BEST 11 TRACKS OF THE MONTH – March, 2020
Editor’s Choices
まずはTURN編集部が合議でピックアップした楽曲をお届け!
Blake Mills – 「Vanishing Twin」
2010年代以降の最重要人物の一人、ブレイク・ミルズが今年もカギを握りそうだ。今年頭に出たイーサン・グルスカの最新作、あるいは5月に届くパフューム・ジーニアスのニュー・アルバムも前作に引き続いて手がけるなど引く手数多の人気が続くが、自身のソロ活動も活発で、5/8に届けられるニュー・アルバム『Mutable Set』から先行曲が届いている。不協和音のリフから始まり、囁くようなヴォーカル、豪華なストリングス、ノイジーなギター・フレーズなどが重なっていくが、決してフィジカルな躍動を伝えるわけではなく、むしろ不穏さ、脆さが奇妙に抽出される。音の実験室を定点観測したようなPVを観ていると制作過程が想像できるようだ。(岡村詩野)
Kate NV – 「Sayonara」
吉村弘『GREEN』の影響を受けたという前作『для FOR』から約2年、6月リリースの最新作『Room for the Moon』から「Sayonara」が先行配信。ニューウェイヴ以降、日本の80年代にあったようなリバーブがかった歌モノのポップスと、環境音楽とを丁寧に編み上げたような切なくもミニマルな楽曲に仕上がっている。日本語とロシア語を並列し、それぞれの単語の意味はシンプルで理解も容易、言語の交差があまりに自然に行われていることに、一聴した後で驚きもある。決して万人向けのポップスではない、けれどモスクワの一室から届いた、この密かな音と言語の実験の産物に、想いを巡らせれば巡らせるほど、聴き手としての好奇心が刺激されてしょうがない。(加藤孔紀)
Lil Uzi Vert – 「P2」
約2年半ぶりのスタジオ・アルバム『Etarnal Atake』から大ヒット曲「XO Tour Llif3」の続編である本曲はプロデュースも同じくTM88が担い、フロウ、リリックも同曲からの流用が多いが、彼の心境の変化も確かに窺い知ることができるだろう。どちらも元恋人ブリタニー・バードに宛てられたもので、「XO Tour Llif3」では彼女の裏切りに伴った暗い気持ちが溢れているのに対し、本曲では「終わったことはもう気にしてないんだ」と振り切っている。パーティソング的なトラックとは裏腹、最後に落ち着いたフロウで伝えられる感謝(アルバムの非ボーナストラックのラストとしてリスナーへ送られたものとも取れる)に熱く込み上げるものを感じる1曲だ。(高久大輝)
Yasei Collective – 「Liquid feat.KID FRESINO&Takuya Kuroda」
ジャンルを横断するインストバンド・Yasei Collectiveの結成10周年を記念したアニバーサリーシングルの第2弾。主に前半は客演のラッパー・KID FRESINOが不規則にスウィングするをバンドサウンドを巧みに乗りこなし、後半では同じく客演のトランペッター・黒田卓也が白熱してゆくアンサンブルの中で自由に吹きまくっている。聴きどころがありすぎて絞りにくい1曲ではあるが、KID FRESINOによる“平成とは?答えは歌の中/Filmの中”というラインが耳に残って離れないのは、果たして令和という時代は、あるいはこのコロナ禍はアートの中にどのようにそのアクチュアリティが記録されるのかと考えざるを得ないからだろう。(高久大輝)
に角すい – 「そこは豪雨、ここは雨」
「重奏」の活動も本格化させている折坂悠太だが、に角すいのピアノと歌を担当する飯島はるかは、彼の従来の「合奏」のメンバー。これまでは、歌を担当するユニットの片割れ=平沢なつみとのシンプルな手作り感のある作品をリリースしていたが、今回のシングルは同じく折坂「合奏」メンバーが協力した、スケール感のあるバンドアレンジの楽曲だ。ヴァイオリンやドラムが叙情的な曲前半から、穏やかなピアノとコーラスで紡がれる後半へ拓けていく構成は、嵐の後の晴れ間のような清々しさ。00年代の日本のポストロック的でもあるのだが、エキゾチックな8分の6拍子と抑制されたギターやベースのサウンドのおかげだろうか、「合奏」メンバーらしい異国情緒が迸っている。こうした、キーパーソンの周囲の音楽家が掘り起こされていく状況は、シーンをいっそう肥沃なものにしていくことだろう。(井草七海)
Writer’s Choices
続いてTURNライター陣がそれぞれの専門分野から聴き逃し注意の楽曲をピックアップ!
Bob Dylan – 「Murder Most Foul」
4月の来日公演が中止となったディランが突然発表した新曲は、オリジナルとしては8年ぶりとなる、なんと約17分にも及ぶ大曲だ。抽象的と言われることも多いディランの詞だが、1963年のケネディ大統領暗殺事件を題材としながら、その時代を象徴する多くの音楽、映画などから固有名詞がふんだんに散りばめられ、聴き手のイマジネーションを掻き立てる。また、63年といえば、ディランがセカンド・アルバム「The Freewheelin’ Bob Dylan」を発表し、本人の意はさておき若き社会派シンガーのとしての地位を確立した年だ。世界が不安に覆われる今、経済覇権と反戦と公民権運動が高揚した60年代にフォーカスすることの意味をどうしても考えずにはいられない。(キドウシンペイ)
dress, sogumm – 「My Taste(내 입맛) (Feat. ZICO)」
sogummの前にR&Bのボーカル表現の壁はない。ヒップホップ・クルー、Balming Tigerの一員で、韓国大衆音楽賞でも新人賞を受賞した期待の新星が、昨年コラボ作『so brighttttttt』を共作したプロデューサー、dressと再びタッグを組み3月6日に発表した新曲だ。元々、力が抜け、何かを唱えるかのように歌うスタイルが特徴的だが、ムラ・マサの『R.Y.C』のような粗いギター・ロック・ビートのこの曲では、エフェクト処理で彼女の声が歪んだギターの音と同化するかのような部分が印象的。「Any Song」が暫定で韓国の今年最大のヒット曲となっているZICO先輩からの「永久の友人や敵なんていない」という教えも説得力があっていい。(山本大地)
Girlpool – 「Like I’m Winning It」
弦の鳴りが肌に当たる無骨さはそのままに、萌芽を見せつつあったミニマルなビートを全面に取り入れたLAのデュオの最新シングル。『What Chaos Is Imaginary』(2019)で接近したエリオット・スミスを思わせる憂いのタッチや豊潤な息遣いは、より生々しい渇望感となって本作を満たしている。重心低くグラインドするシンセや揺らめく音色のギターはドリームポップと呼ぶにはあまりに陰惨で、抑揚をおさえたヴォーカルも相まって、僕は部屋から出られなくなる。密接に触れ合う中でもどこか隔絶された人々の距離を感じさせる本作だが、触れ合うことさえできない昨今、あの苦々しくも美しい日常が遠く思い出されるのだ。(阿部仁知)
The Lemon Twigs – 「The One」
2年ぶりの新作『Songs For The General Public』からの一曲。印象的なイントロに始まり、爽快なメロディーとコーラス・ワークを携え「たった一人のあなた」へと向けられられたラブ・ソングが流れゆく。
「ロック・オペラ」に挑戦した前作からすれば、視線は非常に身近なものに向いている。しかし、かけがえのない誰かへの歌をリード・トラックとし『一般市民のための歌』という作品を作り上げる、個別性と普遍性の絡み合いに、個の中にこそ一般性が宿るという信念を感じた。それは意図せず、周囲の生活の変化がどう社会と接続しているのかに向き合った、この3月の気持ちに似ていた。(尾野泰幸)
Working Men’s Club – 「A.A.A.A.」
アグレッシブ・ベットルーム・ポップとでも言いたくなるようなデジタル音、無機質なドラムマシン、クールに響くシンセサイザー、切り込んでくるシャウト…..バンドの中心人物であるSydney Minsky-Sargeantが、808 Stateやジェフ・ミルズからの影響を受けながら、イングランドの閉塞感漂う田舎町から抜け出したいという思いで繰り返した音楽的実験の成果は、まるで仮想現実での戦闘シーンを見ているかのよう。《Heavenly Recordings》との契約まで果たしたものの、バンド内に指向の違いが生まれ、残ったオリジナル・メンバーはSydneyだけ。この仲間との決裂を招いても表現したかった音が、社会に対して溜まった感情の爆発にも聴こえるのは、本曲が作られた後に起こったパンデミックゆえだろうか。(杢谷えり)
コスモス鉄道 – 「おいでミーコ」
類いまれな歌心で聴き手のハートをがっちり掴み惜しまれつつ活動を停止した松本市を拠点にしたポップバンド・金魚注意報。その中心メンバーである金沢里花子らが結成したコスモス鉄道が《NEW FOLK》からファースト・アルバムをリリース。昨年発表された自主制作EPにおいては痛快かつやや大振りにも感じられた勢いのあるポップセンスは、アドバイザーを務める田中ヤコブの効果もあってか、心の中の三遊間を鮮やかに打ち抜いていくような的確さと繊細さを増しているように感じられる。とりわけこの「おいでミーコ」の、胸が弾むようなギターのカッティングを聴いて思い出すのは、シュガーベイブの楽しげな面影。私たちが迎えるはずだった2020年の美しい春がここにある。(ドリーミー刑事)
Text By Hitoshi AbeDreamy DekaShino OkamuraDaichi YamamotoNami IgusaDaiki TakakuKoki KatoYasuyuki OnoSinpei KidoEri Mokutani