ブラック・ミュージックとフォークロアとの必然的接近邂逅
インガから名を改め、サム・ゲンデル、本格的にデビュー!
ここ数年のジャズやヒップホップを含むブラック・ミュージックと、フォークやカントリー、あるいは中南米やアフリカ、中近東などで鳴らされるフォークロア音楽の、どちらからとも言えない自然な接近邂逅を目の当たりにすればするほど、この男がゆるやかにシーンに浮上してきたのことの必然を感じずにはいられない。サム・ゲンデル。このあいだまで、INGA(インガ)と名乗って活動していたアメリカのユニークなシンガー・ソングライター/コンポーザー、ギタリスト/サックス奏者である。
今、個人的に最も夢中になっている海外アーティストとして、筆者は《MUSIC MAGAZINE》誌2017年2月号の“2017年はこれを聴け!”特集の中で、まだINGAとして活動していたサムのことを紹介した。ローランド・カークから社会風刺コメディアンのジョージ・カーリンまで幅広いフィールドから影響を受け、実際にグリズリー・ベアのクリス・テイラーにプロデュースされたり、Madvillainの「Strange Ways」をとりあげたり、あるいは西海岸拠点のブラジリアン・グループ、Triorganicoのギタリストでありシンガー・ソングライターのFabiano do Nascimentoと共演したり……と、時代もエリアもジャンルも越境したハイブリッドなシンガー・ソングライターであることは、これまでに静かに積み上げてきた彼の活動が証明しているだろう。しかも、このサム・ゲンデルもそうだし、近年《Nonesuch》から作品を出しているサム・アミドン、あるいはボン・イヴェールと同じレーベルである《Jagjaguwar》と契約したモーゼス・サムニーらがかいま見せるのは、ジャズ、フォーク、ゴスペルへの極めて従順な、でも静かに歴史を上書きしていこうとする極めてニュートラルな姿勢だ。サム・ゲンデルがそのサム・アミドンやモーゼズ・サムニーと交流があるのも興味深い。
Fabiano do Nascimentoとの共演ライヴ(ソプラノ・サックスがサム・ゲンデル)
例えば、マイルス・デイヴィスが、ジョン・コルトレーンが、あるいはボブ・ディランが、スライ・ストーンが時代の節目を切り取っていた頃に比べると、今は時代の動きをデフォルメさせること自体決して難しくないだろう。しかし、その分、混迷している状況の表面だけをなぞることに終始してしまう可能性も高い。ボン・イヴェールが昨年のアルバム『22、ア・ミリオン』で最終的に伝えていたのは、そうした小手先で社会の傷を舐めてしまうことへの危機感だったようにも思う。まだ、一般的には無名に近いこのサム・ゲンデルというクレバーで学究的でもある音楽家は、こういう時代に、今、何を問い、何を回答として活動していこうとしているのか。少なくとも筆者は、今、さりげなく音と音の隙間にスプーンを入れて、ゆるやかにかき回すようなこのサム・ゲンデルの作品に、今、どうしようもなく惹かれてしまう。
先ごろ、本名で活動を開始していくことを宣言したそのサムは、7月7日にBandcampにおいてCDとデジタル・アルバムで新作『Consentration』を発表した。《Apple Music》や《Spotify》はもとより、《YOU TUBE》にさえ公式アカウントがまだないこの彼の動きを引き続き追いかけていきたい。
Text By Shino Okamura
■サム・ゲンデル OFFICIAL SITE
http://samgendel.com/
https://soundcloud.com/samgendel