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曽我部恵一: Memories & Remedies

2022 / Rose
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人間の肉体と魂の最深部へ

28 August 2022 | By Dreamy Deka

今年の5月から6月にかけて、計4回ほど曽我部恵一のライヴを観た。サニーデイ、擬態屋(写真家・佐内正史とのユニット)、そしてソロの弾き語り。様々な形態による表現に触れて改めて感じたのは、私たちと変わらない一人の生活者として過ごす日常風景と、その裏側に広がる極めて個人的かつ抽象的な世界観を、一つのポップ・ソングとして接続させていくアーティストとしての桁違いの想像力と身体能力。7月にリリースされたサニーデイ・サービスの最新曲「冷やし中華」はまさに日常と宇宙を繋ぎ合わせた、その象徴とも言える楽曲だと思っている。しかし8月26日、奇しくも曽我部恵一の誕生日に発表された『Memories & Remedies』は「アンビエントアルバム」と称されている通り、彼の音楽の中心にある歌と言葉、メロディすらも切り離した、「アブストラクトな曽我部恵一」を凝縮した作品と言えるのかもしれない。

コロナ禍以降に激変した都市の風景、生活習慣や価値観を反映するかのように、日本の音楽シーンにおいてもアンビエント・ミュージック、あるいはその要素を取り入れた作品の存在感が際立っている。例えば、岡田拓郎とduenn 『都市計画(Urban Planninng)』2020年)、パソコン音楽クラブ『Ambience』(2020年)、やけのはらを中心としたユニットUNKNOWN ME『Bishintai』(2021年)。また生楽器やバンドサウンドと融合させた作品としては、Your Song Is Goodのギタリスト・吉澤成友が(((さらうんど)))のXTALをプロデューサーに迎えた『Guitar Esquisse Volume One』(2021年) 、Taiko Super Kicksの連作『山』『川』(共に2021年)など、少し振り返っただけで良作をいくつも挙げることができる。そしてもちろん曽我部恵一の新作も、これらの作品に連なるものとして位置づけることができるだろう。

しかし、人間とそれを取り巻く都市や社会との関係性をサウンドスケープとして描いていく手法をアンビエント・ミュージックの王道とするならば、日本語で「記憶と治療」と名付けられたこの作品が立つ場所は異端とも言える。レーベル資料によると本作は、7月末に新型コロナウイルスに罹患した曽我部が、高熱が続いた後の療養期間中にリハビリしながら制作されたものだという。彼の音楽に対する飽くなき情熱を知るファンとしてはまったく想像もできないが、「レコードをターンテーブルに載せる気持ちにもなれない」「感情がうまく出てこない」と本人が振り返る日々の中で作られた作品なのである。よってここには、アンビエント・ミュージックにおける客体として配置されるべき社会や自然はおそらく存在していない。生命としての実存すら揺らぐギリギリの日々の中で、ひたすら自己という内面世界に深く潜り込み、光を取り戻していく旅の記録と言うべきものなのではないだろうか。

繰り返し聴くたびにその表情を変えていく楽曲たちだが、まず印象に残るのは全編にわたって途切れることなく鳴らされているドローン的な持続音だ。旋律を持たずノイズと音楽の間を絶えず揺蕩うような音は、コロナウィルスによって鋭敏さを失われた五感の象徴のようにも聴こえるし、多くの楽曲で用いられている逆回転するリバーブ音と重ね合わせれば、私たちが生まれる前に母親の胎内で聞いた羊水の音を探し求めているようにも感じられる。そして現れては消えていくメロディの断片たちは、リズムや小節といったあらゆる約束ごとが始まる前の、音楽の原始の姿のようである。こうした意味の世界から切り離された音の海に静かに身を沈めていくと、人間の肉体と魂の最深部へと迫っていくような感覚に包まれていく。

この作品を聴きながら、6月の初めにあるお寺で観たライヴの時に、お父さんが亡くなってから幽霊を見たいという気持ちが強くなっている、と曽我部が語っていたことを思い出した。そんな記憶と共に穏やかなループを繰り返すM5「Portrait Of Father」を聴き直しながら、自分が命の終わりを意識した時に思い出す光景はいったいどんなものになるのだろうか、などと考えている。(ドリーミー刑事)


 ※CDは9月17日発売

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