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《The Notable Artist of 2022》
#1

Huerco S.


──アンビエント・ミュージックの向こう側へ駆けていく

アメリカはカンザス州ユーポリア出身のエレクトロニック・ミュージックのプロデューサー/作曲家、Huerco S. ことブライアン・リーズ。Opal TapesやFuture Times、あるいはダニエル・ロパティン(ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー)が主宰していた《Software》からもリリース経験のある彼が耳目を集めるきっかけとなったのが、ハウス・プロデューサーのアンソニー・ネイプルズ主宰の《Proibito》からリリースされた『For Those Of You Who Have Never (And Also Those Who Have)』(2016年)だ。彼はガス(ウォルフガング・ヴォイト)の『Pop』や日本の環境音楽の先駆者、吉村弘の『Pier & Loft』などをリファレンスとし、繊細なメロディ(それは吉村から受け継がれたものだ)に催眠的でローファイな電子音をマーブル状に滲み込ませ、不明瞭なアンビエント・サウンドを作り上げた。ガスのように音を音で覆い尽くすようなオブスキュアなアンビエントとはいささか趣が違う、解像度の低い電子音で美しく繊細なメロディさえも抽象的でほんのりダークなものへと変えてしまうような、いわばスマッジなアンビエント・サウンドは、時には我々を夢見心地にさせ、時には不安な気分にさせながら、ここではないどこかへと導く。そのユニークなサウンドは、間違いなくアンビエント・ミュージックの新たな地平を切り拓いたといっていいだろう。

そんな『For Those Of You〜』以降、リーズは更にアンビエントの可能性を追究するかと思われた。だが、意外なことに彼はアンビエント・ミュージックにそこまで固執しなくなり、いくつかのリミックスを除いては、Huerco S.として作品をリリースしなくなっていった。アンビエントとの関係は、彼が2017年にスタートさせたレーベル=《West Mineral》から、ポンティアック・ストリーター&ウラ・ストラウス(PONTIAC STREATOR & ULLA STRAUS)の2枚のアンビエント・アルバムをリリースする程度にとどまり、同レーベルからPendant名義でリリースした『Make Me Know You Sweet』(2018年)と『To All Sides They Will Stretch Out Their Hands』(2021年)も、アンビエントというよりは不穏さを掻き立てるようなアンイージー・リスニング・ミュージックだった。また、『For Those Of You〜』以降、彼は様々な名義/グループで作品を発表しているが、いずれもサウンドが異なっている。Loidis名義ではイゾレの「Beau Mot Plage」を拡張させたようなマイクロ・ハウスを鳴らし、Autobouncer620名義では深く沈み込んでいくようなミニマル・ダブに取り組み、ExaelやPerila、Special Guest DJ、OL、Vtgnikeとタッグを組んだCritical Amnesiaではアブストラクトで凶暴なブレイクビーツを披露している。

このようにみていくと、リーズのアーティストとしての本質がぼんやりと浮かび上がってくる。それは彼のサウンドはいつだってフリー・フォームだということ。形に囚われないからこそ、異質的なものにも積極的にアプローチしていけるのだ。『For Those Of You〜』でのアンビエント・サウンドは、彼のフリー・フォームな姿勢から生まれた一つの側面に過ぎないのである。

そんな彼が、Huerco S.名義でのおよそ6年ぶりの新作『Plonk』を2月25日にリリースする。現時点で「Plonk IV」と「Plonk VI」の2曲が公開されているが、いずれにもこれまでにみられなかったアプローチがある。とりわけ新鮮なのが「Plonk IV」で、SNDのミニマルな電子ファンクをアップデートしたような痙攣するパーカッシヴ・トラックは、彼が新境地に入ったことを強く印象付けるだろう。公開された2曲だけでは到底アルバムの全貌を想像することはできないが、きっと彼は新たなプロセスで我々を驚かせてくれるに違いない。(坂本哲哉)

Text By The Notable Artist of 2022Tetsuya Sakamoto

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