Review

Djrum: Under Tangled Silence

2025 / Houndstooth
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ビート・ミュージックとクラシックを越境する求道者の、実直過ぎるが故の狂気

18 May 2025 | By hiwatt

エイフェックス・ツインの楽曲で、いま世界でもっとも聴かれている楽曲は、『Drukqs』に収録されている「QKThr」なのだが、往年のファンからすれば不思議で仕方ないだろう。作中でもインターバル的な位置付けの楽曲であるにも関わらず、TikTokなどでシュールなネットミームに使われる定番曲となったが故に、バイラルヒットしている。他にも、The Caretaker「It’s just a burning memory」や、Gia Margaret「Hinoki Wood」、Colin Stetson「The righteous wrath of an honorable man」等にも同じ現象が発生している。それぞれの手法は異なるが、共通して言えるのは、なにかしらフックのあるポストクラシカルなアンビエントであるということ。もっと言えば、ポストモダン的な違和感を含んだポストクラシカルだと言える。とはいえ、これらの音楽が多くの人々に引っかかるのは不思議なのだが、“Liminal Space”のようなムーブメントと同期して、時代のムードにフィットしているのかもしれない。『Drukqs』や続編の『Computer Controlled Acoustic Instruments pt2』は、センスと言ってしまえばそれまでだが、奇才リチャード・D・ジェームスの天性の“だらしなさ”が、それらにある違和感の源なのではないだろうか。

最近、Djrum(ドラムと発音)の最新作『Under Tangled Silence』を聴いて、このFelix Manuelという人は、その違和感に対して“クソ真面目”に挑んでいる印象を持った。敢えて『Drukqs』と『Under Tangled Silence』を比較するのならば、無軌道な実験性が生むカオスと、統制された実験性が生むカオス。普通の人が違和感を感じることも、奇才の頭では常識だったりするが、割と普通の人寄りな印象であったDjrumは、最新作で向こう側に足を踏み入れている。

フィジーにルーツを持つロンドン在住の彼は、幼少期からピアノとハープを習い、クラシックに触れてきており、ショパンのノクターンやドビュッシーの印象派的なコード進行が、彼の音楽に感情的な面で影響を与えているという。今作でもピアノがフィーチャーされるが、アルバムの前半(6曲目まで)では、アルペジエイターを用いているかのように、マシンライクに弾いている場面が多い。最初はMIDIノートをピアノ音源に出力する、いわゆる打ち込みかと思ったが、随所に魅せるつぶさなニュアンスに触れ、そうではないと気付く。このアプローチこそが、クラシカルなピアノとエレクトロニクスを接着することに成功した一因だが、ここで一つ目のクソ真面目さを感じた。

無論、エイフェックス・ツインからは大きすぎるほどの影響を受けているようで、ジャンルを越境する実験的なスタイルと、予想不可能な楽曲構成や、従来の音楽構造を脱構築する姿勢に感銘を受けていると語る。具体的な作品も挙げており、『Selected Ambient Works 85-92』や『Drukqs』に見られる、粗雑さと洗練が共存する音の質感であったり、エレクトロニクスと有機的な音を組み合わせる手法は、明確に影響を感じるポイントだ。とはいえ、プリペアド・ピアノのような、言ってしまえばインスタントに前衛性を演出するような手法は用いず、ひたすらにストイックなピアノ演奏の可能性を探る。インタビューで使用する機材について語っていたが、ハードシンセは1台しか持っていない上にほとんど使用せず、ソフトシンセもSerumやMassive、Pigmentsぐらいで、一つのシンセを深く探求するストイックな性分だと語っている。エフェクトにしたって、主にAbletonのビルトイン・エフェクトを使うらしく、その画一されたクソ真面目な制作スタイルは、サウンドにもくっきりと反映されている。

ただ面白いのが、ピアノのような生楽器がマシンライクで無機質なのに対し、アルバムの後半ではエレクトロニクスが有機的に蠢いており、その様をアルバムの前後半でレイヤードする構成になっているのが興味深い。どっちつかずの存在として、夢幻的なハープがリアリティラインを曖昧にする機能を果たしているのも、彼ならではの表現だ。

真面目が行き過ぎると狂気的に見える事象は、一般生活レベルでも遭遇することはあるが、最新モードのDjrumにも通じるものがある。彼の正気と狂気のせめぎ合いを映し出したのがこの作品だ。(hiwatt)

¹ https://musictech.com/news/music/djrum-synths-presets-use

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