Review

Radian: Distorted Rooms

2023 / Thrill Jockey / HEADZ
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掴みどころとしてのビート、子音としてのノイズ

03 October 2023 | By Shoya Takahashi

ラディアン(Radian)はオーストリアはウィーン出身、ドラマーのMartin Brandlmayrを中心とするエクスペリメンタル・トリオである。トータスやスティーヴ・ライヒ、カンなどをルーツにもつ彼らは、ポストロックやグリッチを行き来しながら、シカゴ音響派と共振しつつ、20年以上にわたって活動してきた。そんな彼らの7年ぶりとなるアルバムが『Distorted Rooms』である。このアルバムを聴く上で注目すべき点はふたつある。

一つは、聴いていると非常にリズムやビートに意識が向く作品だということだ。例えば「Cold Suns」や「Skyskryp12」のダウンテンポ〜トリップ・ホップ風味のビートや、「Stak」のクラウトロックのようなドラミングを聴いてみる。少なくとも、前々作『Chimeric』(2009年)や前作『On Dark Silent Off』(2016年)がポストロック〜マス・ロック的な不規則で捉えづらいドラムやビートを据えていたのに比べると、本作がよりリズムそのものの快楽性に接近した作品であることは明白だ。彼らのキャリアを振り返ると2000年代の彼らの代表作『Juxtaposition』(2004年)もまた、Brandlmayrによる一定のリズムを刻むドラムが印象的だった。だが本作『Distorted Rooms』のビートをよくよく聴いてみると、「C At the Gates」では太鼓の響きがグリッチ・ノイズと融合していたり、「Cicada」ではドラム、ギター、ベースの全てをリズム楽器として鳴らしたり。「Cold Suns」ではパーカッションのように聴こえる音がそもそもドラムによるものではなかったりと、リズムに対するアプローチが従来の作品とは異なるものであることが伺える。しかも、これまでのラディアンの作品がどこかノイジーで激しい印象があったのに比べると、本作のサウンドデザインは非常に静謐なものとして仕上げられている。余白を多くもつことで、残されたビートは“掴みどころ”になる。音楽性はもちろんポップからは遠いが、『Distorted Rooms』はキャリア史上もっともキャッチーなアルバムに思える。

もう一つ注目したいのは、ノイズである。Bandcampで明らかにされている情報によれば、本作は従来のアルバムと同様、レコーディング環境で発せられる微小なノイズの録音から始まっているそう。ピックの擦れる音やアンプのヒスノイズ、ペダルのスイッチのオン/オフやギターのピックアップの切り替えによるグリッチ音などを加工、増幅することによって、楽曲の表情を作っているのだ。つまり、CDの音飛びやジャズ・レコードのノイズに着目することから始まったオヴァル(Oval)『94diskont.』(1995年)やヤン・イェリネク『Loop-finding-jazz-records』(2001年)を、ほぼ人力に近い形で再現するような試みとも言えるかもしれない。《PopMatters》でJohn Garrattは本作に対して作曲家、ポール・ランスキー(Paul Lansky)の参照を指摘している。ランスキーの代表作『More Than Idle Chatter』(1994年)は、加工された喋り声をシンセの音色を重ね合わせたレコードだ。『〜Idle Chatter』のような彼の作品はソー・パーカッション(Sō Percussion)など打楽器の演奏者たちにも影響を与えたが、それはこの作品が喋り声の“子音”の部分に焦点を当てた音楽だったからだと思う。ランスキーはこの作品以外にも、子供の声や話し声の合成音への取り組みで知られる。元々ミルトン・バビットに学び現代音楽の素養をもったランスキーは、話し声における“子音”に無調音楽としての要素を見出したのではなかろうか。話をラディアンに戻す。従来のアルバムでは、キーボードやギターによるロングトーンや和声が用いられていたのに比べると、本作はもっとギターのような音を非楽器として使っているように聴こえる。彼らは、楽器による器楽音的なサウンドを“母音”とするならば、機材が発する雑音や操作で生じるグリッチ・ノイズを“子音”として用いているかのようだ。そこに彼らのどんな思惑があるかは察することができないが、この試みによってラディアンのサウンドが長いキャリアを経てさらに更新されたのは確かだ。個々の楽器の音に注視する必要はなくなった。一定のリズムに身を任せ、音のニュアンスにのみ耳をそばだてよう。(髙橋翔哉)



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