柔らかなエネルギー 、大人になるということ
サウス・ロンドンの汗にまみれたポストパンク・バンド、シェイムのイメージはもちろんそれだ。エネルギッシュでフラストレーションを抱えそれを音楽の中に落とし込む。20歳のときに作り上げた輝かしくエネルギーに満ち溢れたデビュー・アルバム『Songs of Peaise』(2018年)、パンデミックの中にあり抑圧された感情を開放したかのようであった2ndアルバム『Drunk Tank Pink』(2021年)、しかしこの3rdアルバム『Food For Worms』(2023年)は少し毛色が違う。
不気味でノスタルジックな夜の世界(つまりこのアルバムのアートワークの世界だ)へ招き入れるかのように奏でられるピアノの音に加わるバンドサウンド。1曲目「Fingers of Steel」のこの時点からもうシェイムのこれまでのアルバムの雰囲気とは違うという感覚に陥る。まるで目の前の観客に叩きつけられるみたいだった演奏が、仲間内に語りかけるみたいにして柔らかな色彩を描いて行く。2曲目の強烈なギターのリフとタイトなドラムで引っ張る「Six-Pack」は2ndアルバムに入っていてもおかしくないような曲だが、その中においてもチャーリー・スティーンは声を張り上げることなく感情の機微を豊かに伝える。あるいはこのチャーリー・スティーンのヴォーカルがこの3rdアルバムの印象を決定づける大きな要因になっているのかもしれない。スローに落とされ少しレイドバックした「Adderall」での語りかけるような歌唱は感情の複雑な味を表現し、演奏と混じり合いゆるやかにその表情を変えていく。「Orchid」でのそれはほとんど読み聞かせのようで、今までのシェイムではなることのなかったような感情にさせられるのだ。
このアルバムの中で幾度となく試みられる静と動の展開にしてもその境目は実になめらかだ。それらはこれみよがしな強調を目的とせずに会話のリズムがただ変化しただけみたいに自然に進んでいく。頷きは相づちに、視線は合図に、そうやって何気ない動作が繋がっていくみたいにして、アクセントがつけられ楽曲が繋げられていく。
アルバムの時間を通してこの音楽は味わい深く近くに存在する。何かを主張するためでも、誰かを説得したり打ちのめしたりするためのものでもない、少しずつ変わりそして進んでいく人生の音楽。このアルバムは友情についてのアルバムだとそんな風にバンドは言っているけれどそれもなにかわかるような感じがする。外に向かって行くのではなく、再び小さな輪の中、自分たちの内側に向かっていくような、これはそんな音楽だ。U2やニック・ケイヴを手がけたフラッドをプロデューサーに、ライヴ・レコーディングの形で録音されたというこのアルバムにはメンバーそれぞれがお互いを気遣うような呼吸が息づいている。完璧さよりも求めたもの、それは生々しいと表現するようなものではなくて、部屋の中で行われたバンドの空気をそのまま外に向けて提示するようなものだったのかもしれない。緩さではない柔らかさ、マルセル・ザマの素晴らしいアートワークと相まって、このアルバムはシェイムのアルバムの中でもお気に入りのアルバムになりそうなそんな予感がしている。シェイムのエネルギーはゆるやかに形を変えて、この音楽の中、柔らかに封じ込められたのだ。(Casanova.S)