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Ronnie Barron: The Smile Of Life

1978 / Better Days / Nippon Columbia / Nipponophone
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日本人ミュージシャンが賦活するニューオリンズR&Bのローカリティ

03 November 2022 | By Yuji Shibasaki

《TURN》の読者で、ロニー・バロンの名を聞いて胸を熱くする人の数は、あまり多くないかもしれない。むしろ彼の音楽は、1970年代当時からアメリカン・ロックを熱心に追ってきたベテラン・ファンの間で大切に受け継がれてきた……そういう類のものだろう。しかし、それだけではあまりにもったいない。最新マスタリングを経て蘇った名盤『The Smile Of Life』(1978年)は、彼の偉大さ、その音楽の素晴らしさを知るには格好の1枚だ。

アメリカン・ロックの歴史に殊更の関心を抱いていない現代のリスナーの興味を焚きつけるには、本作のプロデュースを細野晴臣が務め、ティン・パン・アレーらを交えた東京録音が半数以上を占めるという事実を挙げるだけでまずは足りるだろう。加えて、細野と親交の深い久保田麻琴もロニー・バロン本人と共に共同プロデュースを務めており、彼のバンド、夕焼け楽団も演奏に参加している。

ロニー・バロンの経歴と、どのような経緯で本作が生まれたのかを簡単に紹介しよう。

ロニー・バロンは、1945年、ミシシッピ川を隔てたニューオリンズ対岸の町アルジアーズ生まれ。1950年代からニューオリンズのR&Bシーンで活動し、あの“ドクター・ジョン”ことマック・レベナックのバンドにも長年に渡って参加したシンガー/キーボーディストだ(ブードゥーの司祭に扮してサイケデリックな音楽を奏でるというレベナック発案の“ドクター・ジョン”のペルソナは、元々ロニー・バロンが担うはずだったという有名な逸話もある)。

1971年にソロ・デビュー、翌年にはポール・バターフィールド・ベター・デイズに参加。その後、ライ・クーダーやジョン・メイオールらの大物と共演を重ねてきた。

1976年から地元ニューオリンズで2枚目となるアルバムのレコーディングに取り掛かるも、制作半ばで中断。同年、細野晴臣がプロデュースを務める久保田麻琴と夕焼け楽団のアルバム『DIXIE FEVER』(1977年)のハワイ録音に参加したことをきっかけに細野・久保田と親交を深め、頓挫していた自身のアルバムの制作を彼らに相談。トントン拍子で細野プロデュースと日本でのレコーディングが決定した、という経緯だ。

ニューオリンズ録音全4曲に対して東京録音は計7曲。まず耳にして面白く感じるのは、東京録音の方が格段に正統的なニューオリンズR&Bの語法を踏襲しているという点だ。

普通に考えれば、ミーターズやレベナックといった地元のレジェンドをバックにした現地録音の方がニューオリンズ濃度は高くなりそうなものだが、そうではない。が、この当時他地域産のものを含めて、急速にロックやソウルのソフト/コンテンポラリー化が進んでいたことを考えると(ミーターズ自体も急速にディスコ化していた)、納得できる話ではある。

しかし、遠く離れた極東の地でかねてよりニューオリンズ音楽とその歴史へ高い関心を寄せ、自らの作品へ取り入れてきた細野&久保田コンビは、ある意味ではそういった流れの外側にいたおかげで、かえってニューオリンズR&Bの伝統への敬意と細部への美意識を純粋に保存していたのだった。それゆえ、ともすればコンテンポラリーかつディスコ的な曲を録音しようとするロニー本人の意向をうまく相対化し、彼のルーツとその音楽の旨味をうまく引き出したともいえる。ロニーもロニーで、当初ティン・パン・アレーや夕焼け楽団のメンバーがまさかニューオリンズ流儀の演奏を能くするとは予想していなかったという。しかし、実際に彼らの飛び抜けたテクニックとニューオリンズ音楽の消化ぶりを目にして、嬉しい驚きを得たというのもあったようだ。

ある音楽が孕むローカリティに肉薄し、それをポピュラー音楽のグローバルな発展の流れの中に合流させてハイブリッドな形で提示するという方法論は、トロピカル三部作とその後のYMOで、いやもっと遡れば、もしかするとはっぴいえんどの時代から細野が実践してきたものでもあるわけだが、ここでもそうした細野の視点の鋭さは充分に効果を発揮している。

特に印象的なのが「Doing Business With The Devil」だろう。お得意のマリンバ(演奏はロニー自身)を加えたり、ほのかなアジアン・テイストが混じり合うことで、細野の言う“チャンキー・ミュージック”に近い味わいが醸されているのだ。ただ単にニューオリンズR&Bの伝統を再現しようとはせず、その代わりに様々なローカリティを注ぎ込んでみることで、ニューオリンズ音楽がその成り立ちの際から孕んでいる多方向性や雑食性を再び重ね合わせようとしている……とみることもできるのではないか。

もちろん、ニューオリンズ録音か東京録音かによらず、他曲も聴きものだらけだ。ポピュラー色強いバラード「Running South, Running North」や「My Jealousy」なども素晴らしく、ロニーのヴォーカリストとしてのスケールの大きさを味わえる。また、(あえて?)ディスコ調に振り切った「She Does It Good」などは、完全クラブ・プレイ向けの秀逸なダンス・ナンバーだ。アルバム全体を通じたこの多彩さもまた、ロニー・バロンその人の、更にはニューオリンズ音楽シーンの懐の深さを表しているともいえる。

ロニーはこの作品の後数枚のソロ・アルバムを制作しているが、それらはかなり自覚的にニューオリンズR&Bの伝統に寄り添ったものになっている。こうした路線決定に対して、細野と久保田が与えた影響は小さくなかったのだろう、と推察する。

細野&久保田との交友関係はその後も続いたが、惜しくもロニーは1997年に逝去。その後、細野と久保田は「ハリー&マック」を名乗り、ニューオリンズ音楽を現代に蘇らせるアルバム『ロード・トゥ・ルイジアナ』(1999年リリース)を制作するのだった。

『スマイル・オブ・ライフ』は、優れたミュージシャンたちによる音楽を通じた交歓の最も実りある、敬意に満ちた、発展的な一例として、長く聴き継がれるべき作品だ。(柴崎祐二)


※2022年11月3日に久保田麻琴によるリマスタリングでリイシュー(CD、ヴァイナル)

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