東郷清丸、コロナ禍の今、本音を語る
「ライヴもどんどんキャンセルになっていてさすがに大丈夫ってわけじゃないし不安もある。
でもわりと冷静でいられています。
それはやっぱり去年一年間の活動のおかげだなって」
東郷清丸が2019年10月5日(東郷の日)に《渋谷WWW》で行ったライヴ音源『超ドQツアーファイナル at SHIBUYA WWW(2019.10.5)』が3月18日に配信リリースされた(同タイトルの限定DVDも発売中)。これまでに『2兆円』『Q曲』という2枚のアルバムをリリースし、ファン、ミュージシャン、評論家のいずれからも高い評価を得ながら、どこか正体不明の雰囲気を漂わせていたアウトサイダー・東郷清丸。本作は単なるライブの記録に留まらない、彼の音楽家としてのスケールの大きさを余すことなく伝える、まさに集大成と言うべきものとなっている。現在の日本の音楽シーンに注意を払っているリスナーであれば、厚海義朗、カワイヒロトモという鉄壁のリズム隊に加えて、角銅真実、谷口雄、あだち麗三郎、吉田悠記(NRQ)にmei eharaといった錚々たるゲスト・ミュージシャン、そしてライヴPAに葛西敏彦というクレジットを見ただけでも、このライヴの重要性は十分伝わるかもしれない。しかし、何よりも注目してもらいたいのは、これだけの気鋭の演奏家・エンジニアを一つにまとめ上げて自身のイメージを具体化させた東郷清丸の創造力と、彼らのハイレベルなパフォーマンスとの相乗効果でさらに高いところへ登っていくような、彼のボーカルとギター、つまりミュージシャンとしての肉体性にあるように思う。特にライヴ終盤で披露された「美しいできごと」における、彼特有の湿度を持った妖しくも美しいメロディーが、さりげなくモダナイズされたリズムと絡み合いドラマチックに昇華していく様は、彼がこの日たどり着いた場所の高さを象徴しているように感じた。 一方このDVDを観て、ライブの内容とはまったく別の次元において驚いたことがある。それは、ライヴハウスという空間に多くの人が集まり声を上げているという光景を懐かしく思ってしまった自分の感覚に対して、である。新型コロナウィルスによって、今までは当たり前だったのものが見えないところまで遠ざかってしまった2020年。この緊急事態が音楽産業に与えるダメージは未だ計り知れないが、特に東郷清丸のような大手のレコード会社や事務所に所属しないアーティストにおいては、死活的な局面を迎えていると言うことは間違いない。昨年5月に行ったインタビューにおいて「現代というディストピアの中で、何を見つけていくのかということが表現上の大きなテーマ」と語っていた彼は、未知のウィルスによる生物としての危機とそれに伴って生じる経済的な危機によって混沌の度合いを高めていくこの社会をどう捉え、乗り越えようとしているのか。電話によるインタビューで率直に語ってもらった。(取材・文/ドリーミー刑事)
Interview with Kiyomaru Togo
——まずは『Q曲』、アップルビネガーアワード(ASIAN KUNG-FU GENERATIONの後藤正文が主催する新進気鋭のミュージシャンが発表したアルバムに贈られる賞)特別賞受賞おめでとうございます。
東郷清丸(以下、T):ありがとうございます。こんな状況なんで、もう本当にありがたいです(笑)。
——後藤正文(Gotch)さん、日高央さん、福岡晃子さんといった、音楽シーンで革命を起こしてきた、そうそうたる面々に評価された気持ちはどうですか?
T:アジカン、ビークル、チャットモンチーって、僕の高校生時代にドンピシャのバンドなので、当時の自分に教えてあげたいです。こういう目に見える評価が得られると、ずっとやりたいと思っている海外ライヴの話とかも進みやすいと思いますね。
——座談会の中でGotchさんが『Q曲』について、この作品に参加しているミュージシャン・エンジニアの人選から「東京インディーの流れを汲んだ作品」と評価されてました。結果的にはそう見えるかもしれないけど、そういう流れを意識したわけではないですよね?
T:そうなんですよね。全然汲んでない(笑)。一人ひとりの人柄重視で、ノリでオファーした感じです。
——そんな誰の系譜にも連なっていない、いわばアウトサイダーである東郷清丸が、本当にすごいところにたどり着いたんだなと、先日配信リリースされたライヴ盤『超ドQツアーファイナル at SHIBUYA WWW』を聴いて実感しました。
T:ありがとうございます(笑)。でも、僕自身はライヴ中の記憶があんまりないんですよ、実は。
——そうなんですか。
T:もう事前の準備が大変すぎて。まずは主催者としてこのライヴを興業として成立させなくてはいけないということがあったし、この日はライヴ以外にも会場で展示(超ドQ展)をやっていたし。あとは参加してくれたミュージシャンがそれぞれ活躍しているので、リハーサルの日程調整がとにかく大変で。全員が集まって合わせた日って一度もないんですよ。いろいろな部分が「じゃああとは本番で」みたいな感じになっていて。
——それはめちゃくちゃ不安だったのでは?
T:不安かというと意外とそうでもなくて、僕と河合君(kauai hirótomo)と厚海(義朗)さんの三人とはみっちりスタジオに入れたし、ツアーも一緒に回っていたので、バンドの屋台骨はどっしりしていた。そういう安定感が他のミュージシャンの方に伝わったのか、演奏がすごくやりやすいと言ってくれてました。
——3人で回ったツアーでの成熟があったんですね。
T:『Q曲』というアルバムは、すぐに言葉で理解できるもの、説明できてしまうものや、ブームとかシーンとかわかりやすい文脈みたいなものはなるべく排除して、「なんでこうなったんだろ?」とか、「なんか気になるぞ」という言葉にしづらい感覚を拡張しながら音にしたんですね。だから出来上がったものは自分で見ても謎なものになっていたんです。それをツアーで何度も演奏することを通じて改めて「この歌詞の意味はこうだったんだ」というようなことを掴んで、理解していったんですね。そのおかげでツアー終盤には他の演奏者の人たちにもより明確に意図を伝えられるようになったし、みんなもそれぞれ自分で解釈してくれるようになっていったので、ツアーが始まった頃とこのツアーファイナルでグルーヴは全然違うものになりました。
——バンドの演奏には音源以上のエネルギーがみなぎっているように感じたし、それにつられて清丸さんの歌のテンションも上がっていく様子が感じられました。
T:もうライヴの本番が始まる瞬間が、自分の仕事の終わりだったんですよ。だから本当にすべて忘れて夢中で演奏したって感じでした。
——あだち麗三郎さん、角銅真実さん、谷口雄さんといった百戦錬磨のミュージシャンを束ねる大変さはあったんじゃないですか?
T:これがそうでもないんですよ。みんないろんな場所で演奏してる人たちなので。もちろん大人数でリハーサル・スタジオに入る前までは、この大所帯のバンドは初めてだったし、本当に音楽が成立するのか?という不安もあったんですけど、音を出したらもうこれはもう全然大丈夫だなって。
——葛西敏彦さんによるライヴPAもダイナミックでしたね
T:ほんとにいいですよねー。ディレイ処理とか、葛西さんがちょっとミスしてるところもあるらしいんですけど、それもそのまま音源として残してくれています。もちろん、僕自身のミスもあるんですけど。でもそれが全然問題にならない感じなんですよね。
——聴いていてもそう思いました。その理由はどこにあるんですかね?
T:こないだ葛西さんが「清丸の現場は、ミュージシャンがみんな「楽しかった」って言いながら帰っていくんだよね」って言ってくれたんです。普通はもっと反省したり、なんとか乗り切ったぞ、みたいな感覚になるのかな…。僕はあまり他の現場を知らないのでわからないんですけど。
——山下達郎のバンドとかはそういうイメージがあります。
T:それはくぐり抜けたって感じでしょうね、死線を(笑)。そもそも僕はあんまり譜面を正確に再現してもらうということに重きを置いてないんです。それよりもミュージシャンがいきいきとしていれば大丈夫だと思っているし、スタジオでも楽観的なんですよね。だから楽屋でおいしいコーヒーを淹れるとか、おいしい食事を食べてもらったりして、いきいきしてもらうのが一番大事だろうなって。音を出す前のことから、《Allright》スタッフみんなのアイデアも取り入れつつ工夫したりはしています。
——セットリストの前半は『Q曲』、中盤からは『2兆円』の曲が中心になっていて、今までの東郷清丸のベスト盤のような感じですね。
T:セットリストを決めていく時に、これはもう生前葬だなって思ってましたね…。
——生前葬(笑)。
T:まあ生前葬は何度やってもいいわけですから(笑)。でも、準備をしている時は本当にこのライヴをどう良くするかしか考えられなかったんで、このセットリストなら、終わった瞬間に死んでも大丈夫だなというくらいのことは思ってました。
——確かにこのアルバムを聴くと「この人、こんなに全部やりきっちゃってこの後どうすんのかな」とは思っちゃうくらいの集大成感がありました。
T:今はまた、こういうことやりたいっていうアイデアは出てきてますけどね、ちょっと時間はかかりそうですけど。音楽だけではなくて、活動のやり方そのものも含めて。
——コロナのこともありますしね。
T:そう。やっぱりコロナをきっかけに仕組みの再編が音楽業界でも起きるんだろうなって思ってます。だから僕たちももう一回やり方を考えていこうと。そうしないといずれ僕も活動ができなくなってしまうって思ってるので。
——清丸さんが『Q曲』で描いた世界とか活動の仕方って、言い方が良くないかもしれないけど、ある種の予言性があったように思うんですよね。まず「この世は厳しいものである」という状況認識があって、だからこそ「それを乗り切っていくこと自体を表現としてしまおう」という意思がある。今コロナでひどいことになっている世界に対して、何を考えているかを聞いてみたかったんです。
T:ライヴもどんどんキャンセルになっていてさすがに大丈夫ってわけじゃないし、不安もあるけど、わりと冷静でいられています。それはやっぱり去年一年間の活動のおかげだなって。たまたまではあるんですけど、そういうシビアな感じを早く感じざるを得なかったというか。
——シビアな感じとは?
T:音楽的にはとても豊かなことをやれたと思っているんですけど、レーベル主催者としては全然ダメだったということですね。ツアー・ファイナルもその後にやったクリスマス・パーティー(イベント)も利益を上げることができなかった。それはひとえに僕のバランス感覚の甘さのせいなんです。せっかく僕の音楽やライヴに関心を払ってくれて、同時にお金も払いたいという気持ちもある人たちが集まってくれたのに、音楽をつくるのに必死で、それをお金に換える出口をちゃんとつくれなかった。せっかくあんなに楽しいライヴで僕もお客さんも楽しかったのに、利益という結果がついてこなかったことにショックを受けたりもして。終わったあとで機材を売り払って穴埋めをしたりして(笑)。
——めちゃくちゃ大変な話じゃないですか…。
T:こういうことを聞いたらいやな気持になる人もいるかもしれませんけど、結構それは当たり前のことだとも思っていて。むしろちゃんと最初からお金の計算できて、こういう損失が出ることが分かっていたら、機材を売ることだってみんなで楽しめる企画にできたかもしれないし。
——赤字を埋めようオークションとか?
T:そうそう、例えばですけどね。いずれにせよ僕は、このままでは音楽活動ができないし、レーベルとして成立しなくなるという現実に直面したんですよね。だからもう一回自分がいったいなにをやりたかったのかということを落ち着いて考えてみたんですよね。子供も生まれてくることもあったし。
——なるほど。
T:そういう流れで考えるとつい音楽ではない道を選びそうになっちゃいそうなんですけど、そもそも「音楽か、生活か、仕事か」みたいな選択すること自体が近現代のフレームワークにはまってしまっている感じもしてなんか嫌だなって。音楽は好きだし、活版印刷も好きだし、家族のことも好きだし。だからそれに囲まれて生きていけば、本当は全然幸せなはずなんですよ。もしかするとそこには「明日死ぬかもしれない」っていう原始時代にも似たリアルな生存の恐怖もあるかもしれないけど、それを工夫とアイデアで、死なないように乗り越えていく面白さもあると思う。
——それって、やっぱり自分に自信がないとそう思えないですよね。それがすごい。
T:自信はありますね。うん。
——しかもお金の話って、ミュージシャンはあまりしないですよね。伝統的に。
T:(これまでの)音楽業界は、もちろんファンを大事にはするけど、やっぱりどこか顔の見えない消費者として線を引いているからかもしれない。ファンも自分のことを顔が見えない匿名的な存在だと思っているし。でも、そういう関係性に僕はあんまり興味がないんですね。ツアー・ファイナルは350人くらい集まってくれたんですけど、地方から来てくれた人が多かったんですよ。チケットを自分たちのオンラインストアでも売ってたから発送先がわかるんですけど、47都道府県の半分くらいから来てくれたんです。チケットが発売と同時に売り切れてしまうようなアーティストやシーンもあると思うし、僕もそういうところを目がけてやろうという気持ちもあったんですけど、僕の表現が深く刺さっている人はそういうことじゃないんだなって思い直しました。
——点と点で深くつながっている感じ。
T:なんというか、熱量が高くて変なんですよ、僕のファンの人たちって。こういう熱量を持ったファン・ベースを大きくしていくことも今は大事だし、一方で、大きすぎてもいいことばかりじゃないはずで。ちょうどいい規模はどの程度かってイメージしつつ、継続的に安定した活動を目指しながら、次のステップを考えて、またみんなに面白がってもらえれば最高だなって思います。
——アーティストもファンも一緒に活動をつくっていくような。
T:こないだお誕生日配信っていうのをやったんです。僕も自分の誕生を祝ってほしかったし、祝いたいという人たちもいるだろうと思って、みんなからの「おめでとうの気持ち」を1000円オンラインストアで販売してたんです。そのおめでとうを買ってもらう度に、僕がファンの人が書いてくれたメッセージを読み上げながら、準備していた花を一本ずつ活けていく姿を配信するという。
——それを事務所じゃなくてアーティスト本人が企画するところが、さすがと言うか。
T:アイドル業界はそういうことをしっかりとシステムにしてますけど、音楽業界は新しいことをやるのにあまり興味がない気がする。僕も今までだったら普通に配信するだけだったと思うんですけど、そうやってひと工夫することで、祝ってくれた人も楽しかっただろうし、僕もその収益を使ってまた新しいことができるという循環が生まれたんですよね。ついでにその会計もオープンにすると、ファンの方も結果を追えて楽しい。
——明朗会計なんですね。
T:そう。国もこうしたらいいのにって(笑)。
——でも、規模にこだわらないという新しい考え方は理解する一方、東郷清丸の表現が《Mステ》に出るくらいに広まったら面白いことになるぞ、という期待もあるんですよね、ファンとしては。
T:そうなんですよね。それは絶対面白いです。でも気がついたらそうなったりもするんじゃないですか(笑)。正攻法ではないやり方で。
——出た、清丸節。ちなみに今決まっている活動予定はあるんですか?
T:ないです。ライヴも全部とんじゃって。リリースもしたいんですけど。あまり燃料投下のためだけに音楽をつくりたくないなという気持ちもあって。「2年に一回はアルバム出さないとシーンの中で忘れられちゃうから、この辺で発表しておこう」みたいなのはあんまり…。
——なるほど。
T:あと、『Q曲』の制作を通じて、気の合う手練れのミュージシャンや一緒に深く考えてくれるエンジニアと一緒に、しっかりお金をかけてやれば良い作品ができるということは分かったので、次はもう少し違うやり方で作品をつくっていきたいと思ってます。例えばライヴで演奏しながらゆっくり完成させていったり、葛西さんと実験しながら新しい音像を探したり。同じ作り方はもういいっていうか、飽きちゃうし。
——同じところに留まれない人なんですね。
T:そうなんですよ。だから(アップルビネガーアワードの講評で」Gotchさんが僕のことを「とっちらかった何かのまま、ちょうどよくおさまらずに、そのままアップデートしてここにいる」とおっしゃったのはまさにその通りで、僕はずっとそうなんだろうなって。
——じゃあこれからもずっと「東郷清丸ってなんなんだ?」って言われるかもしれない。
T:そうそう。あれはいったいなんなんだ?と言われ続ける。
——でも、ファンとしては早く新曲聴きてぇ…という気持ちもありますよ
T:そうですねー。いや、わかりますよ(笑)。
——本当にわかってますか? 分かってないんじゃないかこの人は、と不安になります。
T:いやどうだろう。分かってない可能性もあるかもしれません。アイデアや断片はありますけどね。
<了>
Text By Dreamy Deka