Back

「スパゲッティを壁に投げつけて、そして壁から落ちなかったものを採用する……みたいな感じの録音だった」
ノラ・ジョーンズ、リオン・マイケルズと組んだ新作『Visions』を語る

04 May 2024 | By Shino Okamura

ノラ・ジョーンズがリオン・マイケルズと組んだと知った時は、正直意外に思った。シャロン・ジョーンズ&ザ・ダップ・キングスのメンバーだったリオンは、El Michels Affair、ブラック・キーズのダン・オーバックらと組んだジ・アークスなど数々のプロジェクト、ユニットなどで活動するマルチ・プレイヤー/プロデューサー/コンポーザー。チカーノ〜スウィート・ソウル系のバンドとして人気を集めるBrainstoryなどで知られるレーベル《Big Crown》を主宰していて、近いところでは、レゲエ系シンガー・ソングライターのLiam Baileyの久々の新作を自らプロデュースしている。ノラとは前作にあたるクリスマス・アルバム『I Dream of Christman』(2021年)でプロデューサーとして関わるようになったが、実際はそれより前の彼女の作品にプレイヤーとして参加していて、今じゃすっかりノラのお気に入りとなっているようだ。その結果、ノラとのリレーションシップによって二人だけの作業を中心に完成させたニュー・アルバム『Visions』は、ヴィンテージ・ソウル色の強い作品ながら、気の置けない親密なムードと、お馴染みのブライアン・ブレイドも参加したラフバンド・サウンドが混在した、いつになくリラックスした彼女の素顔が味わえる内容となっている。リリースから1ヶ月ほどして実現した今回のインタヴュー、ニューヨークにスタジオを持つリオンとの制作エピソードについての話が聞けたのでお届けしよう。世界規模で人気を集めるノラだが、彼女は今も間違いなくニューヨークの音楽家、なのである。
(インタヴュー・文/岡村詩野 通訳/渡瀬ひとみ 写真/Joelle Grace Taylor)


Interview with Norah Jones

──今作のプロデューサー、リオン・マイケルズとの作業はどのように始まったのでしょうか。

Norah Jones(以下、N):このアルバムの半分はリオンが制作したの。楽しく一緒にアルバムを作ることができたわ。彼は過去2016年と2018年の私のアルバムで何曲かサックスを吹いてくれたのね。彼がプロデューサーでもあるということをその時は知らなかった。でも、プロデューサーだったということがわかって。彼のプロジェクトである、El Michels Affairを聴いていて気に入ってしまった。それで、彼に一緒に曲を作らないかと依頼して、「Can You Believe」を一緒に作った。それからクリスマス・アルバムを作らない? と彼に相談して一緒に作った。その後に、まったくの制約なしに、もう一枚アルバムを作らない? って声をかけて作ることになって……それがこのアルバムってわけ。素晴らしい作品になったわ。楽しかったし。どんなサウンドになるか私にはまったく想像もつかなかったけど、彼と一緒に仕事をするのが好きだったから、とても楽しかった。

──しかも、サックス、ギター、オルガン、ドラム……様々な楽器でも参加しています。

N:ええ。特にドラムではこのアルバムの中の8曲に参加してくれているの。バンドで収録した曲もあるけど、多くの曲は彼と私が楽器も演奏してレコーディングした、という感じ。それがこのアルバムのサウンドの特徴になっているのよね。私と彼がチームとして組んで作ったという感じで、この手法は音楽作る上では楽しい方法だったわ。

──リオンはあなたと同じNYが拠点です。シャロン・ストーン&ザ・ダップ・キングズの初期メンバーとしても知られていますが、あなた自身はリオンの作る作品、音楽についてそれまでどのような印象を持っていたのでしょうか。一緒に作業をする前に彼のパフォーマンスやDJを見たことはありましたか。

N:彼のライヴを観に行ったことはないのよ。そして彼のバンドの音楽を聴いて、すごく気に入ってしまった。彼がやってきたことを全て把握していたわけではないし、あまり色々リサーチもしていないの。彼がやっていたことのいくつかが気に入って、彼と一緒にやってみたら、結果すごく上手くいったってだけかな。そう、ただ彼の音楽と彼のことが好きだったから、どうなるかやってみよう、というところから始まったの。そして、一緒にやればやるほど、彼と一緒に仕事をするのが気に入ってしまって。彼も同じ気持ちでいてくれたと思うのね。すごくいい、楽なケミストリーが感じられた。早いペースで一緒に仕事ができたし、あまり深く考え過ぎず、上手く流れるように取り組めたと思う。そもそも私はあまり色々考え過ぎたりしない方でね。キャリア的に私は今、自分でやりたいことやれるところにいると思うけど、自分のインスピレーションに従って、あまり深く考え過ぎないようにしてやっているだけ。私はただ、“へーっ、この人カッコいい! どんな感じになるか一緒にやってみよう!”という感じを大切にしている。一緒に何かやれないか? と思って、実際に一緒にやることになって、それを続けただけのことだったのよ。

──クレジットを見ると、今回のアルバムの録音もNYにあるリオンのスタジオ《The Legendary Diamond Mine》で行われています。どんな感じのスタジオか、機材、あなたから見た音響の特徴、雰囲気などをおしえてください。

N:今回は2箇所のスタジオでレコーディングしたのね。2つともリオンのスタジオで、一つのスタジオが大きめなの。そこでフルバンドで一緒にレコーディングしたわ。4曲ぐらいだったかな。これも超楽しかった。アナログの機材がいっぱい置いてある、とてもかっこいいスタジオよ。もう一つはリオンのホーム・スタジオ。こっちのスタジオの方が小さくて、とてもいいピアノが入っていて、ドラムがいいサウンドに響くのね。しかも、一つの部屋に全部が置いてあるの。色々な楽器が置いてあってベーシック・トラックを全てをドラムとピアノで重ね撮りしてレコーディングしたわ。クリスマス・アルバムもこのスタジオでレコーディングしたのよ。あのアルバムを全部リオンとあそこで録音したの。だから、今回のアルバムが初めてではなく、すごく慣れ親しんだ環境ではあったの。そういう意味でも前作のクリスマス・アルバムからの延長線という感じだった。

──リオンと一緒に作ったのは昨年リリースされた「Can You Believe」ですが、その時には既にリオンとともに今回のアルバムの制作にも入っていたのですか。それとも、今回のアルバムを見据えて改めて最初から12曲を用意してから録音を始めたのですか。

N:レコーディングをしながら作曲していった感じね。というか、書きながらそれをレコーディングしていったというのが適切かな。確かに「Can You Believe」を一番最初に一緒にレコーディングをしたの。でも、最終的に、「Can You Believe」はアルバムには収録しなかった。最初はこの曲を収録するつもりだったんだけど、曲数がもう既にいっぱいあったから入れなかったのね。

──今作はすごく偶発的にその場の空気を大切にした作品のように聞こえます。こうしたムードはあなたの作品作りではスタンダードなのでしょうか。それとも今回のリオンとの作業で自然とそのようになっていったのでしょうか。

N:その両方だったと思う。私は、常に進化していく形で曲を書いている。毎年常に変わっているのよね。一緒に仕事をした人と共に学習もできて、進化していく。人生を生きて、色々なことを試して、ね。そういう意味で、このアルバムは私とリオンが一緒に作ったものだから、私たち自身の進化が反映されたアルバムだと思うの。私たちが半分づつ担当していなければ、このアルバムは今回のような作品にはなっていないと思うわ。

──今回のアルバムでの活躍からもわかるように、そもそもリオンはあらゆる楽器の演奏ができ、エンジニアもできる人です。そうしたマルチアングルなミュージシャンであることが、具体的にどのように今作ではプラスになりましたか。

N:彼は素早く形にできるいいアイディアをいっぱい持っているの。とても美しい方法でレコーディングをするのことができるのね。素晴らしいミュージシャンでもあるし、ソングライティングのアイディアもいっぱい持っているし……。でも、私にとって、彼がドラムと叩くというところと、私たちのコンビネーションがとても上手く合っていた、ことが大きかったかな。彼のレコーディングの仕方が、全てをとてもクールなサウンドにしてくれる。あれが私にとってはとても大きかった。アイデアも二人の間でたくさん生まれたの。

──例えば「Swept Up In The Night」であなたはオムニコードを使用していますね。

N:ええ。この曲を聴いていて、何かキラキラした感じのものが必要だなと感じたのね。最初はチャイムみたいなものを考えたりしてた。オルガンでそういうサウンドを作るとかね。そうしたら、彼がオムニコードを持ってきて(笑)。それで、使ってみたってわけ。あと、「Running」「On My Way」で、私はキーボードでベースラインを弾いているの。アルバムでは彼がほとんどベースを弾いているんだけど、何曲か早急にベースが必要としたものに関しては、私の方がベースラインのコードを把握していたので、私がキーボードでベースラインを弾くことができたって感じ。リオンはドラムを叩くけど、曲のベースラインまではわからなかったりしたから。こういうやりとりはすごく自然な作業の中から生まれてきたの。“何がクールなサウンドになるんだろう?” “これは?” “いいね!” “こんなことやってみる?” “いいね!”みたいな感じ。色々試してみたりしながら決めていく感じかしら? 言ってみれば……そうね、スパゲッティを壁に投げつけて、そして壁から落ちなかったものを採用する……みたいな感じの録音だったわ。

──一部でブライアン・ブレイドらも参加していますが、基本的にはあなたとリオンが中心になった、言ってみれば二人でのセッションが軸のアルバムです。これは結果としてそうなったということなのでしょうか。

N:そうね。リオンはずっとデモテープを作るノリで作っていたと思うの。そのあとバンドで一緒にレコーディングするものだと思っていたんじゃないかしら。実際、バンドでスタジオに入った時に、3曲はすごく美しくまとまったと思う。でも……何て言っていいのかわからないんだけど、オリジナルのレコーディングそのものがすごく良くて、その良さを失いたくないと思ったの。だから、そのままにしておいたって感じ。ミュージシャンのクオリティとか、そういうことでは全くなかった。だって、バンド自体は素晴らしかったから。でも、時としてレコーディングしている時って何かが起こってしまうのよね。最初に音源にしたサウンドを超越することがなかなか難しい時もあるし。

──確かに今作は非常にラフな音と思える曲もいくつかあります。

N:そうかもしれないわね。でも、私的にはラフ音とは思っていなかったんだけど。でも、そう聴こえたのであれば、そうかもしれないわね(笑)。リオンとの作業は今回が初めてだったけど、以前、デンジャーマウスともこういう形で一緒にやっているの。曲をスタジオで書いて、お互いに色々な楽器を担当して弾いて、最後はバンドで曲を完成させたけど。すごく似たプロセスだったと思う。サウンドはまったく違うけど。似ているところはあるけど、あらゆる意味で違っていたこともある。あの時……デンジャーマウスとの作業は、2ヶ月間スタジオに篭って、作品が出来上がるまでずっと作業していたわ。このアルバムでは、1ヶ月に一回か二回、多くても三回一緒になって作っていった感じ。それを一年か一年半ぐらい続けたかな。一緒に作業をするのも4時間ぐらい。素早く作業をした感じだった(笑)。二人とも子供がいるし、他にもやらなければならないことがいっぱいあったので、間隔を空けての作業だったわ。

──デビュー・アルバム『Come Away With Me』(2002年)の時から、実はあなたはこういうスポンティニアスな作業をやっていたのでしょうか。

N:わからないわ。私はいろいろ考え過ぎて音楽を作りたくはないの。いい作品になるか、ならないかのどちらかだと思う。私はエモーションを感じられる音楽、そして、間違いとかもあったりする音が好き。プロデュースされ過ぎたり完成し過ぎたりするものよりもね。多くの人たちはそういった音楽の方が反応してくれると思うの。そういう意味では、そうね、私のファースト・アルバムの時から確かにそうだった。「Don’t Know Why」はデモ・セッションでのファースト・テイクのものがアルバムに採用されたもの。なぜかというと、あのファースト・テイク以上になった録音がなかったから。あれを上回る作品は作れなかったのよね(笑)。それは教訓として、初期の段階から学んだことかもしれない。瞬発力、ハートと魂がちゃんと宿っているもの……即興の方がよりいい音楽を生み出すのよね。

──今は、誰でも自宅で気軽に作品を作り、即座にインターネットで販売することができる時代です。なかなかお金かけられない若い世代のアーティストたちに何かアドバイスはありますか。

N:もし、音楽を作成して、それを世の中に公開しているのであれば、それは実現をさせている、できている、ということなんだと思うわ。私にはそれ以外のことはわからない。私が始めた頃とは、ビジネスもだいぶ変わってしまったから。いいことをやっているんだと思う。ただ今は、自分自身で露出していかなければならないのよね。大変だと思う。よくわかるわ。私が成功をしてこれたのは、考え過ぎずにとにかく音楽を楽しんでずっとプレイをしてきたから。インスピレーションには常にオープンでいるし、楽しいものに対しては前向きだし、音楽的に私をハッピーにしてくれるものは常に受け入れてきた。境界性みたいなものは私にはないし、音楽的にこれはやらないというものもないし。それは私がいい音楽というものが好きでずっとやってきて、それだけが大事なものだったりするってことなんだと思う。

──あなたより若い世代のアーティスト、あなたのデビュー以降の登場のアーティストから刺激を受けることはありますか。

N:多分影響を受けたりしていると思うわ。どんなアーティストでもね。それは、好きじゃなかったり、避けたりするものであっても、自分には影響を及しているわけであって。それを自分の中に何らかの形で取り入れられていると思う。世にはとても多くの若いアーティストが美しい音楽を生み出して世に出しているし、私も影響を受けていると思うわ。どんなものでも、聴いているものは、自分の中に吸収されると思う。例えば、言葉を覚えるようなもの……誰かが喋っているのを聞いたらその言葉を覚えるでしょう? それと同じで誰かの音楽を聴いてそのうち曲を書くようになるということは自然だと思う。時として、そのアイディアがどこから生まれたのかがわからないけど、自分の脳みそに入れたもの全てが蓄積されたものから生まれているってことなんだと思う。だから、ありとあらゆるものを聴いているから、具体的にコレというのはなかなか思いつかないし、難しいんだけど………。毎年影響を受けるものも変わったりするしね。この人って名前をあげるのは難しいわ。その人のこういったところに影響を受けているっていつも把握しているわけじゃないから。

──例えば、フィービー・ブリジャースはどうですか。

N:うーん、よくわからない。ごめんなさい。もちろん、フィービーのことは知っているわ。でも、この人のこういうところっていうのはなかなか答えずらいのよね。

──では、近年の《Blue Note》からリリースされたもので、単純によく聴いている、お気に入りはありますか。

N:古いのだとキャノンボール・アダレイの『Somethin’ Else』はお気に入りだし、カサンドラ・ウィルソンの『New Moon Daughter』も好きだけど……。

──最近の作品ではどうですか。

N:うーん、名前を具体的にあげるのが難しいのよね。

──去年リリースされた、ミシェル・ンデゲオチェロとかどうですか。

N:ああ、素晴らしいと思うわ! うん、ミッシェルは大好き! あなた、彼女の記事を書くべきよ(笑)!

──(笑)去年インタヴューしましたよ。

N:彼女はいい人でもあるわよね。素晴らしいミュージシャン。一緒にステージに立ったことはあったかな……慈善コンサートとかで一緒にやったかもしれないけど……ええと今、ベッドタイムの時間を過ぎちゃってるからあまり頭が働かないの(笑)。ごめんなさいね!


<了>

Text By Shino Okamura

Photo By Joelle Grace Taylor

Interpretation By Hitomi Watase


Norah Jones

『Visions』

LABEL : Blue Note / Universal Music Japan
RELEASE DATE : 2024.3.8
購入はこちら
UNIVERSAL MUSIC JAPAN / Tower Records / HMV / Amazon / Apple Music


関連記事
【INTERVIEW】
Meshell Ndegeocello
「アメリカにいると着眼点が自分とは違うと思うことが多い」
デビュー30年を《Blue Note》移籍第一弾作で飾るミシェル・ンデゲオチェロの“be”である強さ
http://turntokyo.com/features/meshell-ndegeocello-interview-the-omnichord-real-book/

1 2 3 72