風景を写実的に描き、あの瞬間を立ち上がらせる
イングランドのウェスト・ヨークシャー出身で、現在はサウス・ロンドンを拠点とするローラ・グローヴスは、シンガー・ソングライターであり、プロデューサーであり、マルチ楽器奏者。ソロでの活動以外にも、エレクトロ・ポップのグループ Nauticのメンバーであり、バット・フォー・ラッシーズやサンファのサポート、盟友であるルシンダ・チュアやフラン・ロボとの共演など、様々な音楽家と活動してきた。
多彩なこの人の魅力は《XL》から2009年にリリースしたBlue Roses名義のアルバムを聴いても分かる通り、フォーキーなサウンドからケイト・ブッシュのようなバロック・ポップまでを歌いこなす、その歌にある。初めて本名名義でリリースしたこのアルバム、『Radio Red』では、その歌を活かしながら取り組んだ実験的な創作がある。それは、風景を再現しようとする試みだ。
例えば、河川敷に腰掛けて目の前の景色を眺めるだったり、もうほとんど日が暮れてしまった空を見ながら歩いているときだったりに、時間が経過する感覚がなくなるような経験を私はしたことがある。ふと時計を見たら、もうこんなに時間が経っていたとか。逆に、まだこれくらいしか時間が経っていないのか(もっと経っていたと思った)とか。本作を聴いていたら、それに近い体験をした気分だった。景色そのものに加えて、そういった時間の感覚も再現しているみたいに。『Radio Red』の音と詩は、幾つかの風景を繊細に描写している。
それは、1曲目の「Sky At Night」に象徴的に表れている。空と星の光、アルバム・タイトルのラジオ塔を思わせる赤いライトと鉄塔が現れる歌詞から、イメージは浮かび上がる。まるで、その景色の中にある高低を認識させられるように、歌声のリヴァーブも高く響く。ブリッジで二度、同じフレーズが反復して歌われるのを聴けば、コーラスまでの到達時間が少し長く感じられ、コーラスの冒頭で歌われる星の光、その星までの遠さを意識してしまう。そうやって、詩と音によって風景を写実的に描写している。本作で描かれる風景を眺めるように聴いていると、その中にある微細な部分に幾つも気づき、その小さな発見の連続に無意識に集中し、いつの間にか時間が経過する感覚も遠のいていく。
制作の大半の作業は、グローヴス自身によって手掛けられたという。それもあってか、この人が孤独に目の前の風景を見つめている様子を想像するのだが、サンファが参加した2曲は様子が違う。サンファは「Good Intention」でグローヴスの声に呼応するようにバック・コーラスを歌い、二人の声が重なる「D 4 N」では“Just make me feel good”を反復して歌っているのが印象に残る。人と人との関係性について歌われるこの2曲は、グローヴス自身の経験から来るものでもあるだろう。
けれど、レーベルである《Bella Union》のサイトでのグーロヴスの発言を引くと、この2曲についてまた別な側面も見えてくる。「私はよく散歩をするんだけど、街の層が積み重なって見えてきて、他人の物語の面影と私のものとが溶け合っていくんです」というものだ。人と人との物語の重なりは、サンファとグローヴスの継ぎ目なく交わった二人の声から立ち上がってくる。自分以外の誰かの存在や、その痕跡が風景の中に潜んでいることを示すように。
本作では、グローヴス自身の想いも映し出される。中音域から高音域までを行き来するグローヴスの歌は、例えば「Synchronicity」や「Make a Start」で、自身そして他者へ語りかけるように、不安や再起を歌う。それらの歌詞は段々と、反復するシンセサイザーの煌めきと一緒に溶け合っていく。本作を通底する電子音の折り重なる層は、いくら筆を繊細に使っても描けない、抽象的な感情の揺らぎを表現しているように思える。
グローヴスは「曲を書いたり、録音したりすることはタイムトラベルのようで、沈黙や混乱したことを後で読み返し理解するための自分自身へのメッセージのようにも感じている」と話す。そうやって記憶を振り返るようにつくられた本作からは、グローヴスが過去に目にした風景が幾つも立ち上がってきた。自身のスタジオから見えたという2つのラジオ送信塔の赤い光がアルバム・タイトルになっていることも、風景を再現する装置としての本作を象徴している。(加藤孔紀)
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