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エイドリアン・レンカーが示す二元性と揺らぎ〜ビッグ・シーフの紅一点の最新ソロ作を聴き解く

27 October 2020 | By Yasuyuki Ono

「あらゆる物には二元性が宿っていると感じます。少なくとも人間の経験においては。それは、私が今までに書いてきたすべてに通じるものだと思います」

エイドリアン・レンカーは自身のバンド、ビッグ・シーフのサード・アルバムであり、グラミー・ノミネートをはじめ、同時代的なバンド・ミュージックとして最大級の成功を手にした『U.F.O.F.』(2019年)リリース時のインタビューでこのように語った。そこで述べられているように、エイドリアンのソング・ライティングや、リリックにおいて「二元性」はこれまで様々な形態で表れてきた。

例えば同作に収録されるとともに、ソロ・ワークとしてのセカンド・アルバム『abysskiss』(2018年)にも収録された「Terminal Paradise」に目を向けてみよう。エイドリアンの特徴ともいえるアンビエンスな音像を軸としつつ、トーンを下げて歌い上げられるのは人間の「生」と「死」という二項。「私の死は道となり/道は花へと誘う」というリリックには、死と生が結びつく輪廻的な思想が示されている。さらに、ビッグ・シーフのセカンド・アルバムたる『Capacity』(2017年)での、穏やかな歌声とアコースティック・サウンドに対置されたのは、しなやかかつエモーショナルに響く歌声とバッキング・サウンドだった。昨年、バンドの際限なきクリエイティビティを提示した『U.F.O.F.』(2019年)と『Two Hands』(2019年)の二作においても、「天空」と「地上」、「環境」と「人間」という二元性のもとで「見知らぬ他者」に向けて、コミュニケーションを試行し続けるというテーマ性が内包されていた。

ここで、本稿の対象たる『songs』と『instrumentals』の二連作について見ていこう。今春にかけて訪れた世界的な新型コロナウィルス感染症拡大を受け、ビッグ・シーフは予定していたツアーをキャンセルすることとなった。そこでエイドリアンは何年もの間、断続的に続いてきたライブ・ツアー、レコード制作といった休みなき生活の喧騒から離れ、4月にウエスタン・マサチューセッツの山中にある森に囲まれたワンルーム・キャビンに休養を兼ねて身を寄せることにした。当初は、レコーディングや音楽制作は考えていなかったというが、まるでアコースティック・ギターの中にいるようなキャビンの音鳴りの良さ、静かで穏やかな空気と時間の流れる森林の中での沈黙と思考は長い間できていなかったという自らのクリエイティビティに向き合うことを可能とした。そこで、友人のフィル・ウェインローブをエンジニアとして呼び寄せ、レコーディングが開始されていった。

ここに収められているサウンドは、何よりも限られた機材と資源下でのアナログ・レコーディングによって生まれたものである。雨音、鳥のささやき、虫の羽音といった環境音の導入や、本来はカットされてしまうようなレコーディングの小さな作業音や弦のこすれる音までを拾い上げる構成が、まるで目の前でエイドリアンの演奏が繰り広げられているかのような生々しい感覚と、統一感を作品にもたらしている。ソロ・ワークとしての前作『abysskiss』(2018年)にて特徴的であった静謐かつ暗部のあるサウンドや生と死、悲哀といったテーマ性は、例えば「ingydar」や「come」といった曲において再び現れているが、他方で前のめりにつま弾かれるアコースティック・ギターが特徴的な「not a lot, just forever」や「anything」といった曲群も『songs』には含まれており、テーマ性は過去と一貫しつつもサウンドの一様性は減退している。「歌」と「演奏」という直接的な題名をもった本作は、録音環境によってもたらされたインスピレーションに身を委ねつつ生み出されたそのサウンドをもって、エイドリアンの特徴である多層的で多彩な感情が沈殿と浮遊を繰り返す歌声とともに、本作に聴き方の広がりを与えている。

エイドリアンは別の場所でも(ソロ・ワークにおいて)継続してみられる「生」と「死」というテーマを比喩として持ち出し、自身がもつ二元性の思想について語っている。そこでは、人間の生が掃除機の巻きコードの比喩を使って表現されている。人生は線形軌道をもった前後に動いていくものではなく、口を開けた時間に積み重なるように、巻き取られていく。すべてのものは生まれると同時に時間に飲み込まれていく。その二元性はすべてのものにある。人間は自身の生を経験するために、様々な形態をとって現れる死や喪失、別れを必要とする、ともエイドリアンはいう。本作でそのような思想性は「ingydar」における「すべては食べ、食べられる/時間が与えられる」という、「生」が「死」を不可避にはらんだものであることを示すリリックに端的に示されているだろう。残酷な運命と希望はお互いに絡み合い、ほどけることはないのだ。さらに抽象的にいうならば、何かをすることは何かをなされる客体=他者を想起することでもあり、その視線の転換と連鎖のもとで時は進んでいくというメッセージもそこには埋め込まれているといってもよい。エイドリアンにとって二元論とは人間の存在条件としてあり、どちらかに完全にコミットメントできるものではない。両者の間を揺らぎながら人間の生は営まれていく。それは優柔不断な態度などでは決してなく、その間の揺らぎを肯定するという第三の選択肢を私たちに手渡してくれる。

本作は「歌」と「演奏」という二つの極をゆらゆらと行き来する。それによってこの二連作は完成するといってもよい。『songs』における、複雑な感情の起伏を絶妙なラインで表現するエイドリアンの歌声と身に迫るほどのリアリティを有したナラティブから、『instrumentals』でのイマジネーティブなアンビエンスまで、私たちにはこの音楽を読み解く多くの可能性が残されている。エイドリアン・レンカーというソング・ライターが同時代において何よりも優れているのは、上述してきたように、そこに込められた感情を一面的に取り出すことのできない歌声と演奏の揺らぎがもたらす解釈の多様性と、描かれる物語が持つ二元性が内包する揺らぎを肯定的にとらえる視線にある。深い森の中にある、小さな山小屋の中で生まれたこの音楽は、この世界中のどこで生まれる音楽よりも暗く、そして光に満ちている。(尾野泰幸)

Photo/Genesis Báez


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Adrianne Lenker

songs and instrumentals

LABEL : 4AD / Beatink
RELEASE DATE : 2020.10.23


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Text By Yasuyuki Ono

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