ポストコロナ時代の2023年における《Planet Mu》の最初の一手
1995年の創立以降、魅力的なエレクトロニック・ミュージック作品をリリースし続けるレーベル《Planet Mu》。2023年もオースティンを拠点に活動するDJ Girlやペンシルバニア州出身のNondi_など、フットワークやIDM、マイアミベースといった様々なダンス・ミュージックを横断する気鋭のアクトの新作に加えて、シカゴのジューク/フットワークを代表するDJ、RP Booのデビュー作『Legacy』(2013年)の続編となる新作『Legacy Volume 2』も控えているなど注目のリリースが続く。ブライトン出身のプロデューサーであり、《Planet Mu》の主宰、Mike ParadinasのパートナーでもあるLara Rix-MartinことMeemo Commaの最新作『Loverboy』はそんなレーベルの2023年最初のアルバム・リリースとなる。
ブレイクコアを自身のルーツの1つであると語るLara Rix-Martinであるが、本作には、90年代のブレイク・ビーツやジャングル、テクノといった彼女自身が発見していったであろうダンス・ミュージックのエッセンスが随所に散りばめられている。
エクスペリメンタルなエレクトロニック・ミュージックであった前作『Neon Genesis: Soul Into Matter²』においても、例えば「Tif’eret」や「Neon Genesis: Title Sequence」のようなトラックでは、(時にさりげなく)ジャングルやドラムンベースのビートが使われているが、本作では、かの時代のダンス・ミュージックのサウンドやビートをよりストレートに解釈したトラックが際立っているのが特徴の1つだろう。そしてそれは、Nia ArchivesやPinkPantheressといった、Y2K時代のダンス・ミュージックを現代の感性でアップデートしている若い世代のアーティストとの同時代性をも感じさせるものになっている。ドラムンベースのビートに、印象的なコーラス・ヴォーカル(《The Quietus》のレヴューではオービタル「Belfast」と「Halcyon On and On」が引き合いに出されている)を組み合せた「Cloudscape」で本作が始まることは、このアルバムにおける90年代のダンス・ミュージックの優れたパスティーシュとしての側面を象徴しているようにも思える。
前述の部分では90年代のレイヴ・カルチャーへのノスタルジーや憧憬を抱かせる要素を多分に含んでいるであろう本作ではあるが、Lara Rix-Martinは、同時に《Planet Mu》のアーティストらしい実験的なエレクトロニック・ミュージックの作り手としての顔も覗かせている。ドラムンベースをベースにしながらもbpmが激しく変動する「Ignite」のようなトラックはその最たる例の1つと言えるのではないだろうか。或いは「Crisis」や「Andro」のようなランダムにビートが入り乱れるようなトラックからはオウテカといった先達を思い浮かべることもできるだろう。
本作『Loverboy』における、90年代レイヴ・カルチャー時代のダンス・ミュージックを一つのベースにした、ヴァラエティ豊かなダンス・トラックを聴いていると、さながらパーティーの多幸感や興奮、時には悪夢のようなバッドトリップ感覚までを味わっているようでもある。その意味では、例えばナイトライフの1日をコンセプトに作られたメトロノミーの2008年の傑作『Nights Out』のように、パーティーの現場における悲喜こもごものバイブスを表現した作品であると言えるのかもしれない。
先行きは若干不透明ながら、(一応は)ポストコロナ時代の入口でもあるだろう2023年に、このようなダンス・ミュージック作品がリリースされたことは、ナイトライフという日常が戻りつつある現在を映しているようでもあり、それは少しばかりポジティヴなことのようにも思えてくるのである。(tt)
※フィジカルはヴァイナルのみ