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クラウス・ノミ没後40周年企画『Remixes』
総勢8アーティストのリミキサーによって再創造された名曲たち

29 September 2023 | By Tetsuya Sakamoto

クラウス・ノミの音楽を聴くと、いつも「これは一体何なんだ」と思う。クラシック・オペラ、ロック、ニュー・ウェイヴ、パンク、ディスコ、テクノポップ──ノミの作品ではそういった様々なサウンドの要素が拮抗しながら調和を求め合っているが、同時にそれらが調和してしまうことに対する居心地の悪さも少なからず感じられるのだ。例えば、デビュー作『Klaus Nomi(オペラ・ロック)』(1981年)収録の、チャビー・チェッカーのカヴァーで1960年代初頭のアメリカにセンセーションを起こした「The Twist」の再構築やヘンリー・パーセルの歌劇『アーサー王、またはブリテンの守護者』第三幕のアリアのカヴァー「The Cold Song」は、古典的オペラとポピュラー・ミュージックの共存を目論みつつも、その調和から逃走線を引いているように思える(特に「The Twist」終盤の不気味な笑い声)。それは音楽史的な記憶からの逃走と言い換えてもいい。だからこそ、ノミの音楽はいつも美しく、奇妙に聴こえるのかもしれない。

Photo by Pierre Terrasson

今回、そんなノミのリミックス・アルバム『Remixes(リミキシーズ)』がリリースされる。リミックスするというのは、もちろん真似ることでも忠実に再現することでもない。楽曲の断片を手にし、使い倒すことである。さらに重要なのは、別の文脈に移動させ、使い道を見つけることだ。それをこの『Remixes』に当てはめるならば、本作はノミの引いた逃走線の続きを創造し、彼の音楽地図をアップデートする試みだということができる。本作には、アルノー・レボティーニ、ザ・ハッカー、パラ・ワン、アガー・アガー、ヴィンス・クラーク、フラベール、キャンブラスター、マッド・ディープの計8アーティストのリミキサーが参加しているが、彼/彼女らがどのようにノミの楽曲を再創造したのか、楽曲別にみていこう。

・The Cold Song(Arnaud Rebotini Remix)(Mud Deep Remix)
「The Cold Song」は前述の通り、歌劇『アーサー王、またはブリテンの守護者』第三幕のアリアのカヴァーであり、バスバリトンからカウンターテナーまでの声域を自在に行き来する歌声を駆使した静謐なクラシック風の楽曲である。この楽曲をリミックスしたのは、パリ出身のエレクトロクラッシュ・グループ、ブラック・ストロボの中心人物であるアルノー・レボティーニと、近年のパリ・アンダーグラウンド・シーンを支える気鋭レーベル、《D.KO》設立者の一人であるマッド・ディープ。前者はエレクトロクラッシュとEBM(エレクトロニック・ボディ・ミュージック)を軸にした疾走感のあるリミックス、後者はディープ・ハウス風の再構築だが、いずれもダンスフロアにおける機能性を重視したダンサブルなものだ。彼らはもしかすると、「The Cold Song」の静けさの奥に、ノミの堪えきれないダンスへの欲望をみたのかもしれない。

「The Cold Song」原曲

・Keys Of Life(The Hacker Remix)(Canblaster Remix)
おそらくノミの楽曲の中で最もデヴィッド・ボウイを意識したと思われる「Keys Of Life」をリミックスしたのは、フランスのテクノ・シーンを90年代から牽引し続けるプロデューサー、ザ・ハッカーと、ゲーム・ミュージックに影響を受け、A.G.クックやチャーリーXCXのリミックスを手掛けたことでも知られるプロデューサー、キャンブラスター。ザ・ハッカーは原曲でも印象的なマン・パリッシュによるものと思われる奇怪なシンセ・ラインを拡張し、アシッド・テクノと融合しているが、面白いのがキャンブラスターのリミックス。原曲の不穏さを強調するようなベース・ラインでダウンテンポ/トリップ・ホップのように進行したかと思えば、突如ロレンツォ・センニを彷彿させる点描的トランス風のシンセを放り込み、一気にエモーショナルなサウンドへ変化させる。このリミックスを聴いたあとに原曲を聴くと、どこか終末論的な不気味さのある原曲が情感豊かなサウンドとして聴こえてくるのがまた不思議。

「Keys Of Life」原曲

・Icurok(Para One Remix)
クラフトワークとコールドウェイヴ、ディスコを融合させたような「Icurok」をリミックスしたのは、2000年代中盤のフレンチ・エレクトロ・シーンの代表格の一人、パラ・ワン。近年は映画監督としても活躍してるパラ・ワンは、原曲の無機質で近未来的なテクノ・ポップを、映画のワンシーンを思わせるような壮大なサウンドスケープへとリモデル。オートチューンを施したようなロボット・ヴォイス、ほんのりと牧歌的で煌びやかなシンセ、ゆったりとしたブレイクビーツによって展開される、アンビヴァレントともいえるこのトラックは、クラウス・ノミの異質さそのものを見事に表現したリミックスといえるのではないだろうか。

「Icurok」原曲

・Simple Man(Agar Agar Remix)
ノミの楽曲の中で最もキャッチーともいえる「Simple Man」をリミックスしたのは、パリ出身のシンセポップ・デュオ、アガー・アガー。自分はできる限りのことをすることでしか生きられない単純な人間だということを直接的に吐露する原曲を、2人はイタロ・ディスコとゲーム・ミュージックで再構築し、この『Remixes』の中で最もダンサブルなトラックへ変貌させた。ノミの楽曲にあるポップネスを活かした好リミックス。

「Simple Man」Official Video

・Nomi Song(Vince Clarke Remix)
『Klaus Nomi』で、ポピュラー・ミュージックとオペラが最も調和に近づいた瞬間の一つがこの「Nomi Song」である。この楽曲をリミックスしたのは、ヴィンス・クラーク。デペッシュ・モードのオリジナル・メンバーであり、イレイジャーでも活動し続けるヴェテラン・プロデューサーである。そんなクラークによるリミックスは、ノミの歌声が醸し出す美しさ/異物感を強調するような、シンプルなテクノ・トラックだ。そのシンプルさゆえに没入感が極めて高く、ロングミックスで使うとフロアで異彩を放ちそう。

「Nomi Song」Official Video

・Lightning Strikes(Flabaire Remix)
「Lightning Strikes」はルー・クリスティのストレートなカヴァーだが、ノミの鋭いファルセット・ヴォイスによってコミカルなポップ・ソングへと進化した楽曲だ。そんな同曲をリミックスしたのが、前述のマッド・ディープとともに《D.KO》を設立したフラベールことラルフ・マルアーニ。原曲のキャッチーさはほとんどなく、デトロイトの地下水脈を流れるエレクトロ・ファンクの獰猛なビートと宇宙を想像させるようなロマンティックなシンセの上でノミの歌声が踊る、怒気に満ちているのにどこか切なさも感じさせるリミックスだ。クラウス・ノミとデトロイト・テクノ、もといドレクシアが繋がるなんて誰が想像しただろうか。

「Lightning Strikes」Official Video

正直、クラウス・ノミのリミックス・アルバムがリリースされると知ったときは、2004年に公開されたドキュメンタリー映画『ノミ・ソング』のDVD用に制作されたリミックス群や2013年のDJヘルによる「The Cold Song」のリメイク・シングルがあったとはいえ、異物感溢れるノミの楽曲がリミックス・ネタとして消費されてしまうのではないかという懸念を感じていた。だが、この8人によるリミックスを聴き進めていくうちに、そんな心配ごとはきれいに消え去っていった。彼/彼女らはノミの音楽を外部に開くためにリミックスしていたのである。つまり、この『Remixes』は、多彩な音楽的感性に裏打ちされたノミの音楽からさらに未知なるニュアンスを取り出そうとする、積極的な創造行為だったのだ。こんな大胆な自身の音楽地図のアップデートに、きっとノミも驚いているに違いない。(坂本哲哉)

Photo by Pierre Terrasson
   

Text By Tetsuya Sakamoto


Klaus Nomi

『Remixes(リミキシーズ)』

LABEL : Legacy / Sony Music Japan International
RELEASE DATE : 2023.09.29
配信リンクはこちら
https://sonymusicjapan.lnk.to/KlausNomi_rmxsWE
ご購入はこちら
Amazon / HMV / Tower Records / disk union

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