「表現したい感情が複雑であるほど、音楽が必要になる気がする」
デビュー・アルバムも好評! アーロ・パークスが語る、詩と音楽の関係
すでに大物の風格を携えながら、先ごろ待望のデビューアルバム『Collapsed In Sunbeams』を世に送り出したロンドンのシンガーソングライター、アーロ・パークス。特に現地では期待の大型新人として華々しいデビューを飾ったようだが、そのアルバムの内容はというと実のところ、派手さを伴ったものでは全くない。こぢんまりとしたあたたかなサウンド、メロウで穏やかなメロディ・ライン……確かにそれらは決して華美ではなく、むしろとことんカジュアルでリラクシー。ある意味、地味な部類に入る作品なのかもしれない。けれど躍動感と繊細さを兼ね備えたサウンドを丹念に紐解けば、ヴェルヴェット・アンダーグランドから(「Hurt」のサックス使いはまさに!)、テーム・インパラ、ソランジュまでも射程に収めたという、彼女の古今東西ジャンル混淆的なルーツが、その一音一音に的確に反映されていることがよくわかることだろう。間違っても、「甘美で単調なだけ」ではないのだ。
そうしたルーツの共通点を尋ねてみると「生々しく無防備なまでの抒情性」であると答えてくれたアーロ。彼女のレコードにパッケージングされた親密さはこうした志向からくるものなのだろう。親密さ──それは、パンデミック下において誰も彼もが少なからず意識を向け希求する感覚であり、ゆえにそうしたテーマをもった作品はパンデミックを境に多く見受けられるようになった。その点ではこの『Collapsed In Sunbeams』も時代の空気にもぴったりと合ったレコードだと言えるが、ただ、彼女の作品が醸し出すそれはこうした状況以前からその根本に横たわっていたものなのである。
子どもの頃に詩作をはじめ、自分の感情を整理するために言葉と音楽を紡いできたという彼女。インタビュー中も、その語彙の豊富さや比喩の巧みさ、言葉の選び方の多彩さに驚かされたし、そのおかげで彼女の頭の中にあるイメージがふくよかに、そして的確に伝わってきた。日記のごとく個人的な体験や感情をランダムに綴ったリリックも、まるで親しい友達とおしゃべりしているかのような距離感の近さでスッと理解できるのは、受け取る側に自分の曖昧な感情のニュアンスやイメージがきちんと再現されるように、ぴったりとはまる言葉を探し、それらを組み合わせて伝えようとするからなのだということがよくわかる。
そんなわけで現在絶賛引っ張りだこ状態ながらも取材に応じてくれた、アーロ・パークスの貴重なインタビューをここにお届けしよう。彼女の音楽と詩の関係を紐解くきっかけになれば幸いだ。
(取材・文/井草七海 通訳/染谷和美)
Interview with Arlo Parks
──今はロンドンの自宅ですか? こんな状況ですが、どのように過ごされていますか? 無事に過ごされているといいのですが。
Arlo Parks(以下、A):今は、イーストロンドンの自宅。近頃は、とにかく落ち着いて過ごそうと心掛けている感じ。この前リリースしたアルバムのことを人と話しながら改めて考えてみるにはいいタイミングなのかな、と思ってるところ。あとは料理をしたり、映画を観たりすることが多いかな。
──日本でライブを観るのは、まだもう少し待たなくてはいけなさそうですね。
A:そうなんだよね……私もすごく楽しみにしてる。この作品を、同じ場所で、同時に分かち合えるときがくるのが待ちきれない。今回のアルバムの曲って、人前で演奏することを前提に作られているように思うから、きっとすごいことになるだろうなって想像はしてる。
──その『Collapsed In Sunbeams』は、待ちに待ったあなたのデビューアルバムですが、もともとあなたのキャリアは詩人としての活動が最初だったんですよね。それがどう始まって、音楽を伴うようになっていったのか教えてもらえますか。
A:最初はショートストーリーを書くところから始まったんだ。7才とか、8才のときだったかな。その頃から、何かというと書き留めておくことが好き、というか、書いておかないと気が済まないというような性格で。だから、日記はもちろん、詩ももともとよく書いていたんだけど、もう少し大きくなって本格的に詩というものに興味を持つようになった。自分の心を動かすものの構成要素をイメージとして捉えて、それを具体的に言葉にする、みたいなことが楽しくなってきたんだ。
そして、14、15才の頃にギターを始めて、Grage Bandを自力で使いこなすようになって、そして音楽を作るようになった。でも、リリックはすべて自分で書いた詩だから、作品の核になっているのは常に詩だと言えると思う。
──音楽に関しては独学ということ?
A:ということになると思う。14歳くらいまでは、主にクラシックのピアノのレッスンを受けていたんだけど。でも、自分でやりたかったのはいわゆるロックな曲で。例えば、ヴェルヴェットアンダーグラウンドみたいなのをギターでやりたかった。だから習っていたような音楽は私にはピンときていなかったかもしれない。
──ヴェルヴェットアンダーグラウンド、となると、やはり文学的な音楽が好きだった?
A:そうだね。アートに関しては幅広く興味を持っていたけれど、音楽でいうとシンガーソングライター的なものに惹かれる傾向はあった。たぶん、生々しく無防備なまでの抒情性に惹かれるんだと思う。パティ・スミスも大好き。彼女も詩歌とソングライティングを共存させている好例だと思うな。他にはエリオット・スミスとか、ニック・ドレイクとか……。でも、音楽は昔から色んなのが好きで聴いてきたよ。好みに一貫性は無いんだよね。ジャンルで分けて聴いているわけではないから、ソウルでも何でも聴いてる。
──おっしゃるように、あなたの好きなアーティストリストには、フランク・オーシャンからキング・クルール、ジミ・ヘンドリックス、ポーティスヘッドの名前までも挙がっていますよね。もっと若いころにはエモも聴いていたとか。そうした、自分の好きな音楽に共通する要素ってなんだと思いますか?
A:うーん、私が聴いて楽しいと思う音楽は、アーティストが自分の趣向を完全に信じて創ったもの、のような気がする。つまり、自分に正直に作った音楽、ということだと思う。今、名前が出たアーティストの場合を考えてみても、とにかく無防備に、ヴァルネラブルに自分をさらけ出しているところがあって、それが音楽の郷愁みたいなものに繋がっているのかもしれないし、聴きながら誰かの聞いちゃいけない話を聞いて共感しているような気持ちになる。それが好きなのかもしれない。
──ギターでロックな曲をやりたかった、という話でしたが、それは言葉だけでも、あるいはピアノでも表現できない感情だったんでしょうか。ギターとピアノだと、感覚的に大きく違いますか?
A:やっぱり違うと思う。私の場合はピアノがクラシック仕込みだから、いわば規則をわかってしまっている分、衝動のままに思い切ったことをやるのが難しい気がする。ギターはそこまできちんと習ってはいないので、即興で気持ちのままにやれる気がして。その意味で、ギターで音楽をやる方が自由は感じるかな。曲作りの他にもギターでよくやっているのは、色んなコード進行を試してみたり、好きな曲を聴きながら即興で弾いてみたりとか……そうしているうちにメロディが浮かぶこともあるし。
──言葉だけでなく、音楽を伴ってでないと出てこない感情や思考はありますか? つまり、詩人であるあなたなら言葉ですべて言い表すことも可能かもしれないけれど、やっぱり音楽にしないと伝えられないと感じるものって、あったりするのでしょうか?
A:あると思う。音楽は私にとって、どちらかというと辛い時に頼りにしてきた存在で、だからなのか、表現したい感情が複雑であるほど音楽が必要になるような気がする。もちろん、詩にしたり文章にしたりというのも、うまくいかない現実をシャットアウトして自分だけの世界で考えを整理する作業なんだけど……。もっと若い頃は、みんなと同じように私も落ち込んだり傷ついたりすることがしょっちゅうだったので、自分の殻に閉じこもって詩や音楽を書くことは、その時間だけ自分を憐れむことを許す、みたいな行為だった。そしてそれが済むと、ちょっと明確に状況が見えるようになる、みたいな感じ。その作業が複雑になるほど、音楽を頼りにする傾向はあるかもしれない。
──あなたは、詩人でソングライターであり、楽器も演奏するし音作りも手掛けますよね。その中で自分で一番しっくりくる肩書は何だと感じてますか?
A:うーん、単純にアーティスト、かな。今のを全部ひっくるめてアーティスト、もしくはソングライター……いや、やっぱり全部!(笑)
──(笑)
A:あはは。うん、やっぱり“アーティスト”が自分では一番しっくりくる。定義の幅が広い分、何をやってもOKな感じがして。
──あなたの歌詞は、それこそ日記のように、とても個人的な内容だと思います。そこにあなたがまとわせるサウンドがまたとても親密で、聴いていてまるで、あなたと同じ部屋であなたの1日の出来事をこっそり聞かせてもらっているような気持ちになる気がするんです。
A:わあ、ありがとう!
──それはアルバムの制作において、意図的なものだったのでしょうか?
A:うーん、正直、無意識だったと思う。というのも、あのレコードの制作中の私はほとんど本能と閃きだけで作業していたんだよね。ただ、ストーリーが先にあってそれがとても個人的な内容だったのと、私のライティングのスタイルがそれこそ友達に話を聞いてもらうような感じなので、おのずと親密な雰囲気を醸し出すことになるんだろうとは思う。楽器も、温かな気持ちになる音のものに昔から惹かれるので、なんかこう……肩を毛布で包むような、そんな音作りになっていくのかも。自分が辛い時に聴いてきた音楽も、そういう親密感のあるものだったから、無意識にだけど、そういう音に傾いていったんじゃないかな。
──そんな個人的で親密な音楽が日本にまで届いて共感されているということについてはどう思います? あなたも別言語の音楽を楽しんだりしていますか?
A:私もブラジル音楽はよく聴くから、何となくわかる。それでも感動できる、というのが音楽の素晴らしいところで、言っていることがわからなくても、歌っている人や演奏者が本気で思いのたけを伝えようとしていれば、言葉がひとつもわからないとしても、エネルギーだけは伝わってくるでしょ。それは音楽だからこそ可能な、素晴らしいことだと思う。私が書いているのは、私の人生の私の物語でしかないのに、それが共感を呼ぶのであれば、作ったものが私の世界を超越する何かだった、という証明かもしれない。だから自由に解釈して楽しんでもらえれば嬉しいな。
──そうした個人的なことを綴った楽曲でも、自分の中に客観的な視点や耳は存在しているのでしょうか?
A:うーん……意識はあると思う。ただ、私の場合は、ちょっとしたバブルの中で創作するようにしてるんだ。オーディエンスを意識しすぎると、自分ひとりで自分のために書いている時の魔力のようなものが失われる場合もあると思うから。もちろん、聴いてもらいたい、わかってもらいたい、という気持ちはあるよ。だけど、創作はあくまで個人的な作業にとどめて、出来上がったものを皆さんに届ける努力はする、という感じ。
──MVの制作も、その努力の一環? 個人的な曲を誰かと共同作業で映像にするというのは、どんな経験でしたか?
A:すごく楽しかった! 監督やカメラマンと一緒にヴィジョンを語り合って構築していく作業はとても楽しくて、私も自分の好きな映画のイメージなどを引き合いに、あれこれ意見を出して。特に今はこういう厳しい状況下なので、私が世に送り出すものは、受け手が少しでも明るい気持ちになれるような前向きなものであってほしい、という思いがあって、みんなで楽しく作ることを心掛けた。
──「ユージーン」のMVを撮ったのはロイル・カーナーと彼の弟ですよね。ロイルはあなたのヒーローなのだとか。
A:そう!(笑) 私が初めて観たライヴって、彼のだったんだよね。私が15才のとき。それがこうして一緒に仕事をすることになるなんて、人生が素敵に一巡した感じで。彼の音楽はとにかく、いつも私に力をくれる。一緒にツアーをしたこともあるんだけど、本当に素晴らしい体験だった。彼ら兄弟にはいつもビデオ制作に協力してもらっているんだけど、ずっと尊敬していた人が人間的にも素晴らしくて、今も変わらず冒険心にあふれた創作を、それも私と一緒にやってくれているなんて、思いもしなかったことだけどホントに最高! ずっとずっと大切に覚えていたい瞬間の積み重ねだなって感じてる。
──それは素敵なエピソードですね! あなたの楽曲や創作を見聞きして、パッと頭に浮かぶもう一つの名前は、ジャミーラ・ウッズで。
A:わあ。うん、よくわかる。異論はない(笑)。チャンス・ザ・ラッパーとやった曲は、私も大好き。
──他に、今、好きで聴いていたり、リスペクトしたりしている人を教えてもらえますか? 音楽的なことに限らず、アーティストとしての姿勢でも良いのですが。
A:もちろん! 尊敬するアーティストは大勢いるよ。基本的には、自分で書いて自分でプロデュースしているアーティストが好き。それは、やっぱり深いところで共感できるからかな、と思うんだけど、例えばアンノウン・モータル・オーケストラがすごく好きだったり、テーム・インパラのケヴィン・パーカーとか、あと、ソランジュも大好き。彼女、あのアルバムのメイキングに関するショートフィルムのようなものを発表したけど、あれを見ると、時代や障壁に立ち向かって創作していた様子がわかって、私もあんなふうでありたいと、すごく刺激を受けた。
──最後に、すでに様々な形で自己表現をしてきたあなたですが、今あるものでは物足りない、もっと違うアウトプットが必要に感じることはありますか?
A:もちろんあるよ。どんどん違うメディアに挑戦したいという思いは常にある。そして変化していきたいと思ってる。今トライしたいのは演技。いつか脚本も書いてみたいし、本も書きたい。夢はいくらでもあるんだ(笑)。
<了>
Text By Nami Igusa
Photo By Black Dog
Interpretation By Kazumi Someya
Arlo Parks
Colapsed In Sunbeams
LABEL : Transgressive Records / Big Nothing
RELEASE DATE : 2021.01.29
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