【From My Bookshelf】
Vol.13
『ポップミュージックはリバイバルをくりかえす 「再文脈化」の音楽受容史』
柴崎祐二(著)
“リバイバル”を語り、実践する大著
本書は、音楽ディレクター/音楽評論家として活動する柴崎祐二が、“新しさ”が文化的/産業的に称揚されるポップ・ミュージックにおいて、それに並走し、時にはその“新しさ”を構築・規定し、いま・ここで生じている音楽体験を芳醇なものとする役割を果たしてきた過去の音楽の“リバイバル”という現象を論じた書籍である。
“はじめに”では、過去の音楽が現在において一定程度の影響力をもって聴取されるという現象を単なるノスタルジアととらえるのではなく、過去へのまなざしそれ自体が現在さらには未来までをも貫く問題系の中にあるという本書全体の意図が、柴崎自身の多種多様な過去の音楽にまつわる体験とともに端的に述べられる。過去の音楽が現在に蘇る際のダイナミズムを書き留めようとする試みは、本書を他の通史的、ジャンル閉塞的な音楽語りと一線を画すものにしている。
続いて第2章から第8章までは、「フォークとカントリー」、「和モノとシティポップ」など各対象ごとのリバイバルの状況と現状に関する論が展開されていく。そのどれもが柴崎自身の各対象に対する膨大かつ深遠な知識とリサーチをもとに音楽に対する記述がなされるともに、メディア論(マーシャル・マクルーハン)、社会学(アンソニー・ギデンズ)、消費社会論(ジャン・ボードリヤール)、ポピュラー音楽研究(トリーシャ・ローズ、大和田俊之)といった各論者の理論が適宜引用され、メディア・テクノロジー環境、社会の組織/意識構造、哲学的思想といった各現象を成立させている基盤への目くばせもなされている。各章におけるその理路整然としたよどみのない文章の流れは、まるで柴崎自身の語り口をトレースしているようで、筆者の身体性とも結びついた迫力のある筆致が印象的である。
本書の章立てのようにジャンルというカテゴリーごとにポップ・ミュージックの“リバイバル”を整理し、論じることは、“リバイバル”という行為それ自体が過去の対象物に対するジャンル≒カテゴリーの付与/強化/はく奪と不可分である以上、本の語り手自らも自然と“リバイバル”という現象へと巻き込まれていくこととなる。それゆえ、本書は“リバイバル”に関する書籍であるのみならず、特定の音楽が“リバイバル”として語られるべきという選択のもとでテキスト化され、新たな息吹を吹き込まれていく“リバイバル”実践がまさに目前で行われている書籍でもある。過去の音楽を享受し、現在・未来の音楽へと繋いでいく音楽ファンとしての自己と、その実践をメタに論じようとする観察者としての自己が一冊の中に折り重なって存在している様はまさに“リバイバル”の実践者としての柴崎自身のアイデンティティを体現しているかのようですらある。
終章においてまとめられているように、本書には四つの主題が存在している。第一にポップ・ミュージックにおけるリバイバルを過去から現在、そして未来を繋ぐダイナミックな運動としてとらえなおし、その意義を見つめなおすこと。第二にアンソニー・ギデンズによる自己の再帰的プロジェクト論を補助線としつつポップ・ミュージックのリバイバルとは現代におけるアイデンティティのあり方と密接にかかわるのではないかということ。第三にリスナーやユーザーが過去の音楽を採取し、解釈し、再文脈化してきたといった文化受容者の能動性を描くこと。第四に蓄音機から、レコードそしてサブスクリプションサービスの浸透といった同時代的なメディア環境が如何にしてポップ・ミュージックのリバイバル現象を生み出し、変化させてきたのかということ。これらのひとつひとつ巨大な主題が交差し合いながらこの大著は編まれている。柴崎自身が本書は上述した主題を“浮かび上がらせる”と記述していることからもわかる通り、本書を通してなお“リバイバル”という巨大な文化現象の探求は始まったばかりなのであり、これからの柴崎のさらなる論の展開と深化を期待に胸を膨らませながら待ちたい。(尾野泰幸)
Text By Yasuyuki Ono
『ポップミュージックはリバイバルをくりかえす 「再文脈化」の音楽受容史』
著者 : 柴崎祐二
出版社 : フィルムアート社
発売日 : 2023年8月16日
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