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【ロンドン南東便り】Vol.1
ブレグジット以降のライヴとレコ屋事情

11 November 2021 | By Yuta Sato

この度、TURNで不定期連載《Letter from South East 【ロンドン南東便り】》を始めることになりました、佐藤優太と申します。2021年9月からロンドンに一年間大学院留学をすることになり、現在はロンドン南東部のニュー・クロスという地域に住んでいます。この連載では、いまのロンドン、そしてイギリスに住んでいて、音楽リスナーとして見たこと、感じたこと、考えたことを、ざっくばらんに、手紙に書くような気持ちでお伝えして行ければと思います。一ヶ月、あるいは二ヶ月に一回程度、ぜひお付き合いください。

「ウィズ・コロナ」のロンドン

9月末にロンドンに着いて一ヶ月と一週間ほどが過ぎました。イギリスはちょうど10月末に夏時間が終わり、それに合わせたかのように寒くなり始めました。夜は外気が痛いくらいで、ダウンが手放せない日々が続きそうです。

その一方で、10月末までの一ヶ月強はとても穏やかな秋日和が続きました。快適な季節を過ごす中で、僕が感じていたのは、待ちに待った(比喩的な意味での)「夏」をロンドンの人々が謳歌しているということでした。

そんなイメージに拍車を掛けたのが、ロンドン市民のマスク着用率の低さ。街の中でマスクをしている人は体感で5%以下、着用が強く推奨されているバスや電車などの公共交通機関でさえ2割未満。9月まで過ごしていた日本とはかけ離れた状況で最初は面食らいました。が、よく考えたら日本と違って厳密なロックダウンが実施され、その期間が非常に長かったイギリスの人たちが、ようやくそこから解放されたのだから、心の底から楽しみたいと思うのも無理からぬこと。

「みんながロンドンの夏を謳歌している」ムードはライヴの現場も同じ。そもそも毎日本当に多くのライヴが開催されていることも驚きましたし、会場では最早コロナ・ウィルスなんて存在しないかのように多くの観客がリラックスして振る舞っていることも印象的です。

もちろん日本に住む読者の方は、いまイギリスでコロナ感染者数がどんどん増えていることをご存知でしょう。また、こちらの住人も気にする人は気にしています。一見全く気にしていなそうな人でさえ、話してみれば「もう一度ロックダウンだけは勘弁してくれ」という反応が返ってくる。ですが、それでもいまは日々を楽しむことを優先している。そんな雰囲気だと感じます。

英国バンドの前に立ちはだかる「ブレグジット以降」の壁

そんな調子で絶賛本格再稼働中のロンドンのライヴ・シーン。ですが、いまイギリスのバンド達の間では別の問題が浮上しています。パンデミック直前の2020年1月末にブレグジット(Brexit)を果たしたイギリスにとって、この秋は、ブレグジット以降、初めて本格的に経済活動が再開した時機にあたります。そして、その局面に至って初めて様々な現実問題が浮き彫りになり始めています。これまでヨーロッパ各国から何の障害もなくイギリス国内に流れて来ていた労働者や資源、商品の流通や調達に障害が生じ、トラックの運転手が足りない、商品がスーパーマーケットに届かないといった、社会的な混乱が起きています。最早、あまりに関連のニュースが多過ぎて、「新たな日常」の風景の一部になりつつあるとさえ言えるかも知れません。

そうした状況は、ヨーロッパへの「輸出側」にあたるイギリスのバンド達にも負の影響を与えています。現地でイギリスの音楽業界に携わって長い日本人の知人曰く、いまイギリスのアーティスト達が直面しているのが、ヨーロッパ・ツアーの壁。これまではイギリス国内と同じようにヨーロッパでもツアーが出来ていた彼らですが、ブレグジット以降はその手続きが非常に煩雑化しているとのこと。

2019年のデータによれば、ドイツやフランスなどEU加入国中16カ国のライブ音楽の市場規模は、イギリスの約4.15倍。また、歴史的に見ても、イギリス本国より先にヨーロッパで火が付いたバンドというのは少なくありません。

当然、ツアーの規模はアーティストやマネージメントの経済面に影響しますので、いまイギリスの音楽業界からは、政府に対して、ヨーロッパ・ツアーの手続きが簡略化できるようEU側と交渉をして欲しい、という声が高まっているそうです。

《Barbican Centre》外観



極私的ロンドン初ライブ記

さて、そんなロンドンに来て一番最初に観たのは10月19日、Speakers Corner Quartet(以下SCQ)というユニットの企画公演「Further Out Than The Edge」。ロンドン中心部にある《Barbican Centre》のホール内で行われた座席付きの公演でした(《Barbican Centre》は、住居スペースにシアターやギャラリーも併設されたアート複合施設で、ミュージカルの上演などもあり、利用者の年齢層は40〜50代中心という印象。日本で言ったら渋谷の東急文化村に近いかも……と別の日本から来た同級生に話したら渋い顔をされました)。

そのチケット代は20ポンド(約3,000円強)。そもそもロンドンはインフレ化が進んでおり、物価が軒並み高い。その上、円安かつポンド高という状況もあって、生活していると何でもかんでも高く感じてしまうのですが(前述の知人曰く、その時のレートがいくらであれ1ポンド=100円と受け取るのが心を病まないコツとのこと)、その中にあってライヴのチケットは20ポンドを切るケースも多くて、むしろ割安に感じます。

おそらくSQCの名前を知っているのは日本でもまだそう多くないはず。オリジナル・アルバムを発表した過去もなく……というか本人たちが「Speakers Corner Quartetって誰よ?」っていう動画を作って開場中も流していたくらい、その名前だけ聞いても誰のことだかさっぱり分からないバンドです(僕もこのライヴまで全く知りませんでした)。

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Speakers Corner Quartetのインスタグラムより



しかし、その実体は、サンファのバンドの音楽監督でもあるドラマーのクウェイク・ベース(Kwake Bass)、フォンテインズD.C.やクリスティーヌ・アンド・ザ・クイーンズの最新作にも参加しているバイオリン/マルチ・インスト奏者のレイヴン・ブッシュ(Raven Bush)らが集った熟練4人組。元々は地元のパブで開催されるポエトリー・リーディングの伴奏バンドとして活動をスタートした彼ら。さらにこの日は、地元の盟友を集めて、新曲や即興演奏を中心に一夜限りのライヴをするという非常に企画性の高いライヴでしたが、約2000人を収容する《Barbican Hall》が完売(+当日配信も実施)という盛況ぶりでした。

《Barbican Centre》のホール内



とは言え、その「盟友」の中身は非常に豪華。プロジェクトの初期からバンドと関係があり、2020年にオンライン配信された《Focus Music Festival 2020》のキュレーションでSCQをフックアップしたケイ・テンペストを筆頭に、前述のサンファや、新世代UKジャズの重鎮的なポジションに収まりつつあるジョー・アーモン・ジョーンズ、さらに新作を出したばかりのティルザ(&ミカ・レヴィ&コービー・セイ)、サプライズ・ゲストとして登場したシャバカ・ハッチングス&オーレン・マーシャル、さらにジョイ・オービソンの新作にも参加していた若手のレア・セン(Léa Sen)等々……挙げればキリがないほど多くのアーティストが参加した一夜でした。

前後編、全3時間に及んだこの日のイベント、そのハイライトは……。

●SQCの4人は、それぞれのゲストの個性を受けつつ、持ち前のジャズ〜電子音楽〜アンビエント〜現代音楽を横断する懐の深い演奏力で対応。中盤までは、そんなバンドのサウンドも含めて「ロンドンらしい折衷性の感じられるイベント」だと認識していた。

●それが良い意味で吹き飛んだのは、中盤でティルザ&ミカ・レヴィ&コービー・セイが登場した時。特に、ステージ上でミキサー/サンプラーのような装置をコントロールするコービーの立体的なダブ音響処理には度肝を抜かれた。さっきまでバラバラに出ていた楽器の音が、ステージ全体の音へと一体化して、蠢き始めた感じで、出音が完全にそれまでと別次元。あとステージ上でティルザが歌い始めた時の華、スターの存在感にも驚く。カッコいい!

●ティルザとミカ・レヴィが退場した後、コービーだけステージに残って何かブツブツ歌ってる、と思ったら、クウェイクはじめSQCの連中も楽器を離れてDJブースに移動。かなり唐突に、KLFの「What Time Is Love」を思わせるようなレイヴ仕様の四つ打ちパートに移行(謎)。それまでの良い塩梅なチル感、ダウンテンポ感は一気に霧消し、客席で立って踊り出すお客さんもいる一方で、一割くらいのお客さんが退場していく。

●20分近く続いたレイヴ・タイムが終わると、続くゲストとしてサンファが登場。すっかり焼け野原状態になった会場を、神々しいまでのカリスマ性と貫禄のパフォーマンスで一気に掌握し立て直す。初めてライヴを見たが、しっとりと重厚な歌声の魅力はそのままに、すごくファンキーで肉体的なパフォーマンスに驚いた。

●最後のゲストとして登場したケイ・テンペストはポエトリー・リーディングとラップの間を行く独特の「うた」で残っていた観客を文字通り一人残らず惹きつけた。特に約5分はあろうかという無伴奏のラップ・パートは、間違いなくこのイベントの最大のハイライト。パフォーマンス後、客席とステージ上のSCQのメンバー全員から盛大なスタンディング・オベーションが贈られた。

●アンコールの代わりに、最後は楽屋に残っていたゲストが全員ステージに上がってマイク・リレー(ティルザ、サンファ等は欠席)。必ずしも即興で作詞できるメンバーばかりではないので、グダグダになるところもあったが(特にケイ・テンペストの次にマイクが回って来る人は辛そうだった)アットホームで微笑ましかった。

……と、イベントの後半部分が中心になりましたが、印象的なシーンを書き出しました。各ゲストのオンステージ時間が短いこともあり、ショーケース的に観た部分も大きかったです。

Speakers Corner Quartetの公演ポスター



また、10月30日には、シェイムやブラック・ミディなどが活動初期の拠点としたことで、近年、日本のインディ・ファンにも名高い《Windmill Brixton》に行きました。有名なハコだしな……と少し緊張して向かったところ、悪い意味で「ヒップ」な感じは皆無で、ローカルでインティメイトな雰囲気が色濃く残る素晴らしいヴェニューでした。今後、何かの機会に詳しく紹介できればと思いますが、とりあえず初来場の記録を僕のインスタグラムに残したので良かったら見てください。出演バンドも、どれもすごく格好良かったです。

《Windmill Brixton》店内



ロンドンの流行の発信地=ソーホーにジャック・ホワイトが降臨

《Third Man London》外観



ライブと共に、音楽ファンにとって生活の一部と言えるレコード・ショップ。ロンドンの中心部にあり、多くの雑誌で流行の発信地と紹介されるソーホー地区には世界的にも有名レコード・ショップが集中しています。

9月末に僕がロンドンに着いた、まさにそのタイミングで音楽ファンの注目を集めていたのが《Third Man Records London》のオープン。ご存知、ジャック・ホワイトが創設した《Third Man》のロンドン店とあり、その開店に合わせてジャック本人がゲリラ的なパフォーマンスを行うなど大きな話題を集めました(筆者は隔離期間中で現場に立ち会うことはできませんでしたが…)。

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《Third Man London》のインスタグラムより



ということで、自主隔離が明けた後、真っ先に向かった店内。そこでは《Third Man》のカタログを中心に厳選されたロック、オルタナティブ、ソウル、R&Bなどのレコードと、《Third Man》のマーチャンダイズがコンパクトな敷地内にスタイリッシュに整頓され販売されていました。特に、開店タイミングで相当数が掃けたのか、レコード棚は空きが目立つ状態だったことに対して、むしろお店の主流商品に感じたのはグッズの方。日本からもネットで購入可能な《Third Man》のグッズは、ポップな黄色、青、赤を基調としたアイテムがいちいち可愛くて、すごく購入意欲をそそります。

また、地下は《The Blue Basement》という壁一面が青く染まったステージ&フロア兼レコード販売スペースになっていました。レコード店であり、ライヴも出来るというコンセプト自体は本国・デトロイトの《Third Man》と同じですが、20〜30人も入ればパンパンだろうという本当に小さなフロアの両端に自社のオリジナルのライヴ・レコーディングのLPや7インチが並ぶ、かなりユニークな空間でした(とは言え、実際にライヴもやっているようで、11月10日にはホット・チップのアレクシス・テイラーの公演が開催されます)。

《Third Man London》店内のブルールーム



全体としては、レコード屋というより、《Third Man》のブティックと表現した方がしっくり来るお店で、ジャック・ホワイトやレーベルのファンには外せないスポットとして引き続き注目を集めそうです。

個性的な3店舗に通底するブリティッシュ・サウンドの水脈

ソーホーには他にも日本の音楽ファンにお馴染みの老舗レコード店がいくつもあります。そのうちの一つ、《Sound Of Universe》は、超優良なレゲエ〜ファンク〜電子音楽等の再発で知られる《Soul Jazz Records》と同系列のレコード店で、入って直ぐ右手にある《Soul Jazz》のカタログ・コーナーは圧巻です。そんなレーベルのカラーとも同調するように店内にはレゲエやジャズ、ワールド・ミュージックの新品・中古レコードが並んでいますが、“森羅万象の音”を表す店名そのままに、ロックやフォーク、テクノ、カントリーなどのレコードも充実していたのが印象的でした。また、ここに限らずですが、新品も中古も均等に雑に扱われていて、その敷居がほとんど存在していないように感じることもロンドンのレコード店の特徴かも知れません。

《Sound Of Universe》外観



ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの有名曲から名前を拝借した《Sister Ray》は、ソーホーのレコード店の中では最もロック〜オルタナティヴに振った品揃えのお店。一階がCD、地下がレコードというフロア構成で、ほぼ一階は素通りされ、スーツ・ケースを引きずったお客さんなどが続々と地下に降りて行きます。また、地下の奥にはルー・リードのポートレイトが守護神の如く飾ってあって、テンションが上がりました。

《Sister Ray Records》店内。トップ写真も。



ソーホーで最後に向かった《Phonica》は、3店舗の中で最もクラブ〜テクノ〜エレクトロニカ寄りのカタログが強いお店で、日本で言えば《TECHNIQUE》や《Lighthouse Records》に近い品揃え。個人的にリスナーとしての親和性が最も高いのもこの《Phonica》ですが、それはともあれ、5分も歩けばそれぞれに往来できるコンパクトなエリアに個性的なキャラクターを持ったレコード店があるというのが、やはり、このソーホー・エリアの魅力だと思います。

《Phonica》の外観



最後に、3店舗の共通点として感じたのは、必ず話題の新譜(この時期は特にリトル・シムズの最新作をよく見かけました)を面陳していること、そしてレゲエ、ダブなど、ジャマイカにルーツを持つ音楽のコーナーが目立つ所にあったことです(《Third Man》には無い特徴で、それだけに一層彼らの外様感が際立ちます)。特に後者は、より具体的にはダブステップやドラムンベースなどまで含むのですが、移民によって持ち込まれ、イギリスの中で育まれた音楽に対して、とてもナチュラルにコミットしている印象を受けました。それはすごくさりげないんだけど、しかしやはりイギリス、そしてロンドンでしかあり得ないことのように思い、この国の音楽文化の根っこにある折衷性の「水脈」を垣間見た気持ちになったのです。

ロンドンのレコード店の「余裕な感じ」

さて、今回は10月に観たライヴ、そしてソーホーのレコード店を中心にご紹介しましたが、最後にこの連載の抱負を一つ。ロンドンのレコード店を巡っている時に僕が感じたのは、何となく皆んなが「余裕な感じ」がしたということです。

それはお客さんもそうだし、店側もそう。例えば客層のフラット感。僕が行った時は、ヴィンテージのファッションに身を包んだアート学生っぽい一群もいれば、タイトルの分からないジャズのレコードを探すために店員に自分の知っている特徴を説明しているスーツ姿のビジネスマンもいれば、スウェットとジーンズで自分のお気に入りのアルバムのレコードを探しに来た人もいる。すごく印象論的な暴論で言えば、レコード店に寄ることに特別な意味性は無くて「普通のライフ・スタイルの延長線上で立ち寄る場所」として利用されている感じがしたというか(逆にいうと、日本の少し前のCD屋さんの雰囲気なのかもですが)。

もっと顕著なのは店員側で、カウンター内でスタッフ同士が終始談笑をしているのは当然、何なら昼からワインを飲みながら接客したりする。いや、スーパーのスタッフさえ、携帯で電話しながら会計をしてくれるこの国なので、そりゃそうだろという話はさておき、この「余裕感」は何なんだろうというのが、いまの僕の中にある小さな疑問です。

もしかしたら、ただ単にロックダウン明けで皆がそんな気分なだけかも知れない。もしかしたら、ロックダウン中の補償(が、どの程度あったのかは調べる必要があるのですが)が充実していて当面の売り上げの心配ないのかも知れない。もしかしたら、CDに代わってレコードが売れるようになって、むしろ客単価が上がって売り上げの心配がやはり少ないのかも知れない。もしかしたら、ただ単に天気が良かったからかも知れない。

もちろん、ロンドンに来たばかりの観察者の言うことなので、思い過ごしや思い込みも大いにありそうです。でも、何となくこのレコード屋の余裕感を「羨ましい」と感じたことも確か。なので、この連載の期間中に、もう少しその実体を掴んで、お伝えできたらと思います。次回は……その話までは全く到達できないと思いますが、またお会いできれば嬉しいです。それでは、お元気で。(文・写真/佐藤優太)

Text By Yuta Sato

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