ベックのバック・バンドでも活躍する西海岸の奇妙なミューズ
アレックス・リリーがソロ・デビュー!
昨年のサマーソニックでのベックのパフォーマンスを観た人なら覚えているかもしれない。現在の彼のバック・バンドにモデルのようなクール・ビューティーがキーボードやコーラスを担当していたことに(ギターはもちろんジェイソン・フォークナー!)。その彼女こそがこのアレックス・リリー。さきごろアルバム『2%ミルク』でソロ・アーティストとしてデビューしたばかりのアメリカはLAを拠点とするシンガー・ソングライターだ。
エレガントだけど素っ頓狂な表情も見せるユーモラスなヴォーカル、エレクトロニカとバロック音楽とを結びつけるかのような突飛な音作り、AIが意思を持って口ずさんだようなナチュラルなメロディ……それはまるで人工と自然現象が同時共存したような不思議な異物感のある音楽と言っていい。そして奇妙なのに優雅な佇まいも見せる。ザ・バード・アンド・ザ・ビーのイナラ・ジョージ(もちろん、リトル・フィートのローウェル・ジョージの娘!)が自身で設立した小さなレーベル=リリース・ミーからリリースされた『2%ミルク』は、まさにそんなアルバムだ。セイント・ヴィンセントのブレイクあたりを起点に到来した女性アーティスト新時代の一角を彩る存在であり、ベックや本作にも参加するデイデラス、あるいは昨年10周年を迎えたレーベル《ブレインフィーダー》周辺にまで伸びるエッジーな米西海岸シーンの広がりをも伝える存在。4月上旬にはソロとしては初となる来日公演(詳細下記)を行うことも緊急決定した、そんなアレックス・リリーとは何者なのだろうか。(取材・文/岡村詩野 訳/船越智子)
Interview with Alex Lilly
――昨年はベックのバック・バンドでの活動も含めてとても多忙のようですが、もともとは2006年頃にイナラ・ジョージと知り合ったあたりから積極的に音楽活動を展開するようになったそうですね。
アレックス・リリー(以下A):そうなの。初めてイナラに会ったのは……というか聴いたというべきかしら……それはラジオでのことだった。「Fools Work」(『All Rise』(2004年)収録)の彼女の声を聴いた瞬間、運転していた車を止めなければいけないぐらい感動的だったわ。その後LAの《Tangier》という小さなヴェニューで対面したのだけど、それはもう緊張して緊張して。その頃の私は自分の音楽のためにとても特別な作業をすることはもちろんだけど、私のスタイルと声を他のミュージシャンにフィットさせるミュージシャンになることに興味津々だったわ。
――つまり、他アーティストとのコラボレートに関心があったと?
A:ええ。で、実際に2006年に私はイナラとグレッグ・カースティンのバンド、ザ・バード&ザ・ビーに参加して初めてツアーにも出たの! で、その次はLiving Sistersでイナラとまた一緒に歌い、そのもっと後にはまたしてもイナラやバーバラ・グルスカとZero DeZireという劇場型パンクって感じのグループをやって……てな具合。Zero DeZireはちょっと猥雑だったけど、とても楽しかったわね。
――ただ、あなた自身はオレゴン州の生まれですよね?
A:そう、1982年にオレゴン州のポートランドで生まれて、そのあとサンフランシスコで育ったの。音楽は好きだったけど13歳になるまで、自分が曲作りがしたいとは気づいてなかったわ。最初は図書館で音楽理論の本を調べていたのを覚えてる。で、私があまりにも夢中なので母がピアノとその後ギターのレッスンに行かせてくれたりして……。で、10代で《San Francisco Conservatory Of Music》(サンフランシスコ音楽院)に入学し、無謀にもミニ・オペラを書いたの。今思い出してもそれは実にひどい出来だったと思うわ(笑)。でも、当時の母のボーイフレンドのTari Karkanenがバンドをやっていたことから、私にもバンドに参加してほしいって言ってきて。そこから色々と変わっていったわ。彼は私にロバート・フリップやエイドリアン・ブリューのようなアーティストを教えてくれたし、私の最初の曲のレコーディングをサポートしてくれたりしたもした。ほんと、そこからね。尤も、母は私にアップライト・ピアノを買った時からこの娘は天才的な音楽家だったと言い張るけど、それは母の作った寓話ね(笑)。
そういうわけで、主に2000年代の前半は音楽学校にいたわ。16世紀のイタリアの音楽家、ジョヴァンニ・ダ・パレストリーナの対比と十二音技法(Twelve tone theory)を勉強し、ほとんどは弦楽四重奏と木管五重奏曲と聖歌隊のための曲を書いていた。だけど、そんなこんなで色々な出会いがあって、自分でもバンドをやりたくなって、それで2005年にロスアンゼルスに移ったってわけ。そこで最初のバンド、Obi Bestを組んだの。チェンバー・ポップって感じの音楽だったんだけど、その時にはもうバーバラ・グルスカと出会っていたから……その後イナラと出会って合流するようになる道筋があったって感じね。
――2016年に最初のEP「Paranoid Times」を発表していますよね。
A:あの頃、私は世の中にパラノイアだらけだと感じていたの。それでも私は楽しくいたかった。例えば、あえてそのフィーリングに飛び込んでみよう! みたいな勇気もあったかも。言ってみれば、我々の文化は過剰な自己認識に満ちていて、その環境は細い糸一本で持ちこたえているって感じでしょ? たぶん私たち人類はお互いが好きではないのね。だけど、それでも決別しないで一緒に踊りましょう! ってそんな気分だったの(笑)。で、今から2、3年前、ロサンゼルスの太陽とざわめきから離れたくてカナダの島の小屋に滞在し、アルバムのための曲を書きラフなデモを録った。そこからさらに1年半後、「Firefly」を最初にニューヨークのブッシュウィックの小さなスタジオで録音したの。ここから本格的なレコーディングが始まって、LAのサーカス学校の隣にあるスタジオなどに移って仕上げていった。結局、ベックとのツアーの合間に録音を始め、最初のシングルの発売直前にようやく完成という流れだったわ。実は疲れ果てて何度もくじけそうになったの。でもイナラが「これはちゃんとレコードを出すからね」と励ましてくれて。それで完成までこぎつけることができたのよ。彼女にはとても感謝しているわ。
"このアルバムを作っていた時の私のマントラは「私たちはばかばかしさを恐れない」。それを常に反芻していく中で、とうとう抑え切れなくなった私は好きなものをここに全てぶちこんだの"
――デイデラスや、ストロークスのジュリアン・カサブランカスによるバンド=The Voidzのメンバーでもある映画音楽作曲家のジェイコブ・バーコヴィッチ、Twin Shadowのアンディ・バウワーも参加したアルバム『2%ミルク』は、エレクトロニカなのにオーガニックで、グルーヴもヒューマンな風合いも伝わってくる、とてもユニークな作品に仕上がっていますね。セイント・ヴィンセントやチューン・ヤーズのような凛々しい佇まいも感じられます。こうした方向性にはどのようなプロセスや思惑があって辿り着いたのでしょうか?
A:このアルバムには私の持っている全ての音楽性、感情、衝動を注ぎ込んだと言ってもいいわ。今、あなたのあげたアーティスト…セイント・ヴィンセントやチューン・ヤーズの音楽には恐れのない確固としたアイデンティティがあるでしょ? それが私の作品にもあるのだとしたらとても嬉しいわ。このアルバムを作っていた時の私のマントラは「私たちはばかばかしさを恐れない」。それを常に反芻していく中で、とうとう抑え切れなくなった私は、好きなものをここに全てぶちこむことを決めたってわけ。ロマンティックなメロディ、不可思議なミディ・サウンド、素直な歌詞、曖昧な調和、狂ったような拍子の変更……ぜんぶこのアルバムのキーワードになるような要素ね。
――アルバムのタイトル曲は地元LAにおいて無料で即興の詩を提供する活動で知られる詩人、Jacqueline Suskinの作品をもとにしたものだそうですね。
A:ええ。Jacqueline Suskinは寄付を募るために即興で詩を作る詩人なの。すごいでしょ? それが誰のお金であっても、たぶん一番いいお金の使い方よね。寄付したい人はお題を出して、彼女はそれに沿って詩を作る。で、私が彼女にお願いした時にはボーイフレンドが即興で「低脂肪牛乳」とお題を出して。というのも、人生におけるほとんどのものに対して私は相反的に捉えていてね。牛乳は純粋で官能的でさえあるけど、一方でそれを人工的に処理されて薄められて脂肪分を2%にされたのが低脂肪牛乳、時々、私はその低脂肪牛乳のように自分の人生や愛も薄めされているのかもしれない……ってね。そうした矛盾を彼女は見事に捉えて詩にしてくれたわ。で、その時の詩に多少私が手を加えて、作ってはいたものの行き場を失っていた曲と合体したってわけ!
――そうしたリリックだけではなく、サウンド・プロダクションの面でもあなたの作品には大小さまざまな創意工夫が施されていますね。これらはどういうところからヒントを得ているのでしょう?
A:そうね。曲によってはソングライティングの段階から仕込んでいたりするの。時にはコード進行を書いて、ビートを先に打ち込んでから、その通りにデモを録音したり、時には携帯に向かってメロディーを歌って後から楽器と合わせたり。そうなってくると、もう日常のどこにでもヒントがあるように感じてしまうの。ウインドチャイムの音が、「Hypothetical」の音階のモチーフにすごく似ているメロディに聞こえたこともあったし……そうね、私はウインドチャイムの音を盗んじゃったとも言えるかも(笑)。そういうアイデアというか発想は、やっぱり私がこれまで聴いてきた作品からに影響を受けてるとも思う。例えばビョークの『Debut』。あの作品でのネリー・フーパーの仕事にはインスピレーションを受けたし、もっと古いものだとスライ・アンド・ロビーの作品におけるコンパス・ポイント・スタジオの音も好き。コール・ポーター、ルー・リード、エルヴィス・コステロなどなどソングライターとして好きな人、詩人として好きな人も多いけど、そういう音作りにはもっと多くの閃きを感じるのよね。ジャスティン・メルダル・ジョンセンがプロデュースしたM83のアルバム『Junk』(2016年)に私少しだけ参加しているんだけど、やっぱりサウンド・プロダクションには刺激受けたわ。
――なるほど。昨今、世界中ではR&Bやヒップホップといったブラック・ミュージックがメインストリーム音楽として多くの人気を獲得していますが、あなたの作品にもそうした側面……ブラック・ミュージックとしての躍動性やグルーヴがあります。
A:ええ、私はR&B、ヒップホップ、ジャズもたくさん聴いて育ったから。こないだも、雨の夜に運転をしていたらカーティス・メイフィールドの「Move On Up」がラジオから流れてきて。彼の音楽のように落ち着かせながら同時に高揚させるって本当に素晴らしい! って思ったの。マーヴィン・ゲイもそうよね。彼らの作品はどれもとても温かいし快活。でも、同時に複雑で重い問題を歌っている。まるでそれは私にとっての家(Home)のようなものだわ。つまり、それは正直さ……そう、私が目指しているものは正直さのある音楽と言えるのかもしれない。フェラ・クティのホーン・セクション、ジョージ・ジョーンズの歌詞やメロディもそういう意味では正直さを感じさせるもの。そうやって正直に自分の感情や考えをしっかりキャッチして、それを形にしていくことがアーティストとしての目標なの。
■Alex Lilly Official Site
https://www.alexlillyland.com/
■ハヤブサランディングス内アーティスト情報
http://www.hayabusa-landings.com/news/#20190227
Alex Lilly 来日ツアー
CA VA? RECORDS presents
ALEX LILLY JAPAN TOUR 2019
■東京・神保町試聴室
2019年4月6日(土)
OPEN 18:30/ START 19:00
ADV. 2500円 / DOOR 3000円(+1drink)
ACT:
ALEX LILLY / 里咲りさ / やなぎさわまちこ
予約:各出演者または、
下記メールフォームより申込下さい
http://shicho.org/1event190406
問い合わせ先:神保町試聴室
http://shicho.org/
■東京・下北沢THREE
2019年4月7日(日)
OPEN 19:00/ START 19:30
ADV. 2500円 / DOOR 3000円(+1drink)
ACT:
ALEX LILLY / ayU tokiO / 加納エミリ / 姫乃たま
予約:各出演または、メールにて前売り予約を受付。
ticket3@toos.co.jp まで件名に
「4月7日”ALEX LILLY”チケット予約希望」
本文に「名前/必要枚数/連絡先」を明記して
メールをお送り下さい。
手続きが済み次第予約完了のメールを返信致します。
お問い合わせ先:下北沢THREE
http://www.toos.co.jp/3/
TEL:03-5486-8804(16:00~)
■京都・UrBANGUILD
2019年4月8日(月)
OPEN 18:30/ START 19:00
ADV. 2500円 / DOOR 3000円(+1drink)
18時半開場 19時開演
ACT:
ALEX LILLY / 児玉真吏奈 / さとうもか
予約・お問い合わせ先:
UrBANGUILDウェブサイトより申込下さい
http://www.urbanguild.net/top.html
TEL:075-212-1125
主催:CA VA? RECORDS / HAYABUSA LANDINGS
http://www.hayabusa-landings.com/
京都公演協力:Helga Press / P-VINE RECORDS
Text By Shino Okamura
Alex Lilly
2% Milk
Release Me / CA VA? RECORDS / HAYABUSA LANDINGS
RELEASE DATE : 2019.03.02
PRICE : ¥2,400 + TAX
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