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今一番ライヴを観たいバンド
ビッグ・シーフ ロンドン公演レポート
〈一寸先は闇〉の衝動と野心

23 March 2022 | By Yuta Sato

筆者が生きてきた36年間の中で、いまこの時ほど先が見通せないことの恐ろしさを感じる時代はなかった。2022年3月現在、「未来は分からない」という言葉に希望よりも恐怖の含意を感じてしまうことは、とても自然なことだ。

しかし、ロックという音楽は、本来的には「未来は分からない」ということを言い続けてきた音楽だという気もする。絶対に見通せるはずもない未来に対して、たとえまやかしでも希望のビジョンを描き、ある意味では詐欺的に〈その一歩〉を踏み出させてしまう音楽。なるほどその意味では、とても悪魔的な音楽なのかも知れない。

ビッグ・シーフの音楽には、そういうロックの〈恐ろしさ〉が存分に詰まっている。いま一番詰まっていると言っていい。では我々はそれを避けるべきなのかと言えば、無論そうではない。多分、それは解毒剤のようなものだ。誰かの足を止めてしまう恐ろしさを解毒し、賢くスマートに誰も彼もを出し抜いて生きていけると考える浅はかさを解毒する(別の意味での浅はかさ)。だから、それは、とても怖い音楽なのだ。

ロンドン公演の告知ポスター。最終的に全公演ソールドアウトになった



2022年3月3日、西ロンドンはキングストンの《Shepherds Bush Empire》でビッグ・シーフのライヴを観た。現在、彼女たちは最も重要なロック・バンドのひと組だ。デビュー・アルバム『Masterpiece』(2016年)以降、5枚全てのアルバムが名盤。特にサード・アルバムの『U.F.O.F.』の発表後は、同時代最高峰のロック・バンドという定評を確立する中でリリースを重ねてきた。今回のツアーは、つい先日発表された最新アルバム『Dragon New Warm Mountain I Believe in You』を引っ提げてのツアーでもある。

ビッグ・シーフの音楽の革新性を一言で言えば、オルタナティヴなフォーク・ロックの形式は固持しつつ、そのアンサンブルに各楽器のダイナミクスやリズムの不測的な変化=揺らぎや不確実性を導入することで、その拡張性を探究してきたことだと表現することができる。それは従来的な意味での〈演奏ニュアンスの追求〉という側面もあるが、ここで重要なのは、一般的にはあまり耳馴染みの薄いニュアンスの追求=新しさに焦点が置かれてきたこと。その背景には、学生の頃から現代的なフォーク音楽やジャズを深く研究し(メンバーの全員が名門、バークリー音楽大学の卒業生)、演奏を続けてきた、各メンバーの音楽的なバックボーンも大いに影響している。

最新アルバム収録曲の「Sparrow」からスタートしたこの日のライヴでも、その個性はクリアに提示されていた。ドラマーのジェームズ・クリヴチェニアは象徴的な存在で、おそらく彼はバンド内で担当楽器の演奏精度が最も低いプレイヤーだが、一方でステージ上で起きていることに反応する感度や、演奏の探究における果敢さの面では最も先鋭的なプレイヤーでもある。また、アンビエント音楽作家としての顔も持ち、アルカの先鋭的な電子音楽に感銘を受けて、そのリズムの構造や変化のパターンを抽象化してバンドの演奏に取り入れようと挑戦する野心的な演奏家でもある。そうした彼の感性のフィルターを通して表現される音量やリズムの揺らぎへの即時的な探究や、その結果としてのダイナミックなプレイは、〈いままさにそこで何かが起きている〉ライヴの生々しさを強く触発する。

演奏の揺らぎとニュアンスを即時的に探究するという意志は、ギター、ヴォーカルのエイドリアン・レンカーや、ギターのバック・ミーク(ボブ・ディランの2021年のプロジェクト〈Shadow Kingdom〉のメンバーでもある)にも共通している。ビッグ・シーフのライヴを見る経験は、その探究のプロセスそのものを、共に通過する体験だと表現することもできる。

また、その一方で興味深いのは、そうは言っても全くフォーム・フリーな演奏ではないということで、バンドの演奏全体としては、原則的にレンカーのペン(一部ミークとの共作)による楽曲の端正なフォームを崩さないことへのバランスがはっきりと意識されている。ベースのマックス・オレアルチックは、他のメンバーよりも演奏の安定性についての責任を幾分多く担っている印象で、この点についての貢献度が高い。と同時に、メンバー間で意識的に、ステージ上で〈何をするか〉と同時に〈何をしないか〉も共有されている印象だった(例えば、クリヴチェニアは一般的に〈オカズ〉と呼ばれるドラム・フィルのようなプレイを、ショウ全体を通してほとんど披露しない)。

ニュアンスが最重要な音楽なので、基本的にはそのための音響的な余白が広く存在する曲の方がアンサンブルの特性が活きる。この日のセットリストで言えば、「Black Diamonds」や「Shoulders」のようなアーシーだったりフォーキーなアレンジの曲の方が全体的に演奏映えすると感じた(逆に、スタジオ版ではレコーディングのトリックを利かせた電子音楽的な曲──「Little Things」や「Flower of Blood」──は、ショウ全体のアクセントになっていたが、ライブで魅力的に聴かせるためには、まだ発展の余地があると思った)。

こうしたニュアンス、揺らぎ、不確実性への一貫したこだわりから感じるのは、ステージで何かを〈起こす〉のだというバンドの強い意志だ。たとえ発表済みの曲であっても〈お約束〉のような演奏には絶対にしない。いまそこで音楽が生まれているという感覚を呼び覚ます、ということにバンドが全てをかけているというムード。その傍証は、彼女らがツアー用の共通のセットリストを持っていないという点。例えば今回、ロンドンでは全4日間のライヴを行った彼女らだが、その曲目は全日程で全く異なっていた。後から知ったところではライヴを予想不可能なものにするために(バンドのプロデューサーでもある)クリヴチェニアが、毎日〈その日に聴きたい曲〉を元にセットリストを決めるというルーティンになっているらしい。これは最近のロック・バンドでは珍しい部類に入るが、レンカーはビッグ・シーフを始める遥か前の十代の頃に、やや準備不足のままソロ・デビューをし、ルーティン的な音楽活動に辟易した経験があるそうで、その頃への反省や反動が、今もバンドの意志を駆動する原動力になっているのかも知れない。

そうした意志は、所謂〈ライヴ・アンセム〉と呼ばれる曲の演奏にも顕著で、この日、終盤に披露された代表曲「Not」の演奏で、レンカーは何らかの躊躇いを振り切るように演奏しているように見えて、とても印象的だった(実際に二番の演奏では歌詞を飛ばしてヴァースを引き伸ばして演奏する一幕もあった)。また最新アルバムの表題曲「Dragon New Warm Mountain I Believe in You」では、スタジオ版とは異なるヘヴィなアレンジを早くも披露しており、この辺りのフットワークの軽さやアイデアの豊富さにバンドの高いポテンシャルを感じた。あるいは、この日のオープナーのタッカー・ジマーマンのステージでは、バンド全員で飛び入り参加を果たし、ジマーマンの代表曲「Slowin’ Down Love」を軽いジャムのような形で演奏した。これら全てについて、ステージ上で何かを〈起こし〉、そのことでオーディエンスとの関係を切り結びたいと考える、バンドの意志の表れとして見ることができるように思う。

また、ビッグ・シーフの音楽が興味深いのは、そうした揺らぎや不確実性の追求が、フォーク・ロックの更新や進化を指向する一方で、演奏に織り込まれた不確実性がもたらす〈一寸先は闇〉のフィーリングや拡張の精神そのものが、元来的な意味でロック音楽的であるという、捩れた二重性を持っているということ。だから、彼らのライブを観ていると、他のロック・バンドがやっていないような演奏的な野心を感じる一方で、前述の「Not」や「Forgotten Eyes」の演奏には、思わず拳を振り上げたくなるような原初的で衝動をも、また刺激される。

そして、冒頭でも書いたように、それは現代の音楽シーンやリスナーにとっての解毒剤のような役割があるのではないかとも思う。誤解を恐れずに言えば、最近のライヴのシーンでは、固定化されたセットリストやステージ演出などの〈お約束〉がいささか増え過ぎているように思う。バンドの演奏でPAブースからの同期音を使う例さえ少なくはない。ただ、それは本来的な──少なくとも筆者がかつて憧れたような──ロック・バンドの姿とは少し違う。

ビッグ・シーフのスタイルは、その対極にあり、現代の基準では潔癖症的だとすら言えるかも知れない。しかし、その徹底ぶりは、やはりロック・バンドの一種の理想を体現しているようにも思う。新作のツアーであっても、その日の気分で何を演奏するかを決める。そして、ステージ上での、文字通り生身の演奏を通して何かを起こして、リスナーとのコネクションを生み出す。あるいはレコーディングにおいても、穴蔵のようなスタジオで昼や夜やのセッションを繰り広げ、その中でメンバーとの濃密な信頼関係を築き、その成果としてアルバムを引っ提げて帰ってくる、というようなバンドの姿。

それは健康的で効率性重視な現代的な姿勢への、アンチテーゼのようにも映る。反時代的なロマンチシズムと言われたら、その通りかも知れない。しかし、ビッグ・シーフの音楽は、コレクティヴやギグ・ワーク的な流動的な効率性が称揚されるこの時代にあっても、そうした〈人生共同体〉としてのバンドでしか生み出せない音楽が、また確かに存在している、ということを僕に思い出させるのだ。(文・写真/佐藤優太)

Text By Yuta Sato


Big Thief

Dragon New Warm Mountain I Believe In You

LABEL : 4AD / Beatink
RELEASE DATE : 2022.02.11


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