顔を見て話せるような、そこに行けば誰かと話せるようなお店や場所がもっとあるといい
ギタリスト・西田修大、映画『カーマイン・ストリート・ギター』を語る
現在公開中の映画『カーマイン・ストリート・ギター』を観た、というギタリスト、音楽家の方々の声があとを絶たない。私がお邪魔した試写会では高田漣も来ていたし、シャムキャッツの菅原慎一も観に行ったそうだ。もちろん、公開されてからはもっと多数のミュージシャンが劇場に足を運んでいることと思う。ミュージシャンなら…いや、音楽好きならこの映画に魅せられてしまうのは当然。そう思えるくらいに『カーマイン~』は意味のある作品だ。
ニューヨークはマンハッタン、グリニッジ・ヴィレッジのカーマイン・ストリート沿いにあるとっても小さなギター・ショップ、その名も《カーマイン・ストリート・ギター》がこの映画の舞台だ。もちろん実在の店。つまりこの作品はドキュメンタリーである。店主のリック・ケリーは、日々、ニューヨークの町の建物の廃材を使ってオリジナルのギターを作る職人。劇中では、店の奥にある工房で作業をする姿だけではなく、廃材を自ら引き取りに行く姿も描かれる。その寡黙な楽器制作者としての姿と、ニューヨークの住民としての姿、その両サイドが見事なコントラストを与えているのがこの作品だ。
劇中、ジム・ジャームッシュを皮切りに、多くのミュージシャンが店を訪れ、思い出話をしながら試奏する。ビル・フリゼール、ネルス・クライン(ウィルコ)、マーク・リーボウ、レニー・ケイ(パティ・スミス・グループ)、ジェイミー・ヒンス(ザ・キルズ)、キャプテン・カークことカーク・ダグラス(ザ・ルーツ)、エレノア・フリードバーガー(ファイアリー・ファーナセス)そしてボブ・ディラン・バンドでも活躍するチャーリー・セクストンまで。もちろんプロの音楽家という誇りも感じられるが、むしろ、フラリとマンハッタンの馴染みの店に立ち寄ったような無邪気でリラックスした表情が印象的だ。そう、この映画はギター・ショップを舞台にした音楽ドキュメント映画ではあり、仲間が気軽に集まれるような町のホットスポットの重要性を伝える作品。そういう意味で、私はポール・オースターとウェイン・ワンがタッグを組んだ『スモーク』『ブルー・イン・ザ・フェイス』(ともに1995年公開)を2作に通じるものがあると思っている。あの2作の舞台はブルックリンの煙草屋だしそもそもが『カーマイン~』のようなドキュメント映画ではなかったが、町の中に溜まり場になるような個人営業の店があることの意味を洒脱に表現した作品だった。ジム・ジャームッシュの紹介で《カーマイン・ストリート・ギター》を知り本作を撮ったというロン・マン監督は、実際に『スモーク』と『ブルー・イン・ザ・フェイス』に影響を受けたのだという。
そこで、今回、日本の若手ギタリストとして現在最も活躍している一人と言っていい西田修大にこの映画について語ってもらった。吉田ヨウヘイgroup脱退後の現在は中村佳穂、岡田拓郎、石若駿、角銅真実 君島大空、けもの、ものんくる、安藤裕子……と数えきれない多くのミュージシャンたちと時にはセッションを重ね、時にはバッキングを担当する売れっ子ギタリスト。西田は自他共に認めるネルス・クラインやマーク・リーボウのファン。そんな彼は『カーマイン・ストリート・ギター』をどう観たのだろうか。
(取材・文/岡村詩野)
Interview with Shuta Nishida
――この映画にすごく刺激を受けたそうですね。
西田修大:そうなんです。とにかくめちゃくちゃ面白かったですね。すごく集中して観てしまいました。映画自体は淡々としていて、一週間の毎日を追いかけてる…って作品じゃないですか。次々とミュージシャンは来るけど、別に大きな展開もなくて。でも、何が一番驚いたかって、演奏シーン…まあ、店でギターを試奏する場面でどのミュージシャンもすごくしっかり演奏してるというか、それぞれ2、3分くらいかけてちゃんと1曲分くらい弾いている。適当に「トゥクトゥクトゥクトゥク、ジャ~ン」みたいなのじゃないんですよね。で、そのあとにエピソードや自分の思いを語っていくんですけど、その演奏自体がどの人もすごく個性があってよくて。ギターの歴史を垣間見ているような瞬間だなって思いましたね。
――特にどのアーティストのシーンが印象に残っていますか?
西田:まあ、特に好きだっていうのもあるけど、ネルス・クラインとビル・フリゼールかな。フリゼールは実際に1曲分丸々くらい長く演奏していましたよね。ライヴで観られる演奏とは違う、もっと気軽でリラックスした雰囲気でのプレイってなかなか観る機会ないですよね。しかも、聴いた瞬間、すぐ「絶対この人だ!」ってわかるような演奏ですから! ザ・キルズのジェイミー・ヒンスの演奏場面もすごく良かったですね。あの人、事故で左手中指の腱ががないんですよね。でも、そういういろんな苦難を乗り越えてきているからこそあの独特のフレージングがあるんだなあって。個人的な発見は、ルー・リードのギターテックのスチュアート・ハウッド。「ルーはこういうチューニングするんだよ」って明かしてくれてたでしょ? マジか!って驚きでした。そういう勉強になるシーンもたくさんあって……どのシーンも全部印象に残ってますよ。
劇中、店頭で試奏するビル・フリゼール
――西田くんの場合、ギター・ショップで試奏する際、どういうところを一番意識したり気をつけたりするんですか?
西田:抱えた時にのフィット感とかは結構大事にしますね。しっくりくるものがいいというわけでもないですけど、実際に弾いた時にどう響いてくれるのか…とかですかね。手にした時にいいフレーズに導いてくれるかどうかって、絶対にギターによってあるんですよ。一時期はモニターのリファレンスみたいに試奏用の1曲を決めた方がいいのかな?って思っていたんですよ。それで相対的に選んだ方がいいのかもって。でも、今は、そのギターが「こういうふうに弾いたらいいよ」って導いてくれるようなギターに出会いたいと思っているんです。だから、決まったリフとかフレーズを用意しているわけではないですね。そういう意味でも、この映画でネルスやビルが試奏どころか結構しっかり弾いていたのには驚きました。僕はあまりたくさんのギターを使い分けるわけじゃないんですけど、今よく使っているジャズマスターはネルス・クラインに憧れまくって買ったものなんです。これまでに二度、《フジロック》のルーキー・ステージにこのギターで立っているんですけど、コイツがあるから大丈夫!って自分の精神面を支えてもらっている気がしています。《フジロック》のルーキーへの出演は、吉田ヨウヘイgroupで、今年は君島大空合奏形態で出ました。買った時はそんなふうに思ってなかったんですけど、今年また出演した時に、このギターでここに立つのは2度目だなあ…って感慨深かったりしましたね。《フジロック》には今年は中村佳穂BAND、角銅真実さんと一緒にも出演しました。
"僕が使っているジャズマスターはネルス・クラインに憧れまくってた頃に買ったもの。これまでに2度《フジロック》のルーキー・ステージにこのギターで立っているんですけど、コイツがあるから大丈夫!って自分の精神面を支えてもらっている"
――自分でギターをカスタマイズしたり制作したことはありますか?
西田:もちろんパーツや配線を変えるようなカスタムすることはありますけど、素材から選んで作るってことはやったことないですね。だから、この映画を観て、単純にワクワクしました。作ってみたいなって。僕は工房みたいなところにも行ったことがないし、独自モデルとかにもあまり関心がなかったんですけど、まさにこの映画の影響で、今だったら、広島の実家に植えられてた木で作ったギターとかがあったらいいなって思いますね。昔は「音に魂が宿る」みたいなことに全然興味なかったし、信じてなかったし、そんなこと言ってるヒマがあったら練習しろって思っていたんですけど、この映画を観て余計に変わってきましたね。自分が好きな人がプレゼントしてくれた何かがそこに入っているとか、手に持った時に何か感情的にクるとか……自分にとって深く思い入れのあるモノとしてのギターですよね。だから、もちろん、ギターって演奏者のハーモニーとかリズム感とか音色とかがダイレクトに出るわけだけど、前の日に食べたものとか起こった、誰と会っていたとか、誰と誰が繋がっているとかにも左右されることあるなって、最近は特にそういう気がするんですよね。この映画の中にもそういう場面があるじゃないですか。
――ネルス・クラインが、お父さんを亡くして悲しんでいるジェフ・トゥイーディーにプレゼントするためにギターを選びにきたシーンですね。
西田:そう。あれ、いい場面ですよね。あれ観てますますそう感じるようになりました。演奏する際に「このピックアップだからイケる!」とかじゃなくて、むしろ「前の日にここであの人が弾いてたから、いい気があるかも!」みたいなちょっとした気持ちの方が演奏にも反映されるなって思うんですよね。ステージとか録音の時って不安だから、余計にそういう精神面に支えられるなって思います。
劇中、盟友であるウィルコのジェフ・トゥイーディーについて語るネルス・クライン
――この映画は、ニューヨークの廃材を用いたハンドメイドのオリジナル・ギターの魅力を伝える一方で、音楽好きがフラリと立ち寄れる町のホット・スポットの大切さを伝える作品でもあると思うんですね。その点では、同じくニューヨークを舞台にした『ブルー・イン・ザ・フェイス』と『スモーク』という映画を私は思い出したんです。
西田:ああ、わかります。みんなが集まれる場所、溜まり場みたいなところですよね。僕にもありますよ。東京のヴィンテージ・ギター・ショップで《イケベ楽器ハートマン・ヴィンテージ・ギターズ》という渋谷のお店。すごく親しくしているヤツがいるっていうのもあるから、もちろん修理とかだと必ず頼っちゃうんですけど、単純にフラっと足を運んじゃう店なんですよね。そこにいると友達のミュージシャンとバッタリ会ったりもするし。こういう場所ってすごい大事だなって最近特に思います。しかもそういうのって何も楽器とか音楽関係の店に限らないですよね。僕がやっぱりよく行く池袋の《カクルル》って店はカフェというかご飯屋さんなんですけど、石若駿とかTAMTAMのメンバーとかもよくそこで会ったりします。ここから何かが始まるかも…みたいな実感もあって誇らしいんですよね。一人だと寂しくて不安にもなるんだけど、場所とか人に支えてもらえてるって感じがあると「よし頑張ろう!」って思えるような。そういう店が自分にもいくつかあります。でも、もっと色々な場所にそういう店が増えてほしいですよね。本屋でも雑貨屋でもレコード屋でもいい、顔を見て話せるような、そこに行けば誰かと話せるようなお店や場所がもっとあるといい。僕もそういう場所がもっとほしいと思っています。だって、普通に買い物だけするならネットで買った方が早くて安いわけでしょう? でも、そういうことじゃないですよね。店って人と交流するための場所でもありますよね。
――そうですね。たとえはライヴ・ハウスの在り方にもそういうことは感じますよね。ただライヴを観に行くためだけの場所ではなく、お酒を飲んだり仲間としゃべったりする場所でもあってほしい、というような。
西田:ですよね。「ハコ」じゃない場所としてのライヴ・ハウスですよね。音響設備もちゃんとしてて休めるスペースもあるライヴ・ハウスはもちろんいいけど、そこで誰が演奏していても行きたいかどうかも重要ですからね。フラっと遊びに行ける場所としてのライヴ・ハウスもあるといいですよね。それも『カーマイン・ストリート・ギター』を観て感じていました。でも、最近、そういうところが必要だって、みんななんとなく気づき始めてるところじゃないかな。岡田拓郎に教えてもらった、福生にある『スリー・シスターズ』っていうヴィンテージの楽器屋さんとかもそうなんですけど、そこにいくということを目的とするような店が今必要とされてる気がしますね。まだ、それがカルチャーとして成熟していないけど、徐々にその萌芽が出てきている感じがします。実際、高円寺とか中野とかに個人でやっているヴィンテージの楽器屋さんが増えていますよ。
――東京もニューヨークも家賃が高いから個人で店を持つのは難しいでしょうけど、チェーン店ばかりになってどこの町に行っても同じ表情…っていうのは本当に寂しいですしね。西田くんはニューヨークには行ったことありますか?
西田:それがないんですよ~。絶対に近いうちに行ってみたいですね。ていうか、この《カーマイン・ストリート・ギター》に行くだけのためにニューヨークに行きたいです(笑)。
<了>
西田修大(にしだ・しゅうた)
1988年 広島生まれ。中村佳穂BAND、Shun Ishiwaka Songbook Project、君島大空(合奏形態)、MEETZ TWELVE、Ortance、Okada Takuro、ZA FEEDO、けもの、ものんくる、カーネーション、安藤裕子、DAOKOなどのギタリストとして活動中。吉田ヨウヘイgroupのギタリストとして4枚のフルアルバムをリリース後、2019年2月に脱退。
Text By Shino Okamura
Carmine Street Guitars
カーマイン・ストリート・ギター
監督:ロン・マン
2018年 / カナダ / 80分
配給:ビターズ・エンド
現在公開中(劇場情報は下記公式サイトから)