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【From My Bookshelf】
『イカ天とバンドブーム論──人間椅子から「けいおん!」「ぼっち・ざ・ろっく!」まで』
土佐有明(著)
熱狂と刹那のバンドブームに見出す“新たな物語”

15 May 2025 | By Takumi Shida

「人間椅子から『けいおん!』『ぼっち・ざ・ろっく!』まで」という本書の副題を見て、なんて大胆な切り口だろうと驚いた。だが、時代を超えてロック・バンドというフォーマットの汎用性を高めてきたコンテンツ(とあえて言おう)を接続したテーマだと思うと、その先でどんな結論が生まれているのか、俄然興味が沸いた。

1989年から2年弱にわたって放送されたテレビ番組『三宅裕司のいかすバンド天国』(TBS系/通称『イカ天』)は、リアルタイムで視聴していない90年代半ば生まれの筆者にとって、神格化されている、けれども実態がいまいち掴めない番組の1つであった。たまや人間椅子をはじめ、LITTLE CREATURES、BEGIN、FLYING KIDS、MARCHOSIAS VAMP、BLANKEY JET CITYらを輩出し、バンドブーム最後の盛り上がりを華々しく演出したイメージはあるものの、同時代に端を発した渋谷系やヴィジュアル系などのムーブメントに比べ、『イカ天』そのものが音楽面で再評価されることは少ない印象だ。奇天烈さが一人歩きした番組イメージも相まってだとは思うが、本書はそこにメスを入れ、40年近くにわたる国内バンド史の紆余曲折を辿ることで、『イカ天』の意義を再評価しようとする意欲的な1冊である。

まず何よりも『イカ天』の熱狂を追体験できることに読んでいてワクワクした。「お前らみたいなのが売れたら、真面目にやってるバンドが報われないよね」(p.12)など辛辣な審査コメントも飛び交ったというが、著者の土佐有明は「これなら自分にもできるのではないか」と若者視聴者に思わせ、バンドを聴くのではなく“やる”ムーブメントを生み出したという点で、『イカ天』に滲むパンク精神について言及する。奇抜な衣装にめちゃくちゃな演奏、クオリティは低いが「人と違うことがしたい」という猛烈な本気度だけは伝わるパフォーマンス……。出演バンドたちを思い返せば「何かしたい」「驚かせたい」という衝動性(前衛家・吉田アミの言葉を借りるなら「若気の至り」(p.55))の受け皿として、『イカ天』が機能していたことは想像に難くない。バブルがギリギリ弾ける前のレコード業界の景気の良さも手伝って、『イカ天』バンドたちは次々デビューを果たした。

一方で、『イカ天』審査員長を務めていた音楽評論家・萩原健太は本書内のインタビューにて、当時の「人間関係の縮図」(p.49)でもあったバンドに宿った熱量は、今となっては別のジャンル、例えばお笑いなどに移行したのではないかと指摘する。カラオケボックスの発達により“歌いたい需要”が満たされた結果、バンドブームはいとも簡単に終焉を迎えたという説や、令和の時代に「バンドである必然性がない」ことまでも提唱してみせた。

かつて賑わったホコ天(原宿の歩行者天国)のように、“発掘される場”としてのストリートは今やYouTubeやTikTokへ移行し、ボーカロイドやDTMの普及により、楽曲も共同作業型から自己完結型のものが増えた。そんな、ある程度の音楽表現をパソコン1台で発信できるようになった現代において、1人で生み出せないものがあるとしたら何だろうか。それが“物語”なのかもしれない。

本書にも「バンドの物語性」(p.209)について論じた章がある。作品と同じか、時にそれ以上に、聴き手はアーティストを形成する物語に自己投影することで、共感や刺激を得る(そうやってバンドを組みたい衝動に駆られることもあれば、“推し”が生まれることもあるだろう)。そして“物語”そのものも、他者というコンテクストと交わり、自己を再認識する過程で初めて転がり始める。すなわち、物語体験は自己だけでは生み出すことができない。そこに身を投じるためのエンターテインメントの枠組みこそが、『ぼっち・ざ・ろっく!』であり、『フリースタイルダンジョン』であり、昨今乱立するオーディション番組であり、遡れば『イカ天』だったのかもしれない。とりわけ『イカ天』は短命だったがゆえ、「『イカ天』の先」という地続きの物語まで用意してみせた。そこで注目すべきバンドとして、本書ではたまや人間椅子の『イカ天』以降の活躍ぶりにも言及している。

本書が辿り着いた結論の1つを引用するなら「バンドは死なないし、なくならないだろう」(p.291)という、言葉にすると少々ロマンチックなもの。同感だが、それしか方法がなかったバンドブームの頃とは当然意味が変わってくるだろう。短絡的な正解ばかりが目につき、1人で長期的な物語の糸口を掴むことが難しい時代。それでいて何かしていなければ世の中に置いていかれるような感覚が増大している時代において、むしろ“バンド的なるもの”の物語はとても大切だ。その熱量が今バンドにはないとするならば、どこにあるのか。『イカ天』に漂う異様なまでの熱気に向き合うと、改めてそのことを考えさせられる。

余談ながら、半ば国策としてJ-POPやアニメなど日本産エンターテインメントの輸出が捗っている昨今、人間椅子にせよ、『けいおん!』にせよ、『ぼっち・ざ・ろっく!』にせよ、ドメスティック色の強いコンテンツの海外人気はますます高まる一方だろう。その根っこに『イカ天』があるならば、今こそ本書を手に取り、現象の一端に触れておいて損はないはずだ。(信太卓実)

Text By Takumi Shida


『イカ天とバンドブーム論――人間椅子から『けいおん!』『ぼっち・ざ・ろっく!』まで』

著者 : 土佐有明
出版社 : DU BOOKS
発売日 : 2025.3.17
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