Review

The Weather Station: Humanhood

2025 / Fat Possum
Back

資本主義、心と身体のディスコネクト──現代の病にあてた処方箋

04 May 2025 | By Nami Igusa

ザ・ウェザー・ステーション(タマラ・リンデマン)は、批評筋から賞賛を浴びた『Ignorance』(2021年)に続き、アコースティックな小品集『How Is It That I Should Look At The Stars』(2022年)をリリースしている。これは『Ignorance』と同時期に作られたスピンオフのような作品で、実質的には本作『Humanhood』が “新作” だ。本作でも、アーケイド・ファイアやザ・ナショナルといったフォーク・ロック系のサウンドのアーティストに流麗なアレンジメントをもたらしてきた、モントリオール出身のプロデューサー=マーカス・パキンが『Ignorance』から続投。また、初期作を手がけたサンドロ・ペリを中心に、フォークやカントリー / ブルーズとジャズが混然一体となって実験性と甘美さの同居する音楽性を育んできたトロント・シーンの水脈が、引き続き彼女のバックを支えている。

そんな本作も、バンドと微かなエレクトロニクスを伴った『Ignorance』のアレンジを踏襲する作品、ではある。が、機械的なビートが孕むヒヤリとしたムード、気候変動や資本主義、植民地主義に対する批評性を伴ったリリックも相まってある種の緊張感もあった『Ignorance』とは、その聴感は大きく異なる。この『Humanhood』はもっと、流動的で、時に脆く、そして人肌のように温かい。もしかすると、そこに物足りなさを感じたリスナーも多かったかもしれないが、あえて言おう、この『Humanhood』は『Ignorance』と相互補完的な作品であり、紛れもない続編でもある。

プロローグ的な1曲目を通過して始まる冒頭の「Neon Signs」は、美しいピアノのリフレインと軽やかな疾走感のあるバンド・サウンド、とアレンジこそアップリフティングではあるものの、リリックではピカピカ光るネオン・サインが駆り立てる欲望が、焦燥感と無気力さという矛盾する感情を増幅させる、信頼なき資本主義がもたらす現代の病としての憂鬱さを描き出す。また、風通しの良い躍動感を携えた「Widow」は一方で、心と身体の “接続の悪さ” のもどかしさをリリックに映し出し、それを「身体は動きたがらないけれどでも外に出なくては……」という雨の日の心持ちのメタファーで表現。さらに、スポークンワーズのみの「Irreversible Damage」では、相手(トロントのセラピストらしい)との会話をそのまま使用し、喪失や心が粉々になってしまったような感覚について吐露している。要するに、リンデマンが本作でフォーカスしているのは、身体と心のディスコネクト、そして、自分と世界の繋がりについてのバランスについて、なのだ。

こうした痛みと混乱の感覚は、彼女の個人的な経験からくるものだそうで、中でもそれをそのまま反映したという「Body Moves」では、自分自身の体が自分の意のままにならない状態を表現。そして、自然の中に身を置くことで心身の感覚を次第に取り戻していく様子を描写しているのが、まさしく「人間」を冠したタイトル曲の「Humanhood」だ。ちなみにこの曲で彼女は、その取り戻した人間性のことを、“citizenship”=市民権と呼ぶ。ここには、人間性を失わせる現代社会に対し、本当の人間性とは何か、と訴える批評性も感じられるかもしれない。

だからこそ、逆にアレンジは柔らかく開放的に、温かな人間性を…… そんな意図があったのかもしれない。生命としての人間の人間らしさとは、良いときも悪いときもあって、流動的に揺れ動くものだから。『Ignorance』以上にセッション的に作り上げたという即興性のあるアレンジにも、確かに感性と身体のライブリーな繋がりが宿っているように思える。ちなみに、本作にはサム・アミドンも参加しており彼のバンジョーや、そのほかフィドルなんかも取り入れられており、リンデマン自身に親しみのある山岳(若き日の彼女はスノーボーダーだった)を思わせるところもある。

ところで、リリックという観点からリンデマンが “北極星” と呼ぶ先人のうちの一人が、同じくカナダ出身のレナード・コーエンなのだそう。ラストの「Sewing」では、「マシンメイドで一切つなぎ目がないものが良いという人もいるが、私は、良いことや悪いこと、人生で経験する相反する感情同士を繋ぎあわせて(つなぎ目のある)キルトを作りたい」といった趣旨の、見事な比喩を用いたリリックを紡いでいるのだが、これにはふと、コーエンの「Anthem」の有名な一節「すべてのものにはヒビがある。そして、そこから光が差し込む(There is a crack in everything / That’s how the light gets in)」が頭をよぎったのだった。

良いときも悪いときも、痛みも再生も、その揺らぎを感じ取れる心身こそ、人間の人間らしさそのものだ。身体や心が自分ではないものに支配され自由に動けなくなってしまう現代の病に、今一度目を向けさせる力が、本作には確かにある。ポリティカルなテーマを直接表現したものではないにせよ、この『Humanhood』はやはり『Ignorance』と同じ目線をもった、コインの裏表のような一枚と言えるのではないだろうか。(井草七海)

More Reviews

1 2 3 78