人間的な揺らぎと心地よい緊張感
台風クラブ、家主などの作品を発表している《Newfolk》からリリースされた山二つのファースト・アルバム『テレビ』。一聴しただけでこのアルバムが前述のバンドに比肩するほどの、大きな感慨をもたらす作品であることが分かる。
しかし不思議なのは、その感慨がどこから来るのか、その核となる部分を掴ませてくれないということだ。これか? と覗きこめばすっと表情を変え、いやあれだとにじり寄ればくるっと向きを変える。それでいて音楽的な興奮と文学的な余韻が、確かな感触と温度をもって胸の中に残るのだ。皆さんに本作の素晴らしさを紹介させてもらう役割を勇んで引き受けた者としてこれは困ったことなのだが、アルバムを何度リピートしてみても、「ああやっぱりすごくいい」というえも言われぬ感覚に辿りついてしまう。
その独特の感覚をもたらしているものの一つは、なんといっても既存のスタイルで割りきることができない音楽性にある。叙情的でシンプルなエレキ・ギターの音色と、定石からはみ出した構成、気まぐれなテンポ感といった要素からはペイヴメント、ヨ・ラ・テンゴ、ギャラクシー500といったUSインディー・クラシックの影響を見ることができる。そして鼻歌のような自然さで人懐っこいメロディを紡ぐセンスは、ハナレグミや星野源の才に通じるものを感じる。
しかしそこへ、気まぐれに、と形容したくなるほど自由なタイミングで、チェロやヴィブラフォン、ウッドベースがやってきてジャズの音響空間を作り出す。かと思えば、ニュー・ウェイヴやポストパンクを彷彿とさせるソリッドなリズムやエクスペリメンタルなシンセサイザーが重ねられることもある。そしてどの音にも、ある様式を完成させるためではなく、それぞれの楽曲が持つ匂いに吸い寄せられて集まってきたような、人間的な揺らぎと心地よい緊張感が漂っている。このメンバーそれぞれの個性が発揮された合奏感こそが、音楽面における最大の魅力だろう。
ちなみにM4「バンド」という曲には……
“時間と場所と座布団の柄 それだけ決めておこう”
というフレーズが出てくるが、まさにこの歌詞の通り、既成の枠組みや約束事にとらわれずに創造する喜びが音と音の間から伝わってくる。
そしてその自由な感覚は、歌詞の世界にも貫かれている。例えばM2「何もない場所」はこんな歌詞から始まる。
“夜に呆れて 昼起きる
何もない場所 ど真ん中
猿の腰掛け 待ち合わせ
声でかき混ぜて 釈迦になる”
1小節に1文節ずつ、平易だがまったく予測のつかない言葉が連ねられた8小節に生まれた空間。意味の世界に絡めとられることなく、達観と諦めの間のような感情が鮮やかに浮かび上がってくる。他にも年末によぎる安堵と後悔を切り取ったM9「号外」、アルバムのクライマックスとも言うべきM13「北へ」など、歌詞としても一編の詩としても見事と言うしかない曲がいくつもあるが、そのどれもが明確なモチーフや固定化された感情ではなく、ある点とある点の間にある名前のない空白地帯、いわば「山二つ」の間を、日常の言葉で誠実に描いているという共通点がある。
それらは彼ら自身の極めてパーソナルな感情の発露であると同時に、独創的な音楽性と結びつくことにより、濃い霧に覆われた2023年を生きる若者たちのしたたかでひそやかな自由を描いているようにも感じられると言ってしまうのは思い込みがすぎるだろうか。しかしそう考えてみると、私が最初に感じた捉えどころのなさの正体も見えてくるような気がするのである。
紹介が遅くなってしまったが、山二つは鈴木健太、高良真剣、河合宏知、坂藤加菜の4人で2021年に結成。河合や高良は共に東郷清丸のサポートに参加、鈴木、坂藤も音楽や舞台などで活躍中。それぞれがマルチな才能を持っているからこその風通しの良さが作品から伝わってくる。素晴らしい船出を果たした彼らがこの先にどんな景色を見せてくれるのか楽しみだが、まずはこのアルバムと共に、例年よりもだいぶ遅れてやってきた秋を招き入れたい。(ドリーミー刑事)