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フジロック出演決定!
酔っぱらいたちが集ったアメリカの田舎町のダイナーがよく似合うナサニエル・レイトリフ、日々の暮らしにすり減っていく普通の人びとを輝かせるために歌う

10 July 2018 | By Tsuyoshi Kizu

おじさんたちが楽しそうにソウル音楽をやっている……あなたがナサニエル・レイトリフ・アンド・ザ・ナイト・スウェッツからはじめて受けたそんな印象は、まあ、半分くらいは間違っていない。いや8割くらいかも。これに頷いてくれるあなたは、すでに「S.O.B.」のミュージック・ヴィデオを観ているのだろう。まだ観ていないというあなたは、いますぐヴィデオの再生ボタンを押してほしい。いやなぜって、この話はそこから始まるからだ。

ストンプ・ビートとハンド・クラップがファンキーなブラス・セクション、そしてナサニエル・レイトフルそのひとのドスの効いたヴォーカルを導いてくるイキのいいパーティ・ソウル・チューンである「S.O.B.」は、2015年に発表されると瞬く間にスマッシュ・ヒット。同曲を収録したファースト・アルバム『ナサニエル・レイトリフ・アンド・ザ・ナイト・スウェッツ』はなんと50万枚以上を売り上げることとなった。それだけ「S.O.B.」の印象が強烈だったわけだが、ヴィデオでのプレゼンテーションが見事だったというのもある。そこで映されるのはアメリカの田舎の刑務所を舞台に、小汚い囚人たちの前でノリのいい曲を披露する8人組のルーツ・ロックンロール・バンド。これはいわば、アメリカから忘れられた人びとを踊らせるロックンロールである……というわけだ。そして、その音を纏うのにフロントマンであるナサニエル・レイトリフのヴィジュアルも完璧だった。両腕のタトゥーといくつものゴツい指輪、そして立派な髭面のいかついオヤジ。はっきり言ってどちらが囚人なのかわからないようなルックスである。そのパワフルな声は肉づきのいい身体全体から絞り出されるように発せられるのだが、きっと「新人バンド」と誰も思わなかっただろう。ドサ回りをウン十年続けているような風格だが、実際「S.O.B.」の時点でナサニエルは36歳。かなり遅咲きの苦労人なのだ。

ミズーリ州出身のシンガーソングライターであるナサニエル・レイトリフは、なかなか長いキャリアの持ち主である。……と、ナサニエルの話に入る前に、少しミズーリ州の風景を思い起こしてほしい。アメリカの中西部に位置するミズーリはミシシッピ川沿いにある内陸の州で、かの有名なルート66が通っている。要はわたしたちアメリカ人以外がアメリカの内陸を想像するときに思い浮かぶ、あの埃っぽく荒涼とした風景である。最近では映画『スリー・ビルボード』の舞台がミズーリ州だったこともあってイメージしやすいだろう。ナサニエルは18歳で西部のコロラド州デンバーに引っ越し、そこを拠点に活動を続けているが、いずれにせよ、彼を育んだのはアメリカ内陸部の典型的な田舎の風景だったということだ。

2002年、ナサニエルはボーン・イン・ザ・フラッドというきわめて内陸的なアメリカン・ロック・サウンドが特徴のバンドを結成、地道にライヴを続けながら2007年にアルバムをリリースしている。が、この頃からボーン・イン・ザ・フラッドとしての活動はトーン・ダウンさせ、ナサニエル・レイトリフ・アンド・ザ・ウィールというよりルーツ色の強いバンドを結成。さらに同時並行的に、弾き語りのフォーク・ソングをメインとしたソロ活動にもフォーカスしていく。その後アンド・ザ・ウィールではアルバムを1枚リリース、ソロでは2枚のアルバムをリリースしており、後者の2枚目にあたる『Falling Faster Than You Can Run』(2013年)はいまも配信などで聴けるが、これがじつにシブい名盤である。ナサニエルの真摯なソングライティング、心のこもった歌と繊細な音響で貫かれた滋味深いフォーク・ソング集だ。ヒットには恵まれなかったが、それでもナサニエル自身はその後も地道に活動を続けていく。

ソロ作『Falling Faster Than You Can Run』 収録曲「Still Trying」

『Falling Faster~』リリースと同時期の2013年頃、ナサニエルは長年の音楽仲間であるジョセフ・ポープ3世らとソウル色の強い楽曲をライヴで披露し始める。その経験をもとにして結成されたのがアンド・ザ・ナイト・スウェッツであり、そしてなんとサザン・ソウルの超名門〈スタックス・レコーズ〉とサイン。その後の「S.O.B.」とデビュー・アルバムの大ヒットは前述の通りだが、セルフ・タイトルの同作は「S.O.B.」以外にも、ファンキーでアップビートなオールドR&Bチューン「I Need Never Get Old」、ナサニエルのブルージーな歌が乾いたギターの音と絡み合うバラッド「Howling at Nothing」、シャッフルするリズムがビターなメロディをシェイクする「Thank You」などヴァラエティ豊かなナンバーを収録している。50~60年代のR&B(現在のコンテンポラリーR&Bではない)、ソウル、ロックンロールを基調としたそのサウンドはルーツ・ロック・リスナーを椅子から立ち上がらせ、踊らせるのに打ってつけだった。まさに〈スタックス〉譲りのその土臭いソウル・チューンは、非常にヴィンテージな「本物」の味わいだったからだ。

『ナサニエル・レイトリフ・アンド・ザ・ナイト・スウェッツ』収録曲「Howling at Nothing」

デビュー作の大ヒットとロング・ツアー、ライヴ盤のリリースを経たバンドは、2018年に満を持してのセカンド・アルバム『テアリング・アット・ザ・シームズ』を引き続き〈スタックス〉から発表。ルーツ色の強いソウル、R&B、ロックンロール・サウンドはそのままに、ナサニエルの長年の経験を生かしたソングライティングが光る一枚となった。それを端的に示しているのが本作に先行して発表された「You Worry Me」で、ブルージーな響きを持ったザ・ナイト・スウェッツらしい演奏とともにメロウなナサニエルの歌声が余韻たっぷりに響く。フォーク・ソングライターとしてのナサニエル・レイトリフが本作ではより前に出ており、セカンド・シングルとなった「Hey Mama」もその代表だろう。現在アメリカーナと呼ばれるフォーク・ロック勢とよくシンクロする内容だ。もちろん、激ファンキーな「Shoe Boot」や「Intro」(「イントロ」なのにアルバム真ん中に置くところもクール!)、ソウルフルなナサニエルの歌が沁みるバラッド「Babe I Know」、オルガンとパーカッションが効いた汗臭いソウル・チューン「Baby I Lost My Way, (But I’m Going Home)」などなど、ザ・ナイト・スウェッツらしい息がたっぷり吹きこまれたブラス・セクションが大活躍するナンバーも健在だ。

『テアリング・アット・ザ・シームズ』収録曲「You Worry Me」

アメリカではいまや大人気バンドであるナサニエル・レイトリフ・アンド・ザ・ナイト・スウェッツだが、バンドのSNSなどを見ているとどうも現在もドサ周りめいた膨大な量のライヴを日々こなしているようだ。そう、彼らには立派なコンサート・ホールよりも、酔っぱらいたちが集ったアメリカの田舎町のダイナーがよく似合う。あるいは刑務所かもしれない。 つまり、新しくも何ともない彼らのレトロなソウルは、その古さでもってアメリカに取り残された人びとの喜びや悲しみ――「ブルーズ」――を鳴らしているのである。 言ってしまえば、男臭く、汗と土の匂いが漂うソウル・チューンなんて時代遅れだ。だがだからこそ、人間の息遣いがたしかに感じられる気持ちのこもった演奏と歌で、新しく生きられない人びとの身体と心を踊らせる。ナサニエル・レイトリフが中年太り気味のいかついおっさんであることは間違いないが、大所帯のバンドを従えて力強く歌い上げるその姿は「粋」の一言に尽きる。

待望の初来日、フジロックでの出番は2日目土曜日のフィールド・オブ・ヘヴンのトリ。思いっきり今年の顔ケンドリック・ラマーの裏である。正直、集客は厳しいかもしれない。が、アメリカの現在の表(社会を射抜く同時代性の高いラップ・ミュージック)と裏(内陸部の田舎の風景を浮かび上がらせるルーツ・ミュージック)をよく表していると思う。アメリカ音楽の多層性がそこに感じられるのである。ナサニエル・レイトリフ・アンド・ザ・ナイト・スウェッツは、そこに集まった連中を間違いなく笑顔にするだろう。踊らせるだろう。そのソウル・チューンは、アメリカ音楽が歴史のなかで培った祝祭である。おじさんたちが楽しそうにソウル音楽をやっているのは、 日々の暮らしにすり減っていく普通の人びとの実存、その尊厳を輝かせるためなのだ。

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◼️HOSTESS 内アーティスト情報
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Text By Tsuyoshi Kizu


Nathaniel Rateliff & The Night Sweats

Tearing At The Seams

LABEL : Stax / Hostess
CAT.No : HSU-10174
RELEASE DATE : 2018.03.09
PRICE : ¥2,400 + TAX

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