Review

Sam Evian: Plunge

2024 / Flying Cloud Recordings
Back

“家”で録音された、仲間と家族のアルバム

09 April 2024 | By Yasuyuki Ono

そうやって(サム・エヴィアンのスタジオ《Flying Clouds Recordings》にビッグ・シーフの面々で集まり、ともに時間を過ごして:引用者注)「バンド」として再びひとつになったところで、スタジオに入った。あの経験は本当に豊かなものだったな……。かつ、Samは素晴らしいエンジニアで、本当に良い機材も揃っていて、Flying Clouds Recordingsは仕事場としても抜群で。ただ、あそこにはまた、“ホーム(家)”としてのエッセンスも備わっていると思う。だからある意味、僕たちはまず始めに、家に帰りたかったんだ。

こう《Monchicon!》へ語ったのはビッグ・シーフのギタリストであるバック・ミークだった。ビッグ・シーフが2022年にリリースした快作『Dragon New Warm Mountain I Believe in You』に収録された一部楽曲は、ニューヨークを拠点として活動するシンガーソングライター、サム・エヴィアンがニューヨーク州北部の山奥で運営するスタジオ《Flying Clouds Recordings》にて録音された。

そこでバック・ミークが同スタジオを“ホーム(家)”と形容しているように、《Flying Clouds Recordings》にて録音されたサム・エヴィアンによる4枚目のソロ・アルバムとなる本作はまさにエヴィアンが仲間と、“家族”と作り上げたフォーク・アルバムだ。

本作のレコーディングにかかわるセッションが始まる前日、2022年の大みそかに、ビッグ・シーフのエイドリアン・レンカーやスフィアン・スティーヴンスを含む40名程度の友人たちが《Flying Clouds Recordings》に集まってパーティーを開いていたというエピソードはあまりにもでき過ぎているように思うが、本作にはエヴィアンの仲間たちが多く参加している。《Flying Clouds Recordings》にてデビュー・アルバム『DUE NORTH』(2021年)を録音したリアム・カザル、ボストンを拠点として活動するインディー・バンド、ペイル・ハウンドのフロント・パーソンであるエル・ケンプナー、エイドリアン・レンカーやバック・ミークのソロ・ワーク、フロリスト、トムバーリンの作品でエンジニアリングを担うフィリップ・ウェインローブ、エヴィアンのパートナーでもあるハンナ・コーエン、そして上述したエイドリアン・レンカーといった多くの仲間たちが本作のレコーディングに集結した。

メランコリックなカントリー・ロック「Stay」は、ザクザクと歩を進めるアコースティック・ギターをベースに、エヴィアンが鳴らす天高く舞い上がるスライド・ギターとエル・ケンプナーとリアム・カザルによる残響感のあるエレクトリック・ギターの絡み合いによって美しくまとめられている。ハンナ・コーエンがバック・ヴォーカルをつとめ、サンティアゴ・ミハレスのオルガンとマイケル・コールマンのピアノがアーシーなテイストをあたえるサザン・ロック、「Runaway」も印象的。本作のハイライトはエイドリアン・レンカーが参加した「Why Does It Take So Long」だろう。楽曲を締めくくるレンカーの焼けつくようなギター・ソロ・パートが印象的だが、上述してきた本作に参加した仲間たちがほぼみな集結して生み出される楽曲のグルーヴ感は出色の出来栄えだ。

ここ数年、あえて離れて住んだりまた一緒に住んだりとより良い関係性を再び探ろうとしている年老いた両親の姿をみながら、本作は家族、そして自らのルーツに立ち返ったなかで生まれた作品だとエヴィアンは言う。「Rollin’ In」において、「僕たちは年を取った/そしてもう帰り路はない」といいながら、「波はやってくる/転がりこむ/転がりこむ」と繰り返し歌うように、もう過ぎ去った時間は戻せないけれどその時間の中で得た経験や、自分の中にしみ込んだ知識は意図しようがしまいが自らの中に呼び戻される瞬間がある。ジャズ・ミュージシャンとして活動し、ザ・ビートルズの熱烈なファンであった父親から教えられたというジョージ・ハリスン『All Things Must Pass』(1971年)、ジョン・レノン『John Lennon/Plastic Ono Band』(1970年)、さらにはヴェルヴェット・アンダーグラウンド『Loaded』(1970年)、ニール・ヤング『After the Gold Rush』(1970年)はエヴィアンが常に振り返る作品であるという。自らの生い立ちや歩んできた道のり、血肉となった音楽たちを振り返りながら、いま自らの拠点に集まった仲間たちとともに生みだされた本作は時に深くメランコリックに、時にどうしようもなくハッピーに、様々な顔を見せながら私の耳に届く。(尾野泰幸)

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