Review

Brittany Howard: What Now

2024 / Island
Back

過去も現在も未来と一緒にシェイクする、ブリタニー・ハワード流アフロフューチャリズム

23 February 2024 | By Nami Igusa

アラバマ・シェイクスから無論そうではあるのだが、ブリタニー・ハワードの嗜好する音は宇宙的だ。ビッグバンにも似た爆発的なエネルギーに、どこだかさっぱりわからない遠く彼方から降ってくるような音と、うっすらと機械的な響きを纏った音が、決してバラバラになることなく一つの音像に同居するそれは、未来的と言ってもいいかもしれない。今作ならば、とりわけ中盤の展開に顕著だ。インタールードである、公民権運動にも貢献した作家・詩人・活動家であるマヤ・アンジェロウによる国連50周年記念式典で発表された詩 “A Brave and Startling Truth”(1995年)の朗読は、人間を宇宙を飛び回る存在と見立てその可能性を平和と自由の世界を創造することに用いる未来を提案しているわけだが、その引用からの「Another Day」への跳躍は今作のピークポイントだろう。スペーシーなウワモノだけでなく、つんのめった強連打で曲を推し進めるネイト・スミスのドラムやレイヤーされたベースから生み出されたバウンスするような音像。ソウルフルな多重ハーモニーは、プラスティックな質感のエフェクトによって増幅され、ハワードのヴォーカルそのものを拡張させたもののようにも聴こえてくる。そして続くパワフルなハウス・トラックにオートチューン・ヴォーカルの「Prove It To You」…… 白人とのミックスでもある彼女が直接的にアフロフューチャリズム的に語られたことはそこまで多くはないように思うのだが、ファンクで、ブルースで、ジャズでありながら、彷彿とさせるイメージに宇宙的・未来的な可能性を探っている点では、アフロフューチャリズムの本質の定義である「想像力、テクノロジー、未来、解放の交差点」(『アフロフューチャリズム ブラック・カルチャーと未来の想像力』2022年、フィルムアート社)たらんとしているアーティストだと言えるだろうし、今作もまた、サン・ラ、パーラメント/ファンカデリック、あるいは同時代の作品としてはミシェル・ンデゲオチェロの直近作『The Omnichord Real Book』(2023年)の横に並べてもいいだろう。

とはいえ、甘く軽やかな70’s風の「I Don’t」の存在なんかには、上に挙げた楽曲たちに比べると素朴さを感じる側面もあるが、それはやはりルーツであるアメリカ南部への彼女自身の眼差しに由来しているのだろう。ハワードは現在ナッシュビルに住んでいるそうだが、共和党が地盤であるアメリカ南部の代表的な州であるテネシー州は同性婚も禁止、いわゆる反LGBT+法も存在するわけで、ブラックネスを内包しクィアでもある彼女にとっては生きづらいはずの土地と言っていい。それでもインタヴューで語っているのは、故郷である南部に対する愛着である。幼少期の貧困と差別、姉妹の早逝という過去の痛みがその地に染みついていても、だ。そうした想いが前述の「I Don’t」や、「Samson」でのジャズ・トランペッターのロッド・マッガーが奏でるトランペットとカジュアルダウンしたハワードの歌の絡み合いの繊細で素朴な美しさ、そして何より、アルバムを牽引するアラバマ・シェイクスからのメンバーであるザック・コックレルの地に足のついた粘りっこいベースにこそ、投影されているように感じられてくる。

他方、一人称を多用した自問自答のようなリリックは実に半径数メートル的で、直近のパートナーとの別れや失恋の体験をもとに、混乱や執着、それらを自己解釈するような内省を通じて、彼女の今現在の実存の探求を飾りなく写し取った印象だ。『Jaime』(2019年)がタイトルからして前述の姉妹の死に由来するように、過去という時制の中の自分に目を向けているならば、今作は、現在進行形で同じ今を生きる、時にままならない他人とのコミュニケーションを通じて、自分の現在位置を見極めているといった感触だろうか。

そして、そうした未来的なサウンド・デザインに、彼女に絡みつく過去と現在 ── 時にスティグマともなる土地の記憶と自らのブラックネス、クィアネスとの相克 ── 、リリックの内容のミニマルさとの劇的なコントラストを一つに結びつけているのが、本編どこを切り取っても色濃く感じ取れる(その晩年にハワードとも交流があった)プリンスの生っぽく甘美なファンクネスへのオマージュであることに異論はないだろう(ゆえに、今作のハワードはジャネール・モネイの親戚と呼んでもいいかもしれない)。多彩に声色を変化させながら熱っぽい大団円を迎えていく「Power To Undo」のエモーションは、その最高潮の瞬間だ。

足は地に絡みつき根を下ろしながらも、エネルギーは無限の宇宙と未来に飛び出して行こうと、心身は天地に引っ張られ、シェイクされるような感覚。ストレートな爽快さが全面に出ていた前作に比べると、曲の構成も一筋縄ではなく行きつ戻りつする今作だが、クリスタル・シンギング・ボウルの音色が曲間に挿入されたシームレスな構成には、何かが終わり何かが始まるというような時間の概念が希薄になり、過去も現在も未来も、渾然一体となっていく感覚を味わわされる。そしてそこに渦巻く時制のカオスと共に、彼女の現在の実存が位置づけられている……『What Now』は、そんな作品と言ってもいいかもしれない。それら全てを昇華し自由と解放を希求するようなラストの「Every Color In Blue」の絶唱に辿り着いたなら、聴き手は、未来を創造することで過去や現在が再定義されるというアフロフューチャリスティックなプロセスが、いま目の前で、ブリタニー・ハワードの中で、行われていたことにはたと気付かされることだろう。(井草七海)


関連記事
【From My Bookshelf】

Vol.12

『アフロフューチャリズム ブラック・カルチャーと未来の想像力』

イターシャ・L・ウォマック(著)押野素子(訳)

不在がもたらす願いと抵抗
http://turntokyo.com/features/from-my-bookshelf-12/

【INTERVIEW】
Meshell Ndegeocello
「アメリカにいると着眼点が自分とは違うと思うことが多い」

 デビュー30年を《Blue Note》移籍第一弾作で飾るミシェル・ンデゲオチェロの“be”である強さ
http://turntokyo.com/features/meshell-ndegeocello-interview-the-omnichord-real-book/

【REVIEW】
Janelle Monáe『The Age of Pleasure』

 人生とは悦びを分かち合うパーティ
http://turntokyo.com/reviews/the-age-of-pleasure-janelle-monae/

More Reviews

The Road To Hell Is Paved With Good Intentions

Vegyn

1 2 3 64