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王舟: Town Dune

2024 / 王舟
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映画そのもののような物語性

30 October 2024 | By Dreamy Deka

王舟というアーティストの「捉えどころのなさ」──それは、インディー・ミュージック・ファンの多くが認める魅力だろう。

誰もが羨むようなスモーキーかつスイートな歌声と非凡なメロディセンスを持ちながら、ディスコグラフィーが厚くなるたびに歌モノから遠ざかり、2020年にリリースされたソロ作『Pulchra Ondo』ではついに全編がインストに。そしてギタリストとしてのスキルやバンド・アンサンブルに対する豊富な引き出しも持ちながら、その音像はbiomanやマッティア・コレッティとの共作も含め、オブスキュアな色合いを深めていった。個人的には、2010年代以降のいわゆる東京インディー・シーンで、例えばNHKの音楽番組にも登場するような、商業的な成功を収めるのはこの人ではという予感もあったのだけれども、彼の個性はそんなレールに収まるものではなかった。

近年ではドラマや映画の劇伴も多く手がけているが、『阿佐ヶ谷姉妹ののほほんふたり暮らし』『コタキ兄弟と四苦八苦』、『石がある』など、メインストリームの商業作品と一線を画した特徴的な作品が名を連ねているのは、そんな彼の捉えどころのなさこそが求められているのだろう。

9月にリリースされた4年ぶりの新作『Town Dune』は収録時間こそ20分とささやかだが、その捉えどころのなさから生まれる大きな自由を楽しむことができるアルバムだ。平均2分未満の楽曲たちはBGMとしても心地よいカジュアルな雰囲気をまといながらも、その一つひとつを丹念に味わえば、未知の音楽に出会う高揚感に包まれる。

この作品の世界に没入するための手掛かりは、かつてデヴィッド・リンチが監督し、近年ではティモシー・シャラメ主演で映画化されたフランク・ハーバートのSF小説『デューン砂の惑星』を連想させる、『砂丘の町』を意味するアルバム・タイトル。そしてそれとは対照的な、豊かな水のほとりにある町が描かれた謎めいたアートワークにあるだろう。こうした舞台装置を、個性豊かでフラグメンタルな楽曲たちに重ね合わせれば、このアルバムが映画のサウンドトラック、あるいは映画そのものであるような、物語性が立ち上がってくる。 もちろんその具体的なストーリーが語られることはない。しかし残響と遠近感を巧みに操る立体的な音像、名もなき群衆の声、そして楽器と同等に扱われる機械音。アルバム全体を貫くこれらの特徴は、SF映画的な世界を強く喚起する。

例えば、ベースで大塚智之(元シャムキャッツ)、ピアノに谷口雄が参加した2曲目の「Square」。クエストラブ的ドランク・ビートをさらにチョップしたリズムに乗せられた王舟の倍音をたっぷり含んだヴォーカルは、まさに「これが聴きたかった!」と快哉を上げたくなるほど王道にしてプログレッシヴな王舟マナーのR&B。しかし2コーラス目に入るとその声には強力なエフェクトがかかり、人間からロボットへヴォーカルが交替してしまう。このチャーミングな、しかしどこか不気味でもあるメタモルフォーゼが意味するものは何なのか。

さらに和楽器の調べ、モーター音や話し声といった雑踏の音がコラージュされた6曲目「C#eek Time」の無国籍感は、映画『ブレードランナー』に描かれた未来都市を連想させる。「チークタイム」とプログラミング言語である「C#」を組み合わせたようなタイトルもどこかアンドロイド的だ。

そんな想像に取り憑かれながらたどり着く9曲目「Shower」と続く「After Squall」は、砂漠の町に降る雨の恵みを描いているようだが、果たして雨雲の下で歓声を上げているのは、人か、機械か。アンドロイドはスコールの夢を見るか。耳に飛び込んでくる音を脳内で咀嚼していくと、そんな想像が止まらなくなる。

言うまでもなくこれは私だけの物語であり、そもそもコンセプトなど存在しない作品なのかもしれない。しかしどんな想像もすっぽりと包むほど広大な空間が、この22分間に広がっていることだけは間違いないだろう。(ドリーミー刑事)


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