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山下達郎: SOFTLY

2022 / Warner Music Japan
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世界のサニーサイドを描いたかのようなサウンド

30 June 2022 | By Masamichi Torii

メディアでの発言が取り上げられて侃々諤々の議論を巻き起こしたりする。受容のされ方を巡り、巷間その固有名が独り歩きしている感もなきにしもあらず。その名前を呟くとき、少しばかりそわそわしてしまう。

山下達郎、御年69歳。来年は古希を迎える。新しいアルバムをリリースし、全国をツアーを回るなど今もその活動は活発である。超人的なアスリートを見るかのようだ。山下達郎がリスナーおよび同業者から厚い信頼を集めているのは、ある種職人的なストイシズムで音楽に取り組む姿を示し続けているからに違いない。

リズム、メロディ、ハーモニー。どの要素を取ってみても超一流の人である。山下達郎のアレンジの要は創意に満ちたリズムの構築にあるし、メロディの素晴らしさは忘れがたい名曲の数々が証明している。ハーモニーに関していえば、日本のポップスにおけるコーラスの発展に最も貢献した人物として歴史に刻まれることは間違いない。歌唱、演奏の素晴らしさは改めて言うまでもなかろう。レコーディング、アレンジ、演奏など技術に関する知見も深く、インタビュー記事をテキスト代わりに勉強したミュージシャンも多いはず。かように鉄人的な音楽家であると同時に、日本有数のディープなリスナーであることは長年取り組んでいる『山下達郎サンデー・ソングブック』によって周知のところである。

こうした山下達郎の姿に思いを巡らせてみると自然と背筋が伸びてくる。それゆえ新たな作品を聴くとなれば、正座してステレオと対峙せねばならないような気がする。けれども一度再生ボタンを押せば、そうした緊張感はたちまち解かれ、その音楽を無心に浴びて、和んだりうっとりしたり泣いたり笑ったりすれば良いのだという確信が胸に生じる。もってまわった言い方になるけれど、本人が非妥協的な姿勢で制作に取り組んでいるがために、リスナーはその音楽をリラックスして楽しむことができるのだろう。自然らしさはきめ細やかな作為から生まれるのだと『SOFTLY』を聴いて再確認した次第だ。

「LOVE’S ON FIRE」は、ケイティ・ペリーの「California Gurls」やニッキー・ミナージュの「Starships」といったEDM調のポップスを彷彿させるダンス・チューン。英米のポップ・カルチャーにおいて長らく続くエイティーズ・リバイバルともどこかで響き合っているようにも感じられる。

「ミライのテーマ」は、スティーリー・ダンの「Reelin’ In The Years」を彷彿させるシャープなシャッフルのリズムが心地よい。「パレード」を愛さずにはいられないポンキッキーズ世代の人間としては、シャッフルというだけで浮足立ってしまうし、間奏のサックスソロを聴けば、山下達郎の音楽を今まさに浴びているのだなあとしみじみすること必至。長年通った定食屋の味のような安心感をもたらしてくれる一曲。

骨太なアレンジの「YOU」は、昔風の言い方をするのならパワーバラードといったところだろうか。所有欲が強い男の視点で歌われるこの曲は、行き過ぎた「You’ve Got a Friend (君の友だち)」といった趣の内容だ。「君」という人称代名詞が合計で29回も歌われている。君と呼びかけられている人物の怯えきった表情が否が応でも浮かんでくる仕掛けとなっている。

「人力飛行機」のハネたリズムとスライドギターの響きを聴けば、やはりリトル・フィートを連想する。ドラムを叩くのは、シュガー・ベイブ時代の同僚、上原裕。歌詞の内容に、先日観た『トップガン マーヴェリック』を思い出した。プロジェクトの凍結が迫る最新鋭のテスト機で目出度く目標のマッハ10を記録したテスト・パイロットのトム・クルーズだったが、エド・ハリス演じるお偉方にどやされる。「AIによる自動運転の時代が到来し、君らのようなパイロットはまもなくお払い箱となるだろう」と言われたトムは「Not Today」と返して爽やかに部屋を後にする。「人力飛行機」は、まだ何者でもない若人たちへの応援歌であり人間讃歌でもある。

「光と君のレクイエム」は、80年代後半の作風を思わせる快晴のように気持ち良いサウンド。物心のつく前に自然と耳にしていた時期のサウンドだから、日本の夏がまだ爽やかだった頃を思い出さずにはいられない。やはり実家に帰ってきたかのような安心感がある。

すこし個人的な話をすると、10代の後半や20代だった頃は、音楽はあくまで音楽であって、それ以上でもそれ以下のものでもないと考えていた。表現活動を情にばかり還元するのはいかがないものかと考える節があったのだ。言わば、つっぱることが男のたったひとつの勲章だってこの胸に信じて生きてきたわけだ。30代も半ばになると人生はうまくいかないことのほうが多いと実感する。そうしたなか、山下達郎の音楽に改めて接してみたときに、その明るさがより鮮明に感じられるようになった。その明るさは、歌詞のみならず、音楽の響きそのものにも感じられる。山下達郎の音楽への興味関心の中心は音楽的なクオリティの高さにあったが、実は世界のサニーサイドを描いたかのようなサウンドに反応していたのかもしれない。『SOFTLY』と名付けられたアルバムによって、自分にとっての山下達郎像、ひいては音楽観すらも遡行的に上書きされたといって過言ではない。(鳥居真道)

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