承認が必要で、そのことがしばしば地方議会の論争の的になります)。もしこの場所が再び音楽ヴェニュー兼パブとして再開することができれば、ルイシャムは地域の歴史をそのまま継承できることになります。

ファンディングの募集開始は2021年9月。当初の目標額はパブの購入に必要な50万ポンド(約7,500万円)、締め切りは同年12月20日に設定されていました。その後、2度の締め切りの延長を経て、2月7日現在、目標金額は37.5万ポンド(約5,625万円)に引き下げられ(不足分は別の方法での出資元を探す)、対する総投資額は約27万ポンド(約,4050万円)となっています。

正直、日本に住んでいた経験からするとローカルなライヴハウスの計画のために4,000万円を超える金額が集まっていることだけで驚いてしまいますが、上昇を続けるロンドンの不動産価格を思えば十分な金額とは言えない、というのが冷静な見方ということになるでしょう。

さらに年明けには現在のパブの所有者に対して別の企業から「(999年の)借地権」オファーがありプロジェクトへの圧力が増加。それを受けて、1月17日には緊急ファンディングの呼びかけも行われました(株式が付帯しない25ポンド、50ポンドの「寄付」オプションも追加されました)。原稿執筆時点での最新のファンディング締め切りは2月28日となっています。

2月6日には《Sister Midnight》のSNS等でアップデートが配信。前段の「借地権」(おそらく以前はディベロッパーが提供していなかったオプション)を巡って条件の照会を行っているとのことで、その結果をもって賃貸への計画の切り替えや、不足金を補填するためのローン申請の手続きに入るかの判断をするものと思われます。また、結果が出るまでは現在の活動を継続するようにも呼びかけた上で、仮に今回がダメでもルイシャム地区にコミュニティが保有する音楽会場を生み出すために戦い続ける、とも宣言しています。

ゴート・ガールらも出演した《Fox and Firkin》でのファンドレイズ・イベント

プロジェクトの見通しは上記の通り不透明な状況ですが、「地域住人の株式投資によるヴェニューの共同購入・運営」というアイデアや、それに対する音楽業界からポジティヴな反応、そしてとても若い団体ながらまさに草の根というべき活動の粘り強さはいずれも本件の非常に興味深い点です。

また音楽ファンの注目を集める方法の一つとして、ファンディングの開始以降、ロンドンの様々な音楽家たちの協力を得て、ファンドレイズ(投資上昇)のためのイベントが次々と企画・実施されています。

2月4日には、《Ravensbourne Arms》から目と鼻の先にあるライヴハウス兼パブの《Fox & Firkin》で、ゴート・ガール、プレス・リリース(Press Release)、ノン・スレッティング・ボーイズ(Non Threatening Boys)の3組が出演するライヴ・イベントが開催されました。

《Fox & Firkin》の店内を入り口側から撮った様子。手前にバーカウンター、奥にステージがあり、さらに奥にビア・ガーデンが続いている。

連載の第1回目でも触れたブリクストン地区の《Windmill》は、ブラック・ミディらを輩出したライヴ・ハウスとして日本でも有名です。筆者もその影響で渡英直後の10月に同会場に行きましたが、そのことを知った同級生に「ここも行った方が良いよ」と教えてもらったのが《Fox & Firkin》でした。つまり《Windmill》同様のめちゃくちゃローカルでアットホームなライヴ・ハウス兼パブです。

《Fox & Firkin》の施設的な特徴は何と言っても店舗の裏側にある広大なビア・ガーデン。4日もなかなかに寒い日でしたが常に賑わいを見せていました。《Fox & Firkin》は、歴史的にジャマイカ系移民が多くレゲエやサウンドシステム文化が発展してきたルイシャム地区らしくベース音楽やUKジャズのイベントも盛んで、特に暖かい時期のDJイベント等は、それは楽しいだろうな……とノンアルコール・ビールを飲みながら思いました。

ビア・ガーデン(の一部)。実際はこの何倍もの広さがある。

《Fox & Firkin》の正確なキャパシティは不明ですが、ウェブで調べると「500人」という情報も出てきます。これはおそらくビア・ガーデンのスペースも含んだ数字だと思われ、ステージのあるフロアはせいぜい200人も入ったらいっぱいという印象です。

当日の会場には既にファンディングに参加済みの未来の株主候補を含めて大勢の観客が詰めかけていました。イベントはロンドンを跨いだ《Independent Venues Week》の一環でもあり、早売り券(5ポンド)、前売り券(10ポンド)は発売後早々にソールドアウトになっていました。

以下、各バンドのパフォーマンスについても簡単にご紹介します。

Non Threatening Boys

トップバッターはノン・スレッティング・ボーイズ。長身で甘い顔立ちのフロントマン、サム・ゴワンズ(Sam Gowans)は、ビリー・コーガンを思わせる粘っこいメロディと歌、少し芝居がかったパフォーマンスで存在感抜群。加えて自ら「ポップ・パンクが半分、ポスト・パンクが半分」と語るだけあるポップであることへの衒いのなさや、シューゲイザーなどの要素も取り入れつつもポップ・ソングとしての構成へのこだわりが感じられる楽曲群に、他のロンドンの「クールな」バンドたちとはやや異なるアングルを感じられ面白かったです。

少し検索した限りではBandcampなどのページは見つけられなかったのですが(代わりにシンプソンズの情報が沢山見つかります)、スタジオ作品がどのような仕上がりになるのかも気になります。

Press Release

こちらも検索しづら過ぎる名前のプレス・リリースは、1月29日に初ライヴをしたばかりという新しいバンド。ですが、ドラム/ヴォーカルのリヴ・ウィンター(Liv Wynter)は、ノンバイナリーのライヴ・アーティスト/ライター/活動家としての経歴があり、彼女個人のファンと思われる観客もフロアではちらほらと見かけました。

バンドとしてのプレス・リリースは、ワイズ・ブラッドやエンジェル・オルセンあたりを思わせる伸びやかさから力強いシャウトまでを幅広く表現するリヴの歌唱と、ポスト・パンク感溢れるミニマルな演奏という組み合わせが新鮮な3ピース。全体的に音がスカスカでリズムの揺れや撚れも少なくない演奏なので、シャッグス的なジャンク感もありますが、一方で楽曲やメロディには、レトロかつ正統派なソウル〜ポップスの趣もあり、一筋縄には行かないバンドだと感じました。またリヴはイベント全体のMCとしても活躍していて、喉の強さを感じさせる力強いアナウンスで各バンドを呼び込んだりもしていました。既に地元のファンから愛される存在という感触があり、こちらも今後の展開が楽しみなバンドです。

Goat Girl

イベントの最後に登場したゴート・ガールは今のサウスロンドンを代表するバンドの一組ということもあり、やはり登場時の歓声がすごかったです。個人的にも初めてライヴを観たのですが、フロントに立つ3人(ロティー、L.E.D.、ホリー)の佇まいからはスターの“華”を感じました。

また昨年のセカンド・アルバム『On All Fours』の楽曲を中心としたセットリストでのライヴは、ざっくり言えばオブスキュア・ディスコ的なソングライティングをベースに、空間系エフェクターや3声のコーラスを抜き差しすることによって変化を生み出すもので、ウォーペイント直径のインディ・ダンスという趣。ただ、そこにUKのバンドらしいハウスやドラムンベースなどのダンス音楽のビート感やサウンドが融合されているところがユニークで、繰り返されるリフが生み出すグルーヴと、万華鏡的なニュアンスの変化が催眠的な効果を生んでいました。個人的には「The Crack」「Sac Cowboy」などの曲がスタジオ版よりもダイナミックに感じられて印象に残りました。また、多彩なリズムを叩き分けるドラマー(男性ドラマーだったと思うのですが名前がわからず…)の演奏の巧さも効いている思いました。

途中ロティーがMCで今回のプロジェクトについて「私たちは絶対に実現できると信じています」と発言した場面もハイライトの一つ。彼女は幕間のDJも担当しており、冷ややかな質感のインディ・ディスコや《L.I.E.S.》系のロウ・ハウスをとてもかっこよく繋いでいました(残念ながらShazamを忘れました……)。

最後に:ファンディング・ページ等

後半はライヴ・レポート中心になりましたが、既に書いた通りプロジェクトは現在も続行中であり、また仮に今回がダメでも諦めないという《Sister Midnight》チームの言葉には勇気づけられ、前向きな気持ちになります。

今後は2月22日にも連載第2回で紹介した《Rough Trade East》でファンドレイズのイベントが予定されており、ブロードサイド・ハックス(Broadside Hacks)、ロージー・アレナ(Rosie Alena)、アガ・ウジュマ(Aga Ujma)の3組が出演予定。こちらも時間の許す範囲で参加したいと思っています。

最後に、今回紹介したプロジェクトの公式ページとファンディング・ページのリンクを再度掲載し記事を終えたいと思います。純粋な寄付は25ポンドから受け付けているので、もし余力のある方は、ロンドンの将来のシーンへの関わりとして寄付をご検討いただけますと幸いです。

•《Sister Midnight》公式ページ:https://www.sistermidnight.org/

•《Save the Ravensbourne Arms》ファンディング・ページ:https://www.crowdfunder.co.uk/p/save-the-ravensbourne-arms

今後も音楽が生まれてくる、そのベースにあるものを随時紹介していければと思います。それではまた、お元気で。(文・写真/佐藤優太)

Text By Yuta Sato


【Letter from South East〜ロンドン南東便り】


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