人は脆くてもいい。そして他人を楽しませながら、言いたいことを言う、コメディアンのようにね。──笑顔に秘めたステラ・ドネリーの美学
すがすがしい気分だった。もちろん、事前にライブ映像を見たり、前日の《FUJI ROCK FESTIVAL’19》でのパフォーマンスも見ていたから彼女の気さくな人柄を頭ではわかってはいたのだが、社会に鋭く切り込む彼女のリリックを知っている身としては、やはりシリアスな質問には厳しい反応を見せるのではないかと、少しばかり身構えてしまっていたのである。だが、その予想は想像以上に大きく、良い方向に鮮やかに裏切られたのだ。
実際に会ったステラ・ドネリーは、やはりとにかく笑顔の眩しいムード・メーカーだった。ただ、それ以上に驚かされたのが、彼女の他人に対する真摯な接し方だ。取材日は《フジロック》出演の翌日。しかも当日は多くの取材をひっきりなしに受けているにもかかわらず、微塵も疲れを見せることなく、目の前の筆者に自分の言葉を丁寧に伝えてくれた。取材中は終始楽しげにリアクションをしながらも、シリアスなトピックに対しては、言葉を慎重に選び非常に落ち着いたトーンで語っていたステラ。それは想像していた反応とはほとんど真逆のものだった。 それこそ、彼女の聡明さをよく表すアティテュードだろう。インタビュー内でも言及されているが、シリアスな体験に基づいた男女の不平等への批判を含む歌詞であるとか、反面、チャーミングなパフォーマンスがその歌詞の意図を隠しかねないことへの懸念であるとか、そういった自身の表現方法が意図しない誤解を招く可能性があることを、彼女は本当によく理解していた。そしてだからこそ、自分の意図を正しく伝えるために、インタビューを大事にしているのだそうだ。その姿勢を知り、人はここまで自分に客観的になれるものか、と深く胸を打たれてしまった。
性犯罪で被害者のほうが責められがちであることへの疑問をぶつけたステラの代表曲「Boys Will Be Boys」(2017年)が、ハーヴェイ・ワインスタイン事件と“#MeToo”ムーヴメントの起こりと時を同じくしてリリースされたことによって一躍注目を浴びた彼女は、同時に心無い中傷も数多く受けたという。そんな彼女だからこそ、言葉とパフォーマンスによって、自分はこの世の中に、なにを、どのようにもたらすことができるのかを常に思慮深く問い、点検し、丁寧に伝える意識を人一倍強く持ったに違いない。そして、身近な言葉による率直で鋭いリリックとハッピーでキュートなパフォーマンスという二面性を両立させることは、きっと、彼女の美学でもあるのだ。
ちなみに、ステラと筆者は同い年ということで、取材自体は本当に友達同士の会話のおしゃべりのような雰囲気で進んだ。「インタビューで私のことを知ってほしい。嫌われないといいけど(笑)」と語っていたステラへの約束通り、同世代の筆者が受け取った、自然体の彼女の言葉、そしてその美学をお届けしたい。
(取材・文・写真/井草七海、ライブ写真(FUJI ROCK FESTIVAL)/笹村祐介)
Interview with Stella Donnelly
──あなたはオーストラリアの出身ですが、楽曲はアメリカン・ルーツ・ミュージック的なカントリー~フォーク調が下地にあるように感じます。そういった音楽がもともと好きだったのですか?
Stella Donnelly(以下S):そうね! アメリカのフォーク・ミュージックは私のルーツではある。それこそ、ボブ・ディランだったりとかね。ただ、私は子供のころはウェールズで育ったこともあって、イギリスのフォーク・ミュージックにも影響を受けていると思う。特にウェールズの、ウェリッシュ語で歌われているフォークっぽいバンドを聴いて育ったから。でも、それらも結構アメリカのフォーク・ミュージックに似てたりするから、あなたの指摘も正しいと思うわ。
──ほかのインタビューでは、ビリー・ブラッグの名前を挙げていたりしましたよね。ビリー・ブラッグはまさに、イギリス人でありながらウディ・ガスリーから多大な影響を受けているミュージシャンですし。
S:ええ、ビリー・ブラッグは私にとってやっぱり1番大きな存在ね。彼は、ハートブレイクを書くのが上手いの。例えばすごく重い失恋の経験を、私たちが普通に日常で生活するような出来事──お湯を沸かしすぎちゃったりだとか──と比較したり、喩えたりしながら表現できる。そんな表現の仕方に私もすごく影響を受けた。
──なるほど、歌詞の面でもビリー・ブラッグの影響が大きいんですね。
S:例えばアーティストの中には、恋や愛のことを書こうとなった場合に「丘の上のサンセットが~」とか書く人もいると思うんだけど、それはちょっと私には“やりすぎ”っていうか、ロマンチックすぎる! って感じちゃうのよね(笑)。私自身は、そうじゃなくて、もっとシンプルで身近なことを書きたいと思っていて。
──まさに!(笑) それはあなたの歌詞を読んでいても感じられるところです。またそういったシンプルな言葉に意味を持たせる歌詞の書き方というのは、同世代の女性にも響くというか、伝わりやすい方法だとも思うんですよね。私もそのうちの1人ではあるのですが。
S:本当にそう。しかも今、他の多くの女性アーティストがそういう曲を書く取り組みをしている。フィービー・ブリジャーズ、ジュリアン・ベイカー、ジュリア・ジャクリーン、そしてコートニー・バーネット…。それってとてもいい傾向だと思ってる。
──あなたのインスタグラムを見ていて、エンジェル・オルセンの写真を見つけたんですが、彼女もまさにそうじゃないですか? 書いているモチーフはとても身近で使う言葉も難しいわけじゃないけれど、そこにはどこか哲学的な問いが含まれていて。
S:まさにそうね! しかも彼女はレーベルメイトだし(ステラの所属する《Secretly Canadian》とエンジェルの所属する《Jagjaguwar》は同じ《Secretly Group》の傘下レーベル)。私は彼女からインスパイアされた部分がすごく大きくて、特に自分の作品にバンドを取り入れるようになったのはエンジェルの『My Woman』(2016年)を聴いたのがきっかけだった。最初の私のEP『Thrush Metal』(2017年)は弾き語りだったわけだけど、その後、自分の音楽にバンドをどう取り入れたらいいかわからなかったの。でも彼女のアルバムにインスピレーションを受けて、やってみようと思えたのよ。
──そうだったんですね! 『My Woman』はバンド・サウンドが力強かったり、またシンセを導入していたりと、アレンジに力を入れた素晴らしいアルバムでしたよね。確かにあなたの『Thrush Metal』から、ファースト・アルバム『Beware of the Dogs』(2019年)への軌跡に重なる部分があります。
バンドといえば、あなたの《フジロック》でのライブも見ていたのですが、とてもチャーミングでハッピーで、観ているこちらも元気をもらえるライブでした! バンドメンバーも楽しそうで。
ただ、あなたの歌っている歌詞というのは、男性社会に対する批判やシリアスな実体験、社会的なトピックをテーマにしているものも多いですよね。けれど、そういった内容の楽曲を、笑顔でとても楽しそうに演奏している。「Die」の楽曲中ではダンスもしてましたし。そんなパフォーマンス・スタイルに行き着いたのはなぜなのでしょう?
S:それはやっぱりバランスね。「Die」のようなシリアスな曲でも、悲しみだけじゃなくて、楽しくやることで全体のバランスを取りたいのよね。そしてそこには“教育”って意味もある。それはつまり、そういうシリアスなトピックを取り上げる場っていうのは、同時に、見る人が楽しめる空間でもあるべきだ、って考えてるっていうこと。あと、自分が何かを抱えているときって、お客さんのためだけじゃなくて、なにより自分で自分を楽しませたいというのもあるしね。
"シリアスなトピックを取り上げる場っていうのは、同時に、見る人が楽しめる空間でもあるべきだ、って考えてる"
──それこそ、同じフジロックに出ていたジャネール・モネイのライブを観ていても同じことを思ったんですよね。彼女には、マイノリティや女性、ひいては人類全体に対する強い社会的なメッセージがあるわけですが、ライブ自体はエンターテイメント性がとても高くて、純粋に、本当に楽しいものだった。そこがあなたのライブにも通じる点だなと感じまして。
S:本当に! それはとっても嬉しい! 私も今年《グラストンベリー・フェスティバル》に出たときに彼女のライブを観たんだけど、本当に素晴らしかった!
──ええ、本当に! 女性が社会にメッセージを届けるという点では、例えばビヨンセのようにとにかく圧倒的に強くてパワフルな存在も必要だと思うんです。ただ一方で、あなたの存在は、ビヨンセのような特別な人じゃなくても、普通の女性として思っていることや感じていることを率直に、しかもエンターテイメントとして伝えていいんだ、というロールモデルになっているように思います。それもあなたの意図するところでしょうか?
S:そうね。私は、人って脆くてもいいと思っていて。そういう私のあり方って、コメディアンに似ていると思うの。例えば、コメディアンが自分をからかったりすると、見ている人はその人に親しみやつながりを感じることができるでしょ? それと同じことだと思ってやっているの。
──なるほど。その喩え、とても納得しました。ただ、あなたが本当は社会的な問題に切り込んだ歌詞を歌っている、ということに気づいていない人も中にはいるように感じてしまっていて。特に日本では、英語の歌詞の意味が伝わりづらかったりすることもありますし、あなたのライブでのパフォーマンスやキュートで素敵な笑顔だけを見てファンになっている人も、それなりにいると思うんですね。そういう楽しそうなパフォーマンスをすることによって、かえって伝えたいことが伝わらなくなってしまうという不安は感じないですか?
S:確かにそれはたまに感じることがある。でも、だからこそインタビューは大事な機会ね。インタビューを見たり聞いたりすることで、また私の音楽を聴き返して、新しく気づくこともあると思うの。言語が違う国だと特にね。日本なら、日本語で書き起こされた私のインタビューの言葉を読んで、私が何を歌っているのかを知ってくれる人が増えてくれると思うから、本当に大事なことよ。だから、今回インタビューしてくれて嬉しいわ! 嫌われないといいけど(笑)。
──こちらこそ! 嫌われないですよ、あなたの言葉はちゃんとお伝えするので心配しないで! では、具体的な楽曲の話も少し聞かせてください。この話をするのはいつもハードだということですが…やはり「Boys Will Be Boys」のお話をさせてくださいね。この曲、私は“Men”ではなくて“Boys”というところがポイントではないかなと感じたんです。“Boy”っていう言葉は、男性の持つ“幼稚さ”のようなものの象徴だとも取れるな、と考えていて。つまり、男性が自分勝手に人を傷つけても「男の子」だからしょうがないよ、と「幼稚な子供のいたずら」のように片付けられてしまうことを指していると思ったんですよね。
S:“Boys Will Be Boys”っていうのは、そうね、そもそもは英語圏の地域でよく使われる慣用的な言葉ではあるの。実はオーストラリアで去年、公園を歩いていた女性が殺されて、翌朝遺体で発見されたというとても悲しい事件があったんだけど(注:今年にかけて同様の事件が多発している)、でもその時、警察は「女性はもっと自衛をしないとダメ、自覚を持たないと」というコメントを出した。それこそまさに“Boys Will Be Boys”=「男は男なんだから」という言い訳通りだったのよ。そうやって “Boys Will Be Boys”っていう言葉があるせいで、あなたが指摘する通り「男の子はずっと少年でいるものだ」っていう風潮が、残念なことに当たり前になっているというところは、確かにあると思う。もちろん、世の中には素晴らしい男性だってたくさんいるのにね。
──わかります。男性を批判したいというよりも、「男ってしょうがない子どもだから」と簡単に片づけられがちであることそのものへの疑問、ということですよね。
S:そう、そして私は、フェミニズムは男性の助けにもなるものだとも信じている。男性も「男性だから筋肉をつけて“男らしく”ならなきゃ」という強迫観念に悩んでいる人だっていると思う。でも、フェミニズムを歌うことで、男性に対しても、社会の求める男性像に縛られなくていい、男性だって柔らかくてもいい、っていう意識を高めるきっかけになると思うから。
──本当におっしゃる通りだと思います。“フェミニズム”の根幹は、男女の区別なく、決まりきったジェンダー・ロールから解放するということだと私も思います。ちなみに、さっきおっしゃった事件ってコートニー・バーネットの『Tell Me How You Really Feel』(2018年)の「Nameless, Faceless」のコーラスで歌われているものですかね…? 「I wanna walk through the park in the dark / Women are scared that men will kill them」っていうラインの。
S:そうそう、それよ。彼女はその事件をもとにあの歌詞を書いたはず。その事件はコートニーの地元(注:メルボルン)で起こった事件だったからね。
──コートニー・バーネットの名前が出たので、彼女とあなたの関係について聞かせてください。あなたの歌詞の、身近なことをモチーフにしながらも批評性があるところ、しかもそれをウィットに富んだ言葉遣いで表現するところは、まさにコートニーを思わせます。
S:それはまさにそう! 実際、私の歌詞は彼女にインスパイアされてるから。彼女の曲を初めて聴いたのは車を運転してた時だったんだけど、「自分の曲を聴きながらマスターベーションする」みたいな歌詞が聴こえてきてびっくりして! 「え~~~なにそれ~~!!!」って言いながらハンドルを勢いよく切っちゃった(笑)! でもそれを聴いたとき、ふとさっき言ったようなビリー・ブラッグのことも思い出したの。そして、「私も自分の書きたいことをなんでも書いちゃっていいんだ!」って思えるようになったのよ。
──めちゃくちゃおもしろいエピソードですね(笑)。ちなみに、女性のアーティストが歌詞の中でフェミニズム的と思える内容を表現すると、「このアーティストは男性をひとくくりにカテゴライズして男性全体を批判している!」というような誤解を招きやすいという問題もあると思うんですけど、そういう誤解も恐れずに表現できるようになったのもやっぱり今のお話からするとコートニーのような先輩の存在は大きいということですか?
S:まさにそのとおりよ。ただ、一方で私は、フェミニズムを通じて誤解を与えてしまうことや「フェミニスト」として見られることを恐れる女性アーティストがいたとしても、それはそれでいいと思っている。だって、たとえ歌詞にあえてフェミニズム的な主張を盛り込んでいなかったとしても、例えばフェスティバルとかでギターを持ってステージに立ってるってだけで、若い女性にインスピレーションを与えているはずだから。だから、言ってしまえば、それだけで十分なのよ。カーディー・Bだって、彼女がいるっていうだけで、「女性もラッパーになっていいんだ」って思えるでしょ!
──そしてあなたにとってはそれがコートニー・バーネットだったわけですね。
S:ええ。つまり、“You cannot be you cannot see.”ね。自分がなれるのは、自分に見えているものだけ、ってこと!
《FUJI ROCK FESTIVAL ’19》: Photos by Yusuke Sasamura
■Stella Donnelly Official Site
https://www.stelladonnelly.com/
■Big Nothing内アーティストページ
http://bignothing.net/stelladonnelly.html
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Text By Nami Igusa
Photo By Nami Igusa / Yusuke Sasamura
Stella Donnelly
Beware of the Dogs
LABEL : Secretly Canadian
RELEASE DATE : 2019.03.27
Stella Donnelly Japan Tour 2019
東京:2019/12/11(水) 渋谷CLUB QUATTRO
大阪:2019/12/12(木) 梅田SHANGRI-LA