思いつきを肯定するポップ・シンガーとしての2作目
カリフォルニア州パロアルト出身、シンガー・ソングライター兼プロデューサーのレミ・ウルフ。シチリア人の母とロシア系ペルシャ人の父の間に生まれ、2018年に南カリフォルニア大学ソーントン音楽学校を卒業するものの、従来の型にはまった授業は退屈そのものだったという。すでに2013年からバンド活動を始めていたのも関係していると思うが、彼女はADHDであることを公言している。同時に、LGBTQであることも初期の頃からリリックで綴っていた。多くのアーティストが内省的でパーソナルな楽曲を作り歌うように、ウルフは一貫して自己の探究をする。むしろ、それが最善なのかもしれない。興味関心の持てない対象にはドーパミンがでないように、彼女は自分の好きをよく知っているのだろう。「愛について書くことが好きで、自分の心や自分の身体について書くことも好き」と語るとおり、セカンド・アルバム『Big Ideas』でも端々に彼女の経験が描かれている。そして自ら「ファンキー・ソウル・ポップ」と表現する多彩なサウンドは、情感の込もったヴォーカルによって進んでいく。
今作『Big Ideas』は「ファンキー・ソウル・ポップ」で言うと、ポップの比重が増えている。それは前作『Juno』(2021年)から随分と各パートの境界が明瞭になっていること。加えて、ほとんどの余白を埋めていた16ビートやリズム・セクションに代わり、ヴォーカルを前面に出したことも関係しているだろう。そして、ウルフがこだわっている「どの部分がサビかわからないほどのキャッチーなメロディー」は鋭いフックとなりアルバムを通して繰り返される。とくに印象的なのが「Soup」だ。「Woo!」(2021年)でADHD的に愛を爆発させたと話していたが、この楽曲も彼女らしさのあるラヴ・ソングだと思う。病気になった恋人を献身的にサポートする歌詞は、ADHDの多くが非日常で覚醒すること、他人のためなら苦労を厭わない強さが表れているようだ。サウンドも、80年代に多く使用されてきた暖かみのあるFMシンセの倍音、やわらかなシンセ・ベルが切ない感情を掻き立てる。なによりもヴォーカルを音として捉えるダイナミックな音節の動きが斬新に感じられた。
こうした実験的なソングライティングで言うならば、「Wave」の進行もそうだろう。彼女の作品は、ヴァース、プレコーラス、コーラスといった基本的な構成に従っていないことが多い。それでも、ゆったりと歯切れのいいギターのカッティングから奥行きのあるロング・トーンのギターに切り替わる様は、スカ〜レゲエと90年代のハード・ロックを軽やかに行き来している。こうした遊び心のあるアイディアや細やかな音色のニュアンスを再現するには、大学の頃から共同制作を行うプロデューサー、Jared Solomonの協力も大きいと感じる。ほかにも「Alone in Miami」をはじめ、今作はシンガーとしてもパワフルな歌い回しやメリハリの効いた表現が多いのが印象的だ。ウルフが愛聴する、ジャニス・ジョップリンを思わせたと言うと大袈裟かもしれない。ただ、ラジカルな表現のなかに切なさを含んだ歌声には、ふと重なる瞬間が確かにあった。
『Big Ideas』は直感で音楽制作をする、レミ・ウルフの“思いつき”かもしれない。「Kangaroo」の歌詞に「このカベルネ(赤ワイン用のブドウ品種)がみんなを救ってくれる」と出てくるのも、2020年からアルコール使用障害で断酒を続けている、彼女の率直な思いつきだろう。たとえ思いつきでも、常に自分を肯定するレミ・ウルフの予測できないアイディアは今作『Big Ideas』で成熟してきている。それに予測できないから面白いと感じるのだろうし、彼女の作品に惹かれるのだろう。ウルフの言葉で言えば、「あなたはあなたらしく、わたしはわたしらしく」これからも、その思いつきで楽曲を彩ってほしい。(吉澤奈々)