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【未来は懐かしい】特別編
柴崎祐二・選 2020年リイシュー・ベスト10

23 December 2020 | By Yuji Shibasaki

年が明けてからまもなく世界を覆った新型コロナウィルス禍は、これまで音楽産業がよって立ってきた新譜リリース/ツアー/マーチャンダイズという基本図式をことごとく撹乱し、それを享受してきた我々においても鑑賞スタイルに変化を強いられた。長い自粛期間や、ライブやパーティーの相次ぐ中止/縮小は、しぜん、改めてじっくりと音楽に向き合う機運を醸成したかもしれない。個人的にも、ホームリスニングや雑踏を避けて散歩しながら音楽に触れることを通じて、聞き慣れた音楽に新たな感動を見つけたり、あるいはこれまで関心を持たなかった過去の音楽へ惹かれたりした一年だった。

もしかすると、そういった状況とも無関係でないのかもしれないが、今年のリイシュー/再発掘シーンはずばり大盛況だったといってよいだろう。昨年同様かそれ以上に、様々なアイテムがフィジカル/デジタルで再登場し、我々の興味を満たした。

まず、クラシック・ロック系を中心としたアニバーサリー絡みの拡大版リリースは更に勢いを増したように思うし、高い評価の固定した(時代感覚が一巡した)インディー・ロック系の名作を中心に、CDメイン時代初出のオリジナル作がアナログ・フォーマットで再発されることも本格化してきた。《レコード・ストア・デイ》や《レコードの日》といったキャンペーンも(実店舗へのファンの殺到という難しい状況を孕みながらも)、リリース点数やチョイスからいってかなりの充実度だったし、CDメディアの相対的価値低下にともなう各種名作の廉価盤化の趨勢もとどまるところを知らない。

また、よりニッチなマーケットにおいても、今まで光の当たることの少なかった国や地域の知られざる傑作が引き続き積極的に紹介されている。アンビエントやニューエイジ、アンダーグラウンドなニュー・ウェイヴ等、日本産音楽の海外レーベルからの再発も相変わらず盛んだ。 かたや、フィジカル・ディストリビューションを介さない、「サブスク解禁」による過去カタログの配信リリースが目立ったのも今年の特徴だろう。特に話題になりやすいのは歌謡曲〜J-POP系の大物現役アーティストで、リスナーたちが我先にと「レア・グルーヴ」や「バレアリック」等の視点からプレイリストを編む光景も常態化した。もちろん国外作品においても、フィジカル・リイシューを経ずにストリーミング配信される例が珍しくない。

こうした状況は、インターネット上における(ときに脱法的な)音源アーカイヴの更なる深化も伴って、「今や、あれもこれも聴ける」という体感をより一層リスナーにもたらすことにもなったと感じる。しかしながら一方で、アーカイヴの濁流は、(とくに入門者にとって)「一体なにを聴けばよいのか」というアノミーを引き起こしているようにも思う。

そんな中で、大変に興味深く、総じてごくマニアックなディスクガイド本が多く刊行されたのも今年の特筆すべき動きだった。私自身も編集と執筆で加わった『オブスキュア・シティポップ・ディスクガイド』(DU BOOKS)や、『ニューエイジ・ミュージック・ディスクガイド』(DU BOOKS)、『OBSCURE SOUND REVISED EDITION』(リットー・ミュージック)、『ゲーム音楽ディスクガイド─Diggin’ In The Discs』とその続編(ともにele-king books)など、既存出版社からも多く出たし、さらにディープなところで、『和ンダーグラウンドレコードガイドブック Another side of ’70s Japanese folk & rock』(レコードの目、ブランコレーベル)、『不思議音楽館 ORANGE POWER VOL.3 / オレンジパワーVOL.3』(ORANGE POWER)といったエクストリームな自主出版の例もあった。

これは単に、「ディガー」各位の興味が先鋭化しているということもあるとは思うが、需要という方向から眺めてみると、「なにを聴けばよいのかわからない」状況へ一つの指針を提示するという役割も大きいと考える。思えば、ディスクガイドのそういった機能というのは予てからごく真っ当に要請されてきたものでもあろう。しかし、オフィシャル/個人問わず、各種ディスクガイドが投じた視点を参照しながら過去の音楽を新たにプレイリスト編纂する動き盛り上がっていたり、実際に一連の書籍と連動した新たなリイシュー企画が始動する例もあったりと、改めて今こそその価値が見直されている/刷新されている段階にあるといっていいだろう。これらと関連して、例えば《Pitchfork》などの大手メディアが過去の「名盤」に新たな聴き方を付与するような野心的記事をアップし、それらが広く読まれているという状況も見逃せない。

以下は、当連載担当としての独断の元、今年2020年にリリースされた中で重要/好内容と思われるリイシュー/発掘作をチョイスし、ランキング形式で著したものだ(レギュラー連載で取り上げた作品は選考対象外とした)。

今年も一年間お読みいただきありがとうございました。来年も、何卒宜しくお願いいたします。

10

久野かおり

LUNA+2

Tower to the People / BOURBON

上述の書籍『オブスキュア・シティポップ・ディスクガイド』を上梓したディガー集団「lightmellowbu」は、その発掘対象をCDメイン時代のシティポップに限定しているというところが何よりもユニーク。本作もオリジナル・リリースは1988年。かねてより彼ら周辺でも類稀な名盤として評価が定着していたもので、「Adam & Eve 1989」という超キラーな曲を収録している(同曲は7インチ化もされた)。オリジナル未収録の2曲がボーナス追加されているのも嬉しい。
このリイシュー(※タワーレコード限定発売)は直接的に上記ディスクガイドと関連する企画ではないのだが、「lightmellowbu」の「発掘」がきっかけで再び世に出ることになったのは間違いないだろう。更に深度を増すシティポップ再評価だが、その尖端は現在このあたりにある。

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Tower Records

9

V.A.

La Locura De Machuca 1975-1980

Discos Machuca

ドイツの発掘レーベル《Analog Africa》は、これまで刺激的なアフリカ各地の音楽を紹介してきた名門中の名門。近年はアフリカ大陸以外にも優れた調査力を投じており、本盤もコロムビア産音楽をコンパイル対象としている。しかしながら同レーベルのこと、一時期盛んに発掘された正統的クンビアではなく、より周縁的な音楽に目を向けている。70年代当時、現地のサウンド・システム(「ピコ」という)ではアフリカ産音楽が流行しており、一部実際にアフロ・ビート等に影響された音楽を奏でるバンドも存在した。税務弁護士として活躍したラファエル・マチュカがそのシーンに目をつけ設立したのが《Discos Machuca》というレーベルで、ここに収められているのは同レーベルに残された中でも特に尖った音源だという。クンビアやチャンペータがアフロ・ビートと出会い、さらにそこへロック的要素がまぶされたような音楽は、ペルーのチーチャにも通じるようなサイケデリック感を伴っている。
ひと昔ふた昔前だと、こうした「不純な混淆」はスクエアなワールド・ミュージック系ファンから忌避されるきらいもあったように思うが、今ではしっかりと音楽的に評価する姿勢も定着した。だからこそこのような挑戦的リイシューも実現するようになったのだといえる。

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diskunion

8

大山曜ほか

ガデュリン全曲集/All Sounds of Gdleen

P-Vine

先述の『ゲーム音楽ディスクガイド』と連動したリイシュー企画第一弾作品。「ガデュリン」は羅門祐人による小説およびメディア・ミックス作品で、これは国産初のスーパーファミコン用RPGソフトとして発売されたもののサントラ集となる(オリジナルは1991年)。作曲を手掛けたのは、プログレッシヴ・ロック・ユニット、アストゥーリアスの大山曜ほかで、編曲(データ化)は著名ゲーム音楽クリエイターの崎元仁ら。ゲーム音楽のサントラCDが市場で高騰している様子は予てより観察されていたが、この作品も例にもれずプレミア化していた。幼少期から少年期にかけてリアルタイムで浸透期テレビゲームをプレイした世代が現在の音楽クリエイターのボリュームゾーンとなっていることもあり、彼らの音楽原体験/影響元としてこうしたゲーム音楽が挙げられることも多い。じっさい、限られた音色の中でこそかえって才気がほとばしる素晴らしい内容をもったものは数多く、本作もプログレ〜電子音楽文脈で非常に面白く聴ける(初出CDではなぜかオミットされていた一部場面用の曲が大山自身の手によって再演され追加収録されているのもありがたい)。
ゲーム音楽は単なる副次的な体験でなく、それ自体が非常に豊穣な作品であることが自明化した今、このようなリイシューの流れが更に盛り上がっていくのは必定であるように思う。

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diskunion

7

V.A.

Our Town: Jazz Fusion, Funky Pop & Bossa Gayo Tracks from Dong-A Records

Beatball

シティポップ再評価のエッジは、上で述べたとおり国内CDエラ作品の探索と並行して、日本以外のアジア各国産音源へとその興味を伸長してきた。これは韓国産シティポップ(というかライトメロウ的)楽曲を現在的視点からコンパイルしたLPセットで、マニアに評価の高いLIGHT & SALTの楽曲をはじめ、現地レーベル《Dong-A Records》のカタログからセレクトされている。一般的に、韓国ではバラード歌手やトロット系歌手が偶然に歌ったそれ風のものを除き、ライトメロウ的音楽の隆盛は、「韓国シティポップの元祖」キム・ヒョンチョルの登場を待たねばならなかったとされる。実際個人的な感覚でも80年代末以降に優れたものが多いように思うし、ここに収められているのもそれらの時代がメインとなる。どの曲も本当に素晴らしく、韓国シティポップの理想的な入門編といえるだろう。リリース元が、リイシュー作品と並行して現行の韓国インディーを紹介し続けてきた《Beat Ball Music》だというのも重要。そのジャケットの「らしさ」や、カラー・ヴァイナルの美しさ含めて、是非とも手元においておきたくなる魅力に溢れている。

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6

OXZ

Along Ago: 1981-1989

Captured Tracks

ブルックリン拠点の《Captured Tracks》は、2008年の設立以来多くのインディー・ロック系新譜作品を制作/リリースしてきた名門だが、特にここ最近、主に80年代のオルタナティブ・ロックやポスト・パンクの隠れた名バンド/アーティストの作品を盛んに発掘リリースしている。ニュージーランド産のいわゆる「ダニーデン・サウンド」系など、これまであまり広く評価されることのなかったUS以外のアクトへも注目してきた彼らが今年リリースしたのが、関西のアンダーグラウンド・シーンで活動していた1981年結成のバンド、OXZのコンプリート・アンソロジーだ。このコンピのリリース・インフォが流れた時、「なぜ《Captured Tracks》から⁉︎」と驚いたのだが、そのサウンドを改めて聴いてみればすぐさま得心がいく。ここにはまさに、《Captured Tracks》が設立以来紹介してきたインディー・ギター・ロックの粋に通じる要素が、ごくピュアな形で息づいている。
この時代における関西シーンの女性パンクバンドというと初期少年ナイフの名前がすぐさま思い浮かぶわけだが、OXZにもそうしたジャンクなポップ志向がところどころ認められはするにせよ、よりポストパンク的かつ先鋭的で、当時の海外シーンへの直接的憧憬と堂々とした換骨奪胎ぶりを聴かせてくれる。何度目かのポストパンク・リバイバルの兆しがみえる近年のインディー・シーンと照らし合わせてみても、これらは、(有り体な言い方だが)今年デビューしたバンドの新曲、と言われても一瞬信じてしまいそうになる。80年代に日本地下シーンで生み出された様々な作品が国外から掘り起こされる昨今だが、今後はこのような各地ライヴ・ハウス文化に根ざしたバンド系音源の再発が更に盛り上がっていく予感がしている。

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5

The Chicks

The Sound Of The Chicks

Sundazed

《Sundazed》は古くからガレージ・パンクやオリジナル・サイケ等の再発を中心に優れたリリースを続けてきており、多くのファンが極めて熱い信頼を寄せるリイシュー・レーベル(2000年初頭のガレージ・ブームの際には、同レーベルを避けてそれらの音楽を聴くことなどはモグリに等しいことだった)。近年も着実な発掘作業を行っており、作品のレア度をはじめ、美しい印刷、素晴らしいリマスタリング/カッティングのクオリティーなど、老舗ならではの良い仕事を続けてきた。
これは、ニュージーランドで60年代に活躍した女性デュオ(当時ミドルティーン)によるレアなファースト・アルバム(1965年)のストレート・リイシュー。米国のいわゆる「ガールポップ」系に連なる親しみやすい内容だが、同時代の英国産ビート・ミュージックに強い影響を受け、よりダンス・オリエンテッドで弾力のあるサウンドとなっている。いわば、英《Pye》系レーベルのガールポップを集めた《Sequel》からの名コンピ『Here Come The Girls』シリーズ収録曲に近いかもしれないが、よりプリミティヴでがむしゃらな歌唱/演奏が素晴らしい(いわば、ガレージ・ポップ的)。基本的にはシングル・メインであったこうしたジャンルにおけるアルバム作品というのは、往々にして、ぬるいバラードや気の抜けたフォーク調曲などがお茶を濁すように収録されているものなのだが、珍しいことに本作は全てがキラーチューン。レパートリーは、レノン/マッカートニー曲のかなり実直なカヴァー始め、R&Bやポップスの名曲がメインなのだが、そのどれもがこの時代の音楽でしか体験できないピュアな魅力に溢れている(チャビー・チェッカー「Hucklebuck」のカヴァーのやみくもな突進力よ!)。

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4

Jon Hassell

Vernal Equinox

Ndeya / Beat

《The Wire》誌曰く、「ジョン・ハッセルのコンテンポラリー・ミュージック史における偉大さは、マイルス・デイヴィス、ジミ・ヘンドリックス、ジェームス・ブラウン、もしくはヴェルヴェット・アンダーグラウンドに匹敵する」。
誇張でなく、そのとおりだと思う。「第四世界」という概念を磨き上げ、未知なる空想世界を描きながら創作を行ってきた彼は、エレクトロニック・ミュージック・シーンに限らず、多くの音楽家へ甚大な影響を及ぼしてきた。
このところの彼は非常に活発で、2018年の『Listening To Pictures (Pentimento Volume One)』に続き、今年7月にも『Seeing Through Sound (Pentimento Volume Two) 』を自身専用のレーベル《Ndeya》から発表するなど、立て続けに新作に取り組んできた。そんな中、同レーベルから満を持してリイシューされたのが、この記念すべきファースト・ソロ・アルバム(1977年)だ。90年代初頭にオリジナル・リリース元であったニューヨークの《Lovely Music》から一度CD化されていはいたが、現在は入手困難であり、後の《Editions EG》からの諸作等に比べて一般的知名度の低い作品だったかもしれない。今回のリイシューではもちろん最新リマスタリングを施されており、まるで2020年の新譜かと思うくらいの目覚ましい音質となっている(国内盤は高音質UHQCD仕様)。「今っぽさ」という点で言えばその音楽性もそうで、金看板たる電気変調したトランペットの幽玄な響きを軸に、ミニマル、ドローン、アンビエント、トライバル等、様々な要素を含みこんだサウンドは、あまりに刺激的。個人的に今年もっとも再生回数の多かったリイシュー作。

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3

Nina Simone

Fodder On My Wings

Verve

ニーナ・シモンは、公民権運動へ深くコミットした経歴が示すとおり、政治と社会に対して確固としたアジェンダを掲げ、戦い、歌ってきた人だ。近代以降のアフロ・アメリカンの悲劇的歴史と行く末を深く憂い、ときにアフリカ大陸各地の音楽家とも交流しながら、真の意味で唯一無二のジャズ・シンガーとして生き抜いた。これは、そんな彼女がキャリア後期にフランスへ渡った後ローカル・レーベル《Carrere》へ吹き込まれたあまり目立たないアルバム(1982年)の、久々のリイシューである(かつて現地フランスで初CD化されや際に含まれていたボーナス・トラック3曲も収録。ただし、オリジナル・ジャケットは新装版へと変更されている)。
クリード・テイラーの操縦によってポップ・フュージョン路線となった前作『Baltimore』の出来栄えに不満があったというニーナの希望もあり、ここでは彼女本来のゴスペルとジャズの融合と、リベリアをはじめ各地を巡った経験が濃密に反映されたアフリカ音楽的要素がのびのびと表出することになった。一方、家庭問題などと絡んでメンタルヘルスに深刻な問題を抱えつつあった当時の状況を反映してか、どこかヘヴィーかつ暗い影色が塗り込まれた作品でもある。歌詞面においても、それまでの社会的な問題提起や共闘的な自由への希求というより、個人の自由や安寧を渇望するような、切々とした言葉が目立つ。しかしながら、だからこそというべきか、全体に、ニーナ・シモンという天才のクリエイティヴィティの内奥を覗いてしまったようなスリルが漲っているようにも思う。強さゆえの、弱さ。鋭く政治的であるがゆえの、個人的な音楽。大傑作だ。

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2

V.A.

The Harry Smith B-Sides

Dust To Digital

音楽学者/人類学者/前衛映像作家/造形作家etc.のハリー・スミスが1952年に編纂した『Anthology of American Folk Music』は、その後のアメリカン・フォーク〜ブルースのリバイバルを準備し、ボブ・ディランを始めとして多くのミュージシャンにインスピレーションと霊感を与えてきた歴史的セットだ。1920年代〜30年代に録音されたマウンテン・ミュージックやブルース、ゴスペル、ケイジャンなどのSP音源を独特の観点からよりすぐり、美しいパッケージ・デザインで再提示したそれは、恣意的に設定されていた人種分断的なジャンル区分を融解させるような機能もあわせもっており、その後のアメリカ音楽研究にとってもまず座右に置くべきセットと目されてきた(近年では、この『Anthology〜』のみがあまりに伝説化してしまったことを相対化しようとする批判的試みも出てきてはいる)。
かねてより戦前アメリカ音楽を始めとして各地の民族音楽を丁寧にアーカイヴしてきた優良レーベル《Dust To Digital》が満を持してリリースした本作『The Harry Smith B-Sides』は、その名の通り、『Anthology〜』に収録された曲のオリジナルSP別サイド曲を順番に並べたCD4枚組のセットだ。ハリー・スミスの編纂作業からこぼれ落ちた(あるいは意図的に捨象された)要素を蘇らせるという意味においても興味深いし、デヴェンドラ・バンハートやウィル・オールダムをはじめとした音楽家やフォーク・ミュージック専門家が各曲を解説するライナーノーツの充実度も並でなく、長い制作期間をかけただけある非常にすぐれた出来栄えだ(シガー・ケースを模した外箱や、コルク地を使ったブックレットなど、アートワークも素晴らしい)。
ちなみに、リリース時に議論を呼んだのが、本来なら収録されていたはずのいくつかの曲のオミット処置だ(急遽CD再プレスすることで対応されたが、ライナーノーツには当該曲についての記載がそのまま残っている)。ことのあらましとしては、BLM運動の盛り上がりと呼応して、明らかなレイシズム表現が見られる曲を現在的観点に鑑み削除したということなのだが、 現在、あるいは後年への資料的重要性/教訓という意味からも、そういった「負の遺産」を含めての歴史的なアーカイブを目指すべきだとする論陣から強く避難されることにもなり、レーベル側も難しい判断だったと述懐している。リイシュー/発掘作業における倫理の更新の問題は、今後さらにアクチュアルなトピックとして先鋭化していくだろうし、こうした「ジレンマ」が投げかける問題について我々享受側もこれまで以上に鋭敏でいるべきなのは間違いない。

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1

Prince

Sign “O” The Times: Super Deluxe Edition

Warner Records / The Prince Estate / NPG Records

生前、超人的なペースでスタジオ録音作業を行っていたというプリンス。多数のオリジナル・アルバムを始めとして、洪水のように様々な音源が溢れる広大なプリンス・ユニバースだが、そこへ、キャリア史上に燦然と輝く2枚組アルバム『Sign “O” The Times』(1987年)の最新リマスター盤にシングル・ヴァージョンや未発表曲、未発表ライヴ、さらには未発表ライブDVDを追加した超絶拡大盤が加わることになった(全8枚組というボリューム)。
ザ・レヴォリューションとの活動を一段落させ、いわゆる「密室ファンク」的なサウンドへ向かった作品として今では歴史的名作として名高い本作。この10年ほど、スライ・アンド・ザ・ファミリー・ストーンの『暴動』(1971年)やシュギー・オーティス『Inspiration Information』(1974年)などが同じく「密室ファンク」的な文脈のもと盛んに再評価されたこともあり、個人的にもそれらから(ときに無自覚に)影響を受けたオブスキュアな作品を色々と掘ってきたわけであるが、今年この『Sign “O” The Times』をじっくりと聴き直してみて、(まったくもって当たり前ではあるのだけど)次元の違うクオリティに心底惚れ惚れしてしまった次第だ。一切の迷いも、韜晦も、エクスキューズもない、100%ピュアなパーソナル・ファンク。もちろんそういったカラー以外にも様々な要素が百花繚乱し、聴けば聴くほど、噛めば噛むほど素晴らしい……。
ディスク4〜6にかけての未発表曲も、元々3枚組を目指して制作されていたとう事実があるにせよ、毎度のことながらなぜこれをお蔵入りにしたのか頭を捻ってしまう出来栄えだ。しかし、そういうリスナー基準の戯言など、この多産の天才に対しては全く通用しないことも元からわかっているのだ。彼の音楽の場合、正式収録曲と未発表曲を一般的なクオリティ差で分別的に聴くのはほぼ無意味な気すらする。 年々巨大化していく「名盤のデラックス再発」だが、中には散らばっていた既発テイクを組み直すだけだったり、相当にニッチなミックス違いでかさ増ししたりと、あからさまに新規ファンを置いてけぼりにするような企画も少なくない。しかし、熱烈な多作家であったプリンスのような人の場合、アーカイヴィストやコンパイラーの腕次第で、これほどまでに問答無用のセットが作られうるのだ。だから今回は、まずもってプリンス財団の音源管理主任であるマイケル・ハウ氏への敬意を表したい。こういう仕事に触れると、改めて「資料を残す」ことの重要性に思いを馳せざるを得ないし、「資料を活かす」アイデアが余計なストレスなく実現される環境を整えておくことの大切さにも気づく。

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(以上、文/柴崎祐二)


【未来は懐かしい】特別編
柴崎祐二・選 2019年リイシュー・ベスト10

http://turntokyo.com/features/serirs-bptf2019best/

柴崎祐二リイシュー連載【未来は懐かしい】
アーカイヴ記事

http://turntokyo.com/?s=BRINGING+THE+PAST+TO+THE+FUTURE&post_type%5B0%5D=reviews&post_type%5B1%5D=features&lang=jp

Text By Yuji Shibasaki

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