「音楽的あるいはコンセプチュアル的に興味があるものを全部かけ合わせながらも一枚の作品にしたかった」
《Thrill Jockey》から新作を発表したクレア・ラウジーに訊く“属性から解き放たれるために”
クレア・ラウジーがシカゴの老舗レーベル《Thrill Jockey》と契約した、というニュースに心が躍った人は少なくなかったのではないだろうか。それはさながら、サム・ゲンデルが《Nonesuch》から作品を出したり、《Light in the Attic》がルー・リードの異色のアンビエント・アルバムをリイシューしたりする動きと構造は似ている。つまり、ジャンルと時代の境目がとうに瓦解していることの裏付けであることはもちろんだが、先祖返りではないが、ロックもジャズもソウルもフォークも現代音楽も電子音楽も……それらがハイブリッドになっているというのではなく、最初から当たり前のように同列で存在していて、起点は様々だが、結局のところ等しく「ポピュラー音楽」としか言いようのない開かれた現況にあることを伝えてくれていると言っていいと思う。トータスやザ・シー・アンド・ケイクはもちろんのこと、ウィリアム・タイラーとマリザ・アンダーソンの共演アルバム、さらにはそのマリザも参加するカナダのシンガー・ソングライター、ミリアム・ゲンドロンの新作など近年は特にフォーク、アメリカン・プリミティヴの領域のアーティストの作品をも積極的にリリースし、常に時代をヴィヴィッドに切り取ってきた《Thrill Jockey》から届けられたクレア・ラウジーのニュー・アルバム『sentiment』。ドローン、エクスペリメンタル、コラージュ……といった音楽へのアプローチをこれまでの数々の作品で形にしてきた彼女だが、ハンド・ハビッツことメグ・ダフィー、ララ・ララ、モア・イーズことマリ・モーリスらが参加した今回のアルバムは、ヴォーカル/歌詞、フレンドリーなメロディ、フレーズのある曲が中心になっている。彼女が標榜するアンビバレントな“Emo Ambient”というスローガン以上に、驚くほど様々なスタイルの音楽、そして多彩な手法、指向を交差させ、それが新しかろうと古かろうと、属性という言葉を取っ払いながら邪気のなく引き寄せてきた彼女のこれまでの活動の集大成的な大傑作である。
カナダはウィニペグ出身。アメリカはテキサス州サンアントニオを経由し、現在はLAに暮らすそんなクレアにリモートで話を聞いたのでお届けしよう。敬虔で保守的なキリスト教徒の家庭に生まれ育ち、高校中退後に体一つで音楽で身を立てるべくサヴァイヴしてきた。アンビエント、エモ、スローコア、実験音楽、ドローン、アメリカン・プリミティヴ、インディー・ロック……ジェンダーレスであるその身上さながらに、彼女は好奇心そのままに多様な音楽に触れ、自身の音楽を芳醇なものにしてきた。なお、claire rousay、『sentiment』という表記を含め、彼女の作品のタイトルの多くが全て小文字のみで構成されていることの理由を訊ねたところ、返ってきた答えはこうだ。「自分の存在なんて小さいものだから」。おおらかで包容力豊かで大胆で、でも人として実にしなやかに生きているクレア・ラウジーは、2020年代の最重要アーティストの一人である。
(インタヴュー・文/岡村詩野 通訳/竹澤彩子 Photo/Zoe Donahoe)
《Thrill Jockey》の作品について語るクレア・ラウジー
Interview with claire rousay
──bandcampのあなたのページには大きく「Emo Ambient(エモ・アンビエント)」というワードが掲げられています(今は変更されている)。エモとアンビエントという対極のイメージを繋げたインパクトの大きなスローガンですが、アメリカでは普通に使われてる単語なのですか。それともあなたが考えた独自の言葉ですか。
claire rousay(以下、c):ええ、自分と内輪の友達何人かで発明した言葉です。その周辺の全員ともエモっていうか、90年代のロックがものすごい好きで、それと同じくらいアンビエント音楽も大好きななので、その二つを掛け合わせた新たなジャンルを作ろうっていうことで“Emo Ambient”って言葉を発明したんです。
──私は5年ほど前にあなたの音楽を知りました。初期には“Emo Ambient”という言い方はまだしていませんでしたが。
c:(パッと目を輝かせて)5年も前から? うわあ、感激です。ありがとう! 今日は何でも訊いてください。ほんとに遠慮せず、どんな質問でも喜んで答えますよ!(笑)
──ありがとうございます。では、さっそく、現在はLAに住んでいるとのことですが、古くからのファンはテキサス州はサンアントニオを拠点にしているイメージがあると思います。いつ、LAに移ったのでしょうか。
c:LAに移ったのは……ちょうど2年半になるのかな……でもLAで今のところ楽しくやっています。
──LAに移った理由は?
c:というか、自分が最初LAに移った頃にはまだテキサスに比べて気候的に耐えられるからっていう算段だったんですけど(笑)、今は地球温暖化のせいで、テキサスに負けないくらいLAもあり得ない高温になっています(笑)。
──気候が引っ越しの一番最初の理由だったのですか。
c:最初の理由は完全に気温(笑)。もちろん音楽的にもいいっていうのは知ってたし、ついでにテキサスよりも気候的に暮らしやすいんだろうなあと思ったんです(笑)。
──ええ、今のLAには、ジャズ、アンビエント、ヒップホップ、フォークなどが自然と混在したハイブリッドな音楽家が多く集まってきています。《Leaving》のような魅力的なインディー・レーベルの存在も大きいですが、LAのシーンや界隈のアーティストとの関わり、交流は今のあなたはどの程度あるのでしょうか。
c:ええ、こっちに音楽やってる友達もたくさんいます。そのうち何人かは《Leaving》所属ですよ。基本その周辺のみんなGreen-Houseというプロジェクト(Olive Ardizoniが立ちあげたアンビエント系ユニット)に参加していて。そのプロジェクト自体も《Leaving》の傘下にあるんですが、そこに関わってる人達と、自分も普段一緒につるんでたり、定期的にコラボレーションしています。そうしたコミュニティに自分が関わらせてもらって、しかも受け入れられてってすごく有難いことだなあと思っています。それこそLAみたいな大都会で、自分を受け入れてくれるコミュニティがあって、一緒に音楽をプレイできる仲間がいるっていうのは本当に恵まれてることです。他にも友達のBen BabbittもLA在住。色んなレコード・レーベルやミュージシャンがみんな繋がってるって感じかな。
──そのLA周辺のコミュニティはテキサスのサンアントニオに住んでた頃の雰囲気とはどう違うのでしょうか。
c:やっぱりサンアントニオは地元だからってこともあり全体的にぬるま湯的な感覚がありました。LAに来たらそうぬくぬくとしてられないっていうか、良い意味で緊張感があるんですよ。いろんな新しいものに触れて、自分の世界を広げている最中っていうか……それは何も音楽だけに限らず人生経験として音楽の方にも還元されているはずで。実際、LAに移ってから地元にいた頃には知らなかった色んな新しい音楽作りの現場に接する機会に恵まれていて。ここ何年かの自分の作ってる音楽なりコラボレーション作品に何かしらの変化が生まれてるとしたら、完全にLAに移ってきたとことで生まれた新たなインスピレーションだと思っています。
──あなたはもともとカナダのウィニペグ生まれです。その後、家族とサンアントニオに移ったと聞いています。
c:そうなんです。もともとカナダのマニトバ州のウィニペグの生まれでそこからサンアントニオに移住しました。両親の都合でサンアントニオに引っ越したのですが、サンアントニオで子供時代を過ごせたことには本当に感謝しています。
──ご実家は敬虔なキリスト教徒だったそうですね。お母さまはピアニストでもあったそうですが、どのような家庭環境だったのか、その家庭環境が今のあなたに、思想的、もしくは生き方として、どのように影響を及ぼしているか教えてください。
c:そう、もともと音楽好きな一家で、そこは本当に恵まれていました。母親がピアニストで、常にあちこちで演奏していて。私も子供の頃から母親と一緒に演奏したり、ピアノを弾いたりして……そもそも自分にピアノ教えてくれたのも母だったし、楽譜の読み方も母から教わりました。だから自分の幼少時代の大切な記憶や感情と音楽がすごく強く結びついていると言えます。ただ、同時にすごく保守的な狭い家庭環境でもあって。キリスト教の福音派の一家なのですが、テキサスも含めたアメリカの南部ではかなりの信者数を誇る巨大な宗派なんです。だから、いわゆる流行りものの歌とかは家では禁止で、基本、宗教的な音楽を聴いてる家庭でした。家でも学校のまわりの子達とは違う家庭内のルールがあって、子どもの頃は魔法使いとか魔女とかに関連する本を読むことも一切禁止されてていました。ちょうどその頃、まわりの子どもたちの間で『ハリーポッター』が流行ってた時期だったんですけど、自分の育った家だと読んではいけないものとされていたんです。あれは悪の書物だからという理由で。でも、10代になってから、両親が属しているコミュニティ以外のところで、自分だけの友達付き合いが広がっていきました。学校に自分と趣味とか関心が似ている友達ができて……まあ、大体は音楽繋がりで、一緒に音楽をやってる仲間だとか、そこからかなり早いうちにバンド始めるようなったりしたので、そのバンド仲間が宗教以外の音楽を自分に教えてくれたって流れなんです。自分が子どもの頃に見逃してきたカルチャーを教えてくれるようになったわけです。
──15歳で高校を中退したそうですね。
c:そう! そういうこともあって、できるだけ早く家から独立しようと思ってたので。それこそ13、14歳ぐらいの時から、友達とバーなど人前で演奏するようになったりして、そこからなんです。うちの両親が信じている価値観の中では相容れないことを外に出てやり出したのは。で、その後高校中退しました。それでも音楽を演奏することは続けてて、他にもいろんなバイトを経験しつつ、色んなバンドやアーティストの元で長年に渡って演奏しながら、なんとか音楽で身を立てようとしていったんです。むしろ、自分で音楽を作るようになったのは本当にここ6、7年ぐらいのことなんですよ。
──はい、高校中退後にすぐドラマー/パッカッショニストとして自立していったと聞いています。最初にピアノを習っていたあなたが、なぜドラムに興味を持ったのでしょうか。ドラムを幼少時からやっていたことが今のあなたの音楽のどういう部分に、見えないところでどのように反映されていると思いますか。
c:ピアノからドラムに転校した主な理由は反抗精神から……ですね。母親がピアノの先生だったってこともあり、自分はそれとは違う独自の道を行きたかった。ピアノ代わりにドラム叩くって不良っぽくてカッコいいって思っちゃったんですよ(笑)。まわりの学校の仲間がジャズとかロックの曲に合わせてドラムを叩いてる姿を見て、カッコいいなあって。当然のことながらうちの母親はジャズにもロックにもほぼほぼ興味がありませんでした。だから両親の趣味とは違う、自分だけの好きなものを追求したいっていう気持ちもあったと思う。そういうドラマー経験が自分が今作ってる音楽にどのように影響を与えているか……うん、確かに自分が今作ってる音楽はドラムよりもむしろピアノのほうに影響を受けてるし、それは事実としてなかなか面白いなと自分でも思っています。ただ、実際は長年ドラムなりパーカッションをやってきているんで、自分が音楽を聴くときの癖としてどうしてもリズムやテクスチャーのほうに関心が行きがちっていうのはあるんです。だから最初にリズムだのテクスチャーだののイメージが浮かんでから、次にメロディーとかハーモニーについて考えるっていう、普通の人とは逆向きの発想になってるかもしれないですね。
──実際にはどのように本格的な音楽活動がスタートしたのでしょうか。高校を中退した頃、イメージしていたミュージシャン像、ロール・モデルはいたのですか。
c:そう、そこが面白いところで、自分が音楽で身を立てようとし始めてからというか、まあ、ドラマーを職業として始めるようになってからずっと長いこと人のバンドで他人の音楽を演奏するってことをしてきたわけなんです。礼拝バンドでも演奏してたし、ウエスタンやカントリーのバンドでも叩いてたし、ロック・バンドやそれこそオーケストラまで、ドラムやパーカッションを叩かせてもらう場ならどこにでも出向いていくみたいな感じでした。ただ、それだけでは生活がままならなくて、ドライクリーニング店で働いていました。その一方で職業ドラマーとしても活動するという二足のわらじ状態で6年くらい。とにかく音楽に関係する仕事は全てやっていた、そんな感じでした。ミュージシャンとしてのロール・モデルは、自分のパーカッションの先生のロバートという人です。
──2010年代後半には年間で何百回ものライヴをやっていたそうですが。
c:そうなんです。でも、具体的なバンド名やアーティスト名に関しては無名の人達というか、まあ、地元で活動してるミュージシャンがほとんどです。サンアントニオ周辺の高校とか大学のバンドだとか……。ただ、当時について覚えてるのはいつもクタクタの状態だったんです。常にライヴでスケジュールが埋まってしまってたから……それで雇われパーカッショニストの仕事をやめて、パーカッション自体を一時期休むことにしたです。というのもあまりにも忙しく色んなところで叩いてたせいで、燃え尽き症候群みたいになっちゃって。音楽を演奏してるはずなのに、まるで音楽なんて関係ないところにいるみたいに感じてしまっていたんです。最初に音楽を始めた頃の、自分と音楽との感情的な繋がりみたいなものがまるで感じられなくなってしまい、自分の中の何かしらを変える必要があると思ったんです。音楽をやってても昔みたいに感情が動かされなくなり、本当にただ仕事として言われた通りに演奏するだけみたいな……自分自身を表現してるっていう実感がまるで湧かないし、本来音楽を演奏することで感じてたはずのカタルシスを感じなくなってしまったのは問題だなと思って……。
──その時の経験が今にどのように生かされていると思いますか。
c:うーん……自分一人でも音楽を作れるってことかな。というのも、今話したように色んな人達の元でその都度ありとあらゆる種類の音楽とリクエストに合わせて演奏してきたことによって、それだったら自分一人で何だってできると思ったんです。そのときかもしれないです、純粋に自分だけの音楽が作りたい、他の誰かのためじゃない音楽を作りたいと思ったのは。ただ自分が感じるままに音楽を鳴らしてみたいと思った。それがきっかけでパーカッションかららエレクトロニック・ミュージックだとか、テクノ寄りの表現を開拓するようになったのです。
──エモコア、スローコア系のロックの影響を受けたのはどのタイミングだったのでしょうか。
c:その頃ですよ。シームがめちゃくちゃ好きで。それからコデインとかベッドヘッドとかも大好きになりました。しかも、今考えると面白いなあって思うんですけど、自分がそうしたバンドを知るようになったきっかけはマスロック・バンドを通じてなんです(笑)。マスロック系のバンドの周囲の友人に「今、一番超絶テクニカルでエモーションな音楽って何?」って教えを乞うたところからハマっちゃいました(笑)。エモコアやスローコアってその頃自分が目指してた音楽の対極にある音楽でしょう? 当時はまだそういう音楽が存在することすら知らなかったから、まさに開眼させられた感じでした。あの閑散としたプロダクションに最小限の音と静けさから、ここまでエモーショナルな体験が引き出されるなんて! って、それこそ自分の人生を変えた瞬間みたいな感覚だったのを覚えています。だって本当に自分の音楽に対する考え方が変わったんですよ。そこから、ただひたすら静かなエモがあったっていいじゃないかって思うようになりました。エモってたいていラウドな音から静かな音に、そこからまたラウドな音にっていう展開を繰り返していくのが定番でしょう? でもただひたすら淡々と静かなエモがあってもいいんじゃないかと思って、エモの静の部分だけ取り出して拡大してみたらどうなるだろう? ってアイデアが湧いてきて。で、それを突き詰めていって最終的にはロックンロールとは思えない表現に辿り着いたら?……って色々頭の中で巡らせてたら、友達が「それって普通にアンビエント・ミュージックって言うんだよ」って教えてくれたんです(笑)。「あー、そうなんだ」って。そこからアンビエントの道に入っていったってわけなんです。
──面白いプロセスですね。そういう話を聞くと、あなたがブライト・アイズで知られる《Saddle Creek》レーベルからも作品を出していることがいかに必然かに気づきます。
c:あの時は《Saddle Creek》のほうから作品を出してみないかって声をかけてもらって、それでどういう形がいいかってことで話し合って。アルバムがいいのか、それとも一曲だけっていう形か、それでその間を取って7インチ・シングルに落ち着いたんです。自分の中にある一面にフォーカスする感じ……この場合は自分の中にあるスローコア、シューゲイザー的な面になったんですが、自分の中にあるもう一つのトラディショナルな音作りに基づいた作品に対して向き合ってみようかと。実は《Saddle Creek》周辺の人たちもライヴだったりインターネットを通じて自然に繋がったっていう感じでした。そういうのって素敵ですよね。普通にいい感じの人と会って「君の音楽いいね、最高だね!」って言われて、「わあ、ありがとう、もしかして自分でも音楽やってたりするの?」って言ったら、「いや、実は《Saddle Creek》で働いてて」、「え……《Saddle Creek》って、あの《Saddle Creek》⁉」っていう感じ。そんな奇跡みたいな話が世の中に転がってるなんて思わなかった(笑)。自分は昔からブライト・アイズの大ファンだし、あのレーベル周辺のアーティストもみんな大好き。すべてDIYでやってる感じにもものすごく共感していたんです。
──実は私、取材で《Saddle Creek》の拠点でもあるネブラスカのオマハに行ったことがあるんですよ。ちょうどコナー・オバーストが大統領選挙前に民主党への投票を呼びかける《Vote For Change》ツアーに関わって注目を高めている頃でした。オマハでブライト・アイズの凱旋公演を観たんですが、地元の若者がみんなそこに集まっていて感動的でした。で、そこから数日間カーシヴのメンバーの家に泊めてもらって。コナーはもちろん、マイク・モギスにもスタジオで取材しました。
c:うわあ、すごくいい話ね! そういうところですよね、彼らの素晴らしいところって。私はまだ10代だった頃に『Spend an Evening with Saddle Creek』っていうドキュメンタリーDVDをe-Bayでゲットして、家に届くのをワクワクしながら待って観たのを覚えてますよ。それがまた本当に手作り感覚に溢れた映像で、ブライト・アイズやあの《Saddle Creek》所属のバンドがレーベルの哲学や姿勢について語ってて……スキニー・ジーンズでタバコ吸ってる姿とか「カッコ良すぎ!」と思っていました(笑)。そういう意味でも《Saddle Creek》から7インチ・シングルを出せたことは自分にとっては本当にラッキーにして光栄な出来事だったんです。
──ただ、そのような繋がりがありつつも、一方であなたは実験音楽家としても知られています。テキサスの《Astral Spirits》やその傘下にある《Astral Editions》、アトランタの《Already Dead》といった、実験音楽系を中心とするレーベルからも多くリリースしています。一般的に実験音楽とされるような音楽に傾倒したのはどういうきっかけだったのでしょうか。
c:それもさっき話したドラム兼パーカッション奏者として活動し始めたことがきっかけでした。ちょいちょい実験的なバンドに呼ばれることが多くなってきていたんです。だから実は私はセッション・ミュージシャンとして、今言ってくれた《Astral Spirits》《Already Dead》所属のアーティストの作品に参加しているんですよ。それでレーベルの人と会う機会もできて、「自分でも音楽作ってないの?」みたいに声かけられるようになって、「作っていますよ。興味があったらチェックしてみてください」って流れになり……って感じでした。考えてみたら随分親切な話ですよね。裏方でやってる無名のミュージシャンの作品に興味を持ってくれるなんて。でも、そのおかげで《Already Dead》のJosh Tabbiaとも今では友達ですし、《Astral Spirits》のNate Crossともいい関係です。自分が実験音楽により興味を持つようになったのもそうしたDIY精神でレーベルをやっている人達やレーベルとの縁がきっかけでした。彼らに出会うまでそれこそ有名な実験音楽しか知らなかったのですから。その頃ですよ、《Thrill Jockey》は世界一の実験音楽のレーベルだって思っていたのは(笑)。
アーティスト写真を撮影中のクレア・ラウジー。Photo by Adam Sputh──ニュー・アルバム『Sentiment』は、まさにそのシカゴの《Thrill Jockey》からのリリースです。憧れのレーベルからのリリースはどのような経緯で実現したのですか。
c:《Thrill Jockey》のオーナーのBettina Richardsから「ハーイ、クレア、リリース元を探してたら、うちのレーベルにぜひサポートさせて」って唐突にメールが送られてきたんです(笑)。ちょうど作品を作り終えたばかりで、他にいくつかのレーベルから似たような声をかけてもらってたんですが、彼女からのメッセージが一番強烈だったったんです。見ず知らずの人から突然「作品があったらリリースしますよ」なんてメールが来るなんて、しかも、まだ彼女は私の新しい作品を聴いていませんでした。ちょうどアルバムを完成させたばかりで天からのお告げみたいに思えて、まさに素敵で完璧すぎるサプライズだったと思っています。
──2021年には同じシカゴの《American Dream Records》からアルバム『a soft focus』がリリースされていますし、それより前からサム・プレコップ(ザ・シー・アンド・ケイク)ら《Thrill Jockey》周辺のアーティストとも交流していました。シカゴ周辺の動きとコミットするたびとても興味深く思っていたのですが、あの界隈のミュージシャンたちに対してはどのような印象を持っていたのでしょうか。
c:さっき話した《Saddle Creek》周辺アーティストに近い共感です。まだ10代の夢見る若者だった自分にとって、シカゴのあの周辺のシーンは本当に独自でユニークなレーベルで憧れの対象。だから、シカゴの《American Dream Records》みたいな新しいレーベルから作品をリリースできたことも、そこから《Thrill Jockey》の人達とも繋がって、そのコミュニティに自分を受け入れてくれたことに関しても感謝しかないんです。もともとシカゴのローカル・シーンを長年支えてきてたバンドの作品が大好きで、とくにフリースタイルの即興音楽に関しては、他のどこの土地にもないシカゴだけの地盤が確実に存在してるような気がしています。特にDave RempisとBen Baker Billingtonの2人には本当にお世話になっているんです。ショウのブッキングを手伝ってくれたり、それこそあなたがオマハでカーシヴのメンバーの家に泊めてもらったように、シカゴ滞在中に家に泊めてくれたり、音楽に関する質問に色々答えてくれたり、本当にお世話になったんです。
──シカゴといえばスティーヴ・アルビ二という大御所もいます。
c:もちろん! すごい影響を受けています。ただ、自分とシカゴの音楽シーンとの出会いの流れで言うと順番が逆っていうのかな、自分がシカゴ界隈の音楽に興味を持ったきっかけは偉大なミュージシャンであり作曲家であるロブ・マズレクの存在が大きいんです。彼はしばらくブラジルに住んでいたのですが、今はテキサス州のマルファにいて、そんな彼の近年のソロ・アーティストとしての作品をずっと好きで追いかけてたんですけど、シカゴでどういう功績を果たしてきたのかまるで知らなかったんです。それでロブの作品を遡っていく過程でトータスについて知り、《Thrill Jockey》について知りっていう感じで……ある意味、歴史をシャッフルして新たに出会うみたいな新鮮さがあったんですよ。もともとロブの作品に出会ったのも、彼が《Astral Spirits》から作品を出してたから。それで即ファンになっちゃって。ロブは私が今まで出会った人の中でも1、2を争うぐらい本当にクールな人。いつでもサングラスをかけててね(笑)。で、スティーヴ・アルビ二に関しては、アルビ二が手掛けたバンドや作品は昔から大好きなんですが、アルビ二自身のことはそんなによく知らないし、もちろん面識もないんです。こんなこと言ったら失礼かもしれないけど、気難しそうな人だし(笑)、一緒に作業するってなるとちょっと萎縮しちゃうかも(笑)。でも、アルビ二が関わってきた作品はめちゃくちゃ大好きだし、尊敬していますよ。
──さて、まだまだキャリアについては伺いたいことがあるのですが、ようやく新作『sentiment』についての話です。とても官能的で美しいアルバムで、ヴォーカル・アルバムとしても、サウンド・コラージュ的なアルバムとしても最高傑作と言ってもいいと思っています。今作を作るにあたり、あなたがイメージしていたテーマ、ディレクションはどのようなものだったのでしょうか。
c:自分が音楽的あるいはコンセプチュアル的に興味があるものを全部かけ合わせながらもそれでも一枚の作品みたいな形にしたかったというか……何て言うか、ミックステープみたいな形じゃなくて、ちゃんとした一枚のアルバムにしたかったんです。それとヴォーカルの加工に興味があって、それこそヒップホップだとかR&Bとかハイパーポップで使われてるようなあの感じをやってみたいと思っていました。ただ、サウンド的にはそれこそスローコアだとかシューゲイザーあたりのサウンドを目指してて、プラス、自分の作品に毎回登場してるミュージック・コンクレートやアンビエントへの興味とフィールド・レコーディングへの関心も相変わらず同じくらいあったので、今言った全部をいっぺんに作品中に取り込みたいと思ったのが最初です。ただ、それを全部大掛かりな一曲の形で表現するのではなく、ブツ切りにして曲ごとに分けたほうが面白いかなって途中から思うようになりました。それと、それまで歌詞で自分を表現するのに慣れてなかったので、そこも大きな挑戦でした。ただ今回LAに移ったこともそうだし、《Thrill Jockey》から作品を出すことになったも、すべての変化が同時に来た実感があって、ちょうど新たな自分なりの表現というか、新たなジャンルを開発するのにいい時期な気がしたんです。だからと言って、この先ソングライティング一本、あるいはオートチューン一本でって決めているわけではなくて。少なくとも今のところ興味のある方向性というか、音のパレットであって。ずっと似たような曲を作り続けることは考えていないんです。
──加えて、今回はギターが結構フィーチュアされていますね。
c:そう、それはまさしくエモからの影響というか、まさにコロナのロックダウン期間中にギター・ミュージックにハマったのが大きな理由です。それと並行してレナード・コーエンのような音楽で使われているギターの在り方に興味を持って。自分はギターに関して初心者だったものだから、それを自分がギターを学ぶ上での指針にしていったんです。それが今回のアルバムにギターが多くフィーチュアされている理由です。他にもエリオット・スミスのギターもそうですよね。コード進行を聴いてるだけでもうエリオット・スミス以外にはあり得ないってことがわかるでしょう? 自分自身はそこまで自分に特化したギター・スタイルを確立していないですけど、それでもそういうギタリストが過去に存在してたってことは今回曲を作る上でものすごくインスピレーションになっています。普通とは違うスタイルのギターを自分なりに追求できる可能性を開拓したいという意味で。
──あなたのギターを聴いて私は少しジョン・フェイヒィを思い出しました。
c:ああ、それわかります! ちょうど同じ頃にアメリカン・プリミティヴ・ミュージックにも夢中になり、そればっかり聴いてた時期がありました。彼もまさに唯一無二の自分だけの音を持っているギタリストですよね。ただ、アメリカン・プリミティヴを目指していたかと言えば、それに関しては無意識かもしれないです。ただ純粋にリスナーの一人としてそういう音楽を聴きまくっていた、それが無意識のうちに自然に音にも出ちゃったんだと思います。ライリー・ウォーカーもよく聴いていました。単純に自分がこれまで大量に浴びてきたサウンドが普通に影響として出ちゃってる、そんな感じのアルバムかもしれないです(笑)。
──では、あなたが住んでいたテキサスが縁の、2016年に亡くなった実験的音楽家のポーリン・オリヴェロス(Pauline Oliveros)はどうでしょうか。さまざまな点であなたの大きな指針になっているようにも思えます。
c:ええ! まさにそうなんです。最初に彼女の音楽を聴いたときにはテキサス出身だってことを知らなかったんですけど、聴いた瞬間にものすごく惹きつけられました。音楽的にもコンセプト的にも。なんか自分の音楽的ルーツにものすごく近しいものを感じたんです。彼女が子供の頃に魅せられていた音、それこそラジオの音だとか動物の声とか虫の声とか、自分も子供の頃まさにそういう環境の中でそうした音に耳を傾けてきた経験があるので、ものすごく共感したんです。また、彼女の音楽の中にある演劇的要素というか、それがいかにディープでシリアスなメッセージを含んでいるかってことも、それと同時にユーモアがあるってことも。あるいは彼女のパフォーマンスの優美さも素晴らしい。とにかく、シリアスとユーモアと、そのコンビネーションに惹かれたというか、しかもそれを同時に一つの作品の中で表現していくところは自分にとってすごく魅力なんです。ディープなリスニング体験としてフィールド音楽だとかドローン・ミュージックとかを取り入れているところも魅力的だし、自分の中ではまさに理想的なミュージシャンっていうイメージですよ。本当に物凄く深いところで影響を受けているアーティスト。彼女みたいな人がこの世に存在してくれたことに心から感謝しています。
──今回のアルバムにもそのマルチ・アングルな影響が確実に表出されていますね。
c:本当に! それは本当にそう。今回のアルバムの中でも短めの曲とか、ヴォーカルのないの曲なんてまさにポーリンの音楽からの影響です。フィールド・レコーディングを取り入れてる「w sunset blvd」なんかはまさにレストランで録音した会話を使っているんですけど、2人の愛し合ってるカップルがジョークを言い合ったり、後ろでは子供連れの家族がガヤガヤやってたり、同じ場面の中で色んな人間同士のやり取りが同時にその中で行われているっていうクロスオーバーした空気をそのまま取り入れています。これがポーリンが追求してきたテーマの一つでもあるでしょう? 人と人のコミュニケーションって本当にありとあらゆる形があって、それが同じ場面で同時進行しています。それは彼女の著書の『Quantum Listening』の文章の中にも書いてありました。今回のアルバムでももちろん影響を受けてるし、この先自分が作っていく音楽すべてにポーリンの影響が出てくるでしょうね。
──朗読のような、日常会話のような、何かを告白している一人語りのようなアイデアもポーリン譲りのようにも思えます。
c:そうですね。アルバムの冒頭のモノローグは友達のセオドアに語ってもらっているんです。自分が書いたスクリプトを彼に読んでもらう形で。アルバムのオープニングには男性の加工されてない声を持ってきたかったんです。アルバムの残りの曲のヴォーカルとの対極として……女性の声に加工された自分の声というイメージでした。だからアルバムの冒頭の男性の一人語りによる声との対比として、言葉自体は自分が書いてあるのですが、そのあと語りからいよいよ本編の曲に入っていって、そちらは加工された自分の声で、言葉自体はやはり自分で書いたものであるという……それが何かしら物語っているようなイメージだったんです。最初すごく親密な一切加工されていない素の声から始まって、そこからオートチューンによる歪んだ時折聴き取り不可能な声が展開されていく。だからアルバムの冒頭は全体のトーンを伝えるためというか、「ここからこういうストーリーが始まりますよ」っていう設定作りの役目を果たしていると思っています。もし本編の歌やヴォーカルが飛躍しすぎた場合のある種の錨の役目にもなるでしょう?
──あなた自身の素の声をそのままストレートに用いていないのは、そうしたコンセプト以外にも理由がありますか。
c:単純にオートチューンの音が好きなんです。それこそヒップホップだとかポップの中で使われてるオートチューンの感じが好きで、オートチューンでしか捉えることのできない感情表現っていうのがあると思うんです。オートチューンを使うと全体がその影響下に置かれる。どこか一ヵ所だけ切り取ってコントロ―ルすることができないですよね。息を吸ったり吐いたりする音ですらオートチューンがかかってしまう、もう丸ごとの音楽作りの方法というか、自分の表現方法として興味深いなあと思って。自分自身の表現なんだけど、そこに一枚のフィルターがかかってるみたいな、オートチューンがそのフィルター的な役割を果たしてて、シンガーが自分の声を操るみたいに全体を操っていく。お互いに協力しあいながらもときどき拮抗し合う、その何とも言えないバランスが独特の雰囲気を醸し出しているのがとても魅力的に感じるんです。
──フランク・オーシャンあたりはまさにそうですよね。
c:そう、まさに自分はフランクの大ファンでもあるので。ただ、自分の言葉をオートチューンを通すことで照れ隠しというか、自分自身を覆い隠すことができる手段という感覚は割と他のジャンルでも有効ですよね。確かにオートチューンってことで言えばフランク・オーシャンなんかまさにその道の最良のお手本で、自分との距離を置くために、あるいは自分と自分の感情とを切り離すためにオートチューンを使って、それによって逆に自由に自分を表現することに成功しています。オートチューンというフィルターを通すことで自分の思ってることを何でも好きに言えるわけですから。ただ、エモやスクリーモの世界でも割と行われている方法論なんですよ。手法が違うだけで、叫び声だから何言ってるんだかわかりずらいけど、逆にそこに守られる形で言いたいことが好きに言える、という。まさにフランク・オーシャンにとってのオートチューンみたいな役割を果たしてるのがスクリーモのヴォーカルだと思っています。
──そのように様々な音楽を吸収してきているあなたは、そもそも楽曲をどのように制作しているのでしょうか。そのプロセス、使用している楽器、素材集めのような作業についておしえてください。
c:実は毎回ほぼ同じパターンで、フィールド・レコーディングの音にメロディとかハーモニーの要素を加えていく感じなんです。そのメロディやハーモニーの要素っていうのは、別のフィールド・レコーディングから録ってきた音源だったり、他の人が演奏してる音だったりとか、あるいは自分が作ったフィールド・レコーディングの音源の元にピアノを付け足したりとか……ただ、ここ最近になって作り方が変わってきてはいて、毎回できるだけ違う書き方にトライしようって気持ちにはなっていますね。だから、普通にギターを手に取って、そこから即興でできた音から作り始めたりとか、スタジオでラップをやってる友達とレコーディング・セッションしてる最中に作ったこともあるし……。誰かがジョニ・ミッチェルの曲をかけて、そこに思いつきでピアノの音を乗っけて、それをさらにキーボードと組み合わせて、みたいなノリで作ったこともあります。「うわー、なるほどなるほど、そういう作り方もあるんだ!」みたいな。道は本当に一つじゃないんです。それをもう少し深いレベルで掘り下げようということで、最近はできるだけ日々新たな目標を起ち上げようみたいな気持ちで、毎日何かしら新しい作品っていうことを前提にレコーディングしようと心がけています。逆に自分の感情が動かなかったら、どんなに時間をかけて頑張って作ってきた曲でも諦める、あるいはいったん寝かせてみる。いつかもしかしてそこに戻って来ることがあるかもしれないし、あるいはいつかのタイミングで完全に削除しちゃうかもしれない。自分の感情がちっとも動かないのに、それで他人の心を動かせるわけがないと思うから。結局、曲がいいかどうかの判断って、作った本人にしかできないんです。もし自分以外の世界中の誰一人として全然いいと思わない曲でも、自分がぶっちぎりでいいって思ってる曲だったら、それはいい曲なんですよ。
──さて、これは大変繊細な質問です。あなたはある時からトランスジェンダーの女性であることをオープンにしています。敬虔なキリスト教徒の家庭に生まれたあなたがトランスジェンダーであることを自覚するに至ったのはとても辛かったのではないかと思いますが、今作のリリックにもそのあたりを起点とするような葛藤、抑制、分断、あるいはそこから逃れて他者と繋がろうとする欲求やその働きかけも現れていると感じます。あなたがトランスジェンダーの女性であることは、今のあなたの音楽を形成する上でとても重要なファクターですが、実際にそこがあなたのモティベイションにどのように関わっていると思いますか。
c:ええ。結局、自分が今回のアルバムの歌詞の中で扱っているテーマの多くは葛藤で……それこそ色んな種類の葛藤があるんですが、トランスジェンダーであることは確実にそのうちの一つです。ただ、何と言うべきか……人とは違うレンズ越しで世界を見てるっていう、そういう認識がベースとしてあるような気がするんですよね。たぶん私が見てる世界で普通の人はちょっと違ってるんだと思います。自分がトランスジェンダーであるがゆえに。自分はトランスジェンダーであるという自分のレンズ越しに世界を見てるから、やっぱりトランスジェンダーの人間だけが経験する感情なり苦労なりを通ってきてるわけです。まあ、それはトランスジェンダーに限らずいわゆるマイノリティの人間なら誰もが共通体験として抱えているはずで、ただ自分の人生ってことで言うのなら自分は本当に感謝してるし、今では両親にも受け入れてもらって本当に有難いことだと思っていて。自分が幼少期から子どもの頃まで育ったコミュニティの価値観からしたら、今の自分のような生き方は絶対に受け入れられないものだったから、自分なりの新たな価値観や可能性を開拓するにはある程度の年齢まで待たなくちゃならなかったけど。今の自分みたいな生き方をよしとしてくれるような環境の中に決して自分は育ってない。地元でときどき昔の自分のことを知ってる人と道端でばったり出くわしたときなんかに、相手が明らかに気まずそうな顔してることがあって(笑)。ハハッ。でも、そういうコミュニティから自分はすでに卒業してるという、そのことが本当に幸せなんですよ。
──ここまであなたが一曲一曲ちゃんと歌詞を入れた作品は初めてなので、 言葉で伝えることの興味が高まってきたタイミングでもあったのでしょうね。
c:それは本当にそう思います。やっぱり職業パーカッショニストして活動するようになってから、どうやったら自分の気持ちをちゃんと伝えられるか模索してきたところがあって……自分一人でパーカッションを叩くって、自分の気持ちを表現する方法としてどう考えても一番効果的ではないですよね(笑)。普通に言葉で伝えた方が一番簡単でわかりやすい。それ以外にも色んな形で自分の感情を表現する方法を今もなお模索中ではあるんだけど。ただ、歌詞に関しては今回のアルバムを作ってる時点から、言いたいことがたくさんありすぎるって感じだったんです。だから今回のアルバムに関しては、よりトラディショナルな曲作りのメソッドというか、普通にメロディとハーモニーと歌詞を元にしながら……ようやくそういうツールを使って自分を表現しようっていうステージに辿り着けたのかなと思っています。しかも、それがすごく爽快でした! その分、余白とか疑問符の部分は少なくなったかもしれないけども、多くの人達の解釈に対してオープンに開かれてる作品になってるんじゃないかとは思っています。
──アルバムにはララ・ララとハンド・ハビッツことメグ・ダフィーが参加しています。このフレッシュなゲストの顔ぶれもあなたが新しいステージにあがったことを伝えているように思えます。
c:本当にそうですね。メグとは友達なんです。自分がLAに移ってきてから最初に一緒に遊ぶようになった友達。遊びの流れで2人で新たな音楽作りを開発しようとかいう話になり……とはいえ本格的なセッションとかじゃなくて、何も考えずにスタジオに行ってPCの中を漁りながら「今この場で使えそうなものないかな」みたいな感じでした。2人でLAで会った初日にメグがギターを弾いてくれたのが、アルバムに入ってるあのギターなんですよ。だから2人がLAで会ったのが最初の日が最初に一緒に音楽をプレイした日でもあり、その瞬間が今回のアルバムの中にも収められているという……すごく特別で美しいでしょう? ララ・ララに関しては、インターネットで知り合ったんです。ネットで繋がってる共通の知人を介して、お互い音楽の趣味が似てるなってことに気づいて、共演してるミュージシャンも被ってたりしていたから、「だったら一緒に音楽作ろう」ってことになり……メールで音源をやり取りする関係が何年も続いていたんです。その時の音源はまだまだあって、自分が手伝った曲はわりとポップな感じの曲が多いんですが、いつかリリースされるのかどうか……ただ、同じように作業を重ねる中で自分が書いた曲で彼女の助けを借りた曲が今回のアルバムに入っている曲なんです。なんかどうも最後の決め手に欠ける感じでずっとくすぶったままの曲だったんですが……彼女とインターネットで音源をやり取りしてるうちに「あ、そうだ、最適な人がここにいた!」と思って、「これ、どうしても完成できないんだけど、代わりに必要な音を足して完成させてくれない?」って言ったら、向こうも「オッケー!」みたいなノリでできあがったんです。あの頃私たち2人とも人生において感情的に激しく揺れてる時期でもあったんですけど、だからこそ2人であの曲を完成できたっていうのは、色んな意味で感慨深かったし、今回のアルバムにふさわしい曲になったなと思っているんです。
<了>
Text By Shino Okamura
Photo By Zoe Donahoe, Adam Sputh
Interpretation By Ayako Takezawa
claire rousay
『sentiment』
LABEL : Thrill Jockey / HEADZ
RELEASE DATE : 2024.4.19
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