またホンデで会おう〜韓国インディ音楽通信〜
第3回 Best Korean Indie Albums for The Second Half of 2020
「韓国大衆音楽シーンの中でのインディ・シーン」というテーマで2020年を簡単に振り返ってみたい。
コロナウイルスの流行は韓国大衆音楽界にも大きなダメージを与えた。2月後半以降は軒並み公演が中止となり、流行が落ち着いた一時期にキャパ50人くらいの規模の公演が開催されたくらいで、年末にはオンライン・コンサートまで中止に追いやられている状況だった。しかし、そんなアーティストの海外渡航が困難な状況の中でも、世界的にはBTSやBLACKPINKのチャートでの成功、大ヒットしたTVドラマの挿入歌(OSTを含む)を始め、昨年まで以上に韓国大衆音楽は世界に大きなアピールをした一年だった。
一方でインディ・シーンを見てみれば、シングル・チャートの上位にランクインするようなアーティストの数は少なかった。けれど、これまでの連載で触れた通り、BTSのアルバム『Map of the Soul : 7』にはStella Jangが作曲で参加、「ON」のブラスバンド・パフォーマンスにはBrass Monkeysのブライアン・シンも参加している。また、今年も続いたレトロ・ブームでは、夏にチャートを席巻したSSAK3(サクスリー)のプロデュースにパク・ムンチが抜擢され大ブレイクするなど、メインストリームでも活躍したインディ・アーティストは挙げればキリがない。この連載の過去二回でも触れている、韓国観光公社の広告にも後押しされて世界的にも注目を浴びたイナルチを始めとした国楽バンドたちの活躍も今年の象徴だし、11月には音楽専門チャンネル「Mnet」でフォーク・ミュージシャンのサバイバル番組「Folk Us」がスタートし、新しい流行の兆しも見えている。
もちろんインディ・ミュージシャン達は、こうしたシーンの話題やトレンドとは関係なく、自由に自分の作りたい音楽を追求して良い作品を届けてくれた。今回は下半期に発表されたアルバム、EPの中から代表的な作品を10枚紹介し、レビューする。出来るだけ多様なアーティストを紹介するため第二回で登場したアーティストの中でも下半期にアルバムを発表しているアーティストは除いている。第一回の上半期の10枚、また第二回の記事も合わせて読んでいただければ、今年の韓国インディの注目作がカバー出来るはずだ。
個性的なキャラクターを持ったアルバムがたくさん届いたし、2020年の韓国・ソウルを歌った作品、パーソナルだけれど多くの聴き手にコネクトするテーマを歌った作品も勿論ある。何よりTURNの読者なら普段聴いている作品と並べて聴ける作品が多数だろう。そんな10枚をセレクトさせていただいた。(山本大地)
Ahn Dayoung 안다영(アン・ダヨン)『ANTIHERO』(Self-release)
ポストロック・バンド、In the endless zanhyang we areのフロントウーマンであり、またシンガーソングライター、オ・ジウンのバック・バンドなどでのキーボード演奏でも知られているアン・ダヨンの初のソロ・アルバムは、生身で、脆い、人間の不完全さを炙り出しているかのような作品だ。アルバムのテーマは人間の立体性。それに呼応するように、ダヨンと共同プロデューサー、glowingdogは一つのジャンルに定着しようとしない。クラシック、ロック、エレクトロが混ざり合い、一つの曲の中でもインダストリアルなビートと静寂さを演出するピアノの弾き語りを行ったり来たりするので、次の展開が予想出来ないスリリングさがある。
だがこのアルバムの主役はダヨンの歌だと思う。「Usual Person」では拡声器を通したような声で「私たち地獄で会うと思う」と怒りや絶望を叫び、「いつかは恋人に醒める日が来るのか」と不安に未来を思う「Moss」は力の抜けた発声で一言一言を絞り出すように歌い、「Fingerprint」で「指紋を触らせて」とハスキーに歌う声は官能的にも聴こえる。ダヨンの声はローファイなビートの上でとても繊細だが、だからこそ美しい。終盤のバラード「Panorama」に到達した時には心が震えてしまったのは私だけではないだろう。グライムスやFKAツイッグスと並ぶ現代のオルタナティブ・ポップの旗手がここにいる。
Yerin Baek 백예린(ペク·イェリン)『tellusboutyourself』(Blue Vinyl)
昨年はシングル2曲がチャート1位を獲得、EP『Our love is great』は韓国大衆音楽賞最優秀アルバム賞を受賞、年末には18曲入りのアルバム『Every letter I sent you』を発表するなど、商業的にも批評的にも成功したペク・イェリン。今作は生バンド・サウンドを中心にした前作から一転、全曲打ち込みで作り上げられたが、前作以上に温かさを感じさせる。
前半の楽曲群を聴いていると、シンセポップが全盛の、ホイットニー・ヒューストンが初の全米1位を記録した1985年ごろにタイムスリップするようでもある。ただ、韓国のレトロ・ムーブメント「ニュートロ」の例にも挙げられる彼女だが、今作でも意図してそうした音楽を作ったわけではなく、むしろポップ・ミュージックの伝統を愛し、探求し、自分にとっての良い音楽を作ろうとした成果と見たい。特有の聴き手を包み込むような歌声、共作プロデューサー、Cloudと作り上げた幻想的なプロダクション、ガラージやディープハウスなどの新機軸によって、時代やジャンルを乗り越えていく力を感じさせるからだ。
また、歌詞はより自らのパーソナルなストーリーに重きを置いたようだが、ネガティブな恋愛への依存に警笛を鳴らす「Lovegame」や、あまりにもクールな「私みたいな人はあなたみたいな人を通してより良い曲を書く」という「Hate You」のラインなど聴き手をエンパワーメントする一面も印象的。これは韓国屈指のポップ・アーティストの新たな到達点だ。
Gong Joong Geu Neul 공중그늘(ゴンチュンクヌル)『Love Song 연가』(Self-release)
このバンドを語るには2つのキーワードが必要だった。一つはフィッシュマンズ。バンド名を漢字に直すと”空中日陰”で、メンバーが通っていたフィッシュマンズにトリビュートしたバー「空中キャンプ」から取られている。過去作収録の「Line」などその影響は確かに顕著だった。もう一つはメンバー全員が使いこなせるというシンセサイザーだ。バンドはこの楽器を楽曲における飾りのように勿体ぶって使ったりはしない。バンド・サウンドを果てなく拡張する、その可能性を見せるバンドにとって核となる楽器として、曲によっては何層にも重ねて美しく聴かせる。
そして、ファースト・アルバムとなる本作でゴンチュンクヌルはそうしたこれまでのイメージからのスケールアップを果たした。ダンサブルな「Fresh Start」、グルーヴィなベースラインの「Season」や「Station」など、より骨太でエネルギッシュなバンド・サウンドを聴かせる。サヌリム、チャン・ピルスン(本作収録の「Love Song 2」で客演している)、オットンナルといった80~90年代に生まれた韓国のロック、フォークの情緒的なメロディを受け継いだ淡く、ロマンチックなボーカルも魅力的。本作を聴いていると、もはや数千人規模のアリーナで公演している未来さえ見えてくる。
JANNABI잔나비(ジャンナビ)『JANNABI’s Small Pieces I 잔나비 소곡집 I(ジャンナビ小曲集I)』(PEPONI MUSIC)
昨年チャート1位を記録したシングル「For lovers who hesitate」以来、韓国で最も人気のあるロック・バンドの地位にいるジャンナビ。本作はデビュー当初に書かれた曲や以前からライブで披露されていた曲などで構成されていて、新鮮さのある作品ではないが、そうした音源化する予定のなかった曲を、2020年という困難の多かった年に届けたことこそに意味があるように思う。
これまでのシングル曲に劣らぬグッド・メロディのリード曲「A thought on an autumn night」もたくさん聴かれているだろう。けれど筆者は今作で最も魅力的なのは「Blue Spring」だと思う。ジャンナビのコンサートでも重要な役割を果たしていたクワイア、ハーモナイズのメンバーが16人も参加し、ジャンナビ版「Bohemian Rhapsody」と呼ぶべき大曲が完成。その歌詞も象徴的だ。子供の頃の夢を回想しながら「フラフラと倒れそうな一日一日が流れていくけど/決して倒れはしないから、僕は大丈夫」と力強く希望を噛みしめるこの歌で、彼らは韓国のボブ・ディランとも呼ばれているフォーク・シンガー、ハン・デスの1974年の名曲「幸せの国へ」の歌詞も引用。歴史ともコネクトさせながら、困難の中で生きていかねばならぬ若者たちを慰める一曲だ。
Jeongmilla 정밀아(チョン·ミラ)『CheongPa Sonata 청파소나타(チョンパソナタ)』(Geumbanji Records)
タイトルに使われている街、チョンパドンは、ソウル駅の西~南西側のエリアに位置し、たくさんの人々が行き交うソウル駅に隣接する一方で、再開発を経ても昔と変わらず残る縫製工場があったりする現代と過去が共存する街だ。フォーク・シンガー、チョン・ミラの3枚目のフル・アルバムである本作は、そんなチョンパドンに住む彼女のいま、そこから見える世界を歌にしている。
自分を心配する母との電話を介して、ミラにとっての上京当時の思い出があり、今でも特別な存在のそのソウル駅(まさに東京でいう上野駅だ)のことを歌った「Departing from Seoul Station」や、再開発に想いを馳せるような「Old Town」を始め、歌詞は季節の情景、街の音を鮮明に綴っている。成熟した歌声は飾り気なく穏やかで、バンド演奏にも余計なノイズは加えない。だからこそ、時折挿入される実際の街の音と相まって、普通の人々の生活にそっと寄り添うようだ。COVID-19の影響で、人の集まる場所に出ることを避け、家の周りを散策することが本作の背景にあるという。これは2020年のソウルという都市を最も真摯に見つめ、切り取った歌ったアルバムであり、都市に生きるものの歌として、国や時代を超えて届くだろう。
Kim Jae Hyung 김제형 キム·ジェヒョン 『Flex 사치』(십삼월)
ホンデのフォーク・シーンが産んだ新星かと思ってこのアルバムを聴き始めたので、良い意味で驚かされた。スィング・ジャズ調の「Meaning of Song」や「More doubt」からゆったりとしたフォーク・バラード「Your Truth」(ここでも後に紹介するSilica Gel、playbookのキム・チュンチュが全ての楽器の演奏と編曲を担当している!)、ジョン・グラントのような奇妙なエレクトロ・ポップ「Acknowledgment struggle」、ダンサブルなリズムを刻む「Favor」まで、あらゆるジャンルを行き来するミュージカルを見ているかのような10曲35分だ。実際に演劇の音楽制作も行っている彼らしく、日々の生活で感じた虚無感、人間関係や仕事に関する疑心を乗せた歌詞も、ストーリーテリング力が豊かで魅力的だ。日本で例えるなら星野源的な才能のあるエンターテイナーではないか?とさえ思わせられる、ポテンシャル溢れる一枚だ。
Kim Sawol 김사월 キム·サウォル 『Heaven』(Self-release)
Netflixオリジナルのドラマ「人間レッスン」の最終話のラスト・シーンで、彼女の官能的で、冷たい空気を纏ったような「Freak」の歌声を耳にした人もいるだろう。今作は、キム・へウォンとのコラボEP『秘密』でのデビュー以降、発表した全てのアルバムが韓国大衆音楽賞フォーク・アルバム部門を受賞している、韓国のフォーク・シーンの代表的アーティストの3作目だ。
天国というタイトルだが、朧げなジャケットが示す通り歌っているのは、単純な幸福さよりは、悲しみや虚無を伴った複雑な愛だ。フレンチ・ポップの影響も顕著だった前作より全体的にミニマルな仕上がりだが、だからこそ、歌のテーマにマッチした一つ一つの楽器や歌声の放つムードこそが本作をより魅力的にしている。「この世で最も不幸な愛を交す」と歌う「Tonight」のピアノの弾き語り、夢心地を演出するCadejoのイ・テフンによるクラシック・ギター(「Devil」、「Ray」)、Fucking Madnessなどで活躍するイ・シムンにより怒りが交じったような歪んだギター・ソロ(「Stage」)など、それぞれの楽器がドラマを演出するかのようだ。自ら全編プロデュースを手掛けた本作は彼女のアーティストとしてのレベルを一気に押し上げた。
Meaningful Stone 김뜻돌 キム·トゥットル 『A Call from My Dream 꿈에서 걸려어온 전화』(Self-release)
昨年、韓国インディの新人の登竜門、テレビ局EBSが主催する〈ハロールーキー〉で最終5組に選出されたシンガーソングライターの初のフル・アルバム。共同でプロデュースを手掛けたSilica Gelのキム・チュンチュの力もあって、アコースティック・ギターとシンセサイザーのアルペジオが心地よいオープナー「A Call from My Dream」を皮切りに、「自分が夢の中で聞いた話を歌にしようとした」というテーマに合ったドリーミーな音像のフォーク・ロックが展開される。その他にもSilica Gelのキム・ハンジュ、プロデューサーのパク・ムンチ、元In the endless zanhyang we areのギタリストでもあるカン・ウォンウ、Parasolのベース・ボーカル、チユネなどなど、錚々たる面々が力を貸し合って、歌の世界観をバンド演奏に消化した。
特に白眉なのは「Beep-Boop, Beep-Boop」だ。本作のラストに収録された2018年バージョンのローファイで朧げなサウンドから、よりどっしりとしたギター・ロックに変化。このサイレンは彼女を死から救ってくれる音なのだろうか。「私がいつ頃死ぬのかはわからないけれど/誰かの犠牲、涙、お金、名誉とも取り替えられない」と力強く歌うアウトロの通り、この曲は本作を通して何かを残すんだ、強く生きていくんだ、という彼女の堂々とした意志を感じさせる。
Playbook 놀이도감 ノリドカム 『Hidden Picture 숨은그림』(BGBG Record)
サイケデリック・ロック・バンド、Silica Gelのギタリスト兼ボーカリスト、キム・チュンチュはSe So NeonにCar, the Garden、ユン・ジヨン、キム・トゥットルなど若手アーティストの楽曲を多数プロデュースしている。その多くの楽曲に通底しているのは、ハードでダイナミックなSilica Gelの音楽からは想像できない、優しくて、繊細な音の質感だ。彼はこのソロ・プロジェクト、playbookで、アンディ・シャウフやジェシカ・プラット、バロック音楽などにインスピレーションを受け、すべての楽曲を作詞、作曲、編曲、そして演奏。彼のプロデュース・ワークで聴ける独特の音世界を拡張している。その音からは、抑え気味のドライな歌い方、パーカッション、オカリナやキーボード、シンセサイザーまで、どういう唱法、鳴らし方なら、どのメーカーのどの年代の楽器を使えば…という丹念な研究精神がどうしようもなく伝わってくるのだ。絵や写真を使って多様な遊びを紹介する本を指すというアーティスト名のノリドカム(直訳すると”遊び図鑑”)。その絵、写真を楽器に取り替えてみればそのアーティスト名は納得だ。筆者は彼が陰で支えている現在の韓国インディ・シーンに、最高にわくわくする。
Seo Samuel 서사무엘 ソサムエル 『UNITY II』(Magic Strawberry Sound)
作詞・作曲・編曲に加え、曲によっては全楽器の演奏も自らこなす多才なシンガー、ソ・サムエル。日本では昨年のYonYon、TENDREとのコラボ曲や、来日公演の記憶も新しいだろう。本作は、2018年のアルバム『UNITY』の後続作という位置付けの8曲入りEPだ。昨年10月にはアルバム『The Misfit』(韓国大衆音楽賞で最優秀R&B/ソウル・アルバム賞を受賞)を、今年5月には5曲入りEP『DIAL』を発表していてかなり多作だが、完成度が落ちたりすることはなく、むしろ作品毎に方向性を変えながら新しいスタイルに挑戦し続けている。
本作では従来のバンド・メンバーに加え、前回の連載で紹介したベーシストのSoul Sauceのノ・ソンテク(「Gone」、「Cloud」)とサキソフォニストのキム・オキ(「Cloud」)が参加。これまで以上にジャズに寄ったサウンドは、アッパーな曲こそないものの、バンドの演奏に聴き入る楽しさもあるだろう。一方でサムエルの歌の表現力が更に向上した印象だ。音域の広さや、息継ぎをせず音を繋げるような独特な歌い方はそのままに、演奏に合わせた静寂の表現も豊かだ。自身の声をオーバーダブした曲が多数あるが、中でもバンドのジャムと重なるラストの「Cloud」が圧巻だ。
Text By Daichi Yamamoto
■連載アーカイヴ
【第2回】朝鮮伝統音楽からジャズ、ファンク、レゲエまで…韓国インディ・シーンのルーツ音楽を更新するバンドたち
【第1回】Best Korean Indie Albums for The First Half of 2020