BEST TRACKS OF THE MONTH – July, 2019
Angel Olsen – 「All Mirrors」
比類なきその声に対峙できるのはオーケストラだったということか。前作『My Woman』(2016年)からほとんど新曲らしい新曲もないまま約3年が経った今、エンジェル・オルセンからついに届けられた新曲「All Mirrors」。前作が各メディアにとりわけ絶賛されたというプレッシャーもあっただろう。だが、ここまでの挑戦を彼女自身が決断したことにとにかく驚かされた。セカンド・アルバム以来にジョン・コングルトンと再び手を組むと共に、なんと14人編成のストリングスを従えた壮大なスペクタクルへの飛躍を果たしたのだ。抑制された調子で始まり、スペーシーなシンセ・ストリングスで一気にテンションを高めたかと思いきや、今度は生のオーケストラが入れ替わり現れ、荘厳なラストへとなだれ込む…という展開は圧巻の一言。
ただ、そんな楽曲においてなお際立つのはエンジェルの力強い歌だ。”〜ing”というワードを多用した同じフレーズを繰り返すだけでありながら、突き抜けるような迫力と説得力を備えたその声は、ヴァシュティ・バニヤンのような、などと評された初期の頃とは比べものにならない。いまやアメリカのアデルと言ったほうがいいだろう。「鏡」をテーマに自分と向き合うことを歌うこの1曲だけですでに彼女の内側の深淵に引きずり込まれてしまうのだが、10月にリリースされるというアルバムでは一体どうなってしまうのだろう。(井草七海)
Dabeull & Rude Jude – 「DR. Fonk (feat. Rush Davis)」
ディスコ発祥の地フランスはパリを拠点に活動するファンク研究家ことDabeull。ヴィンテージのシンセ+扇風機+胸毛というシュールかつクールな佇まい。これは本作収録のEP『Intimate Fonk』のアートワークだが、Youtubeでも彼の陽気なキャラクターは人気を博している。しかし、彼はただの陽気な兄ちゃんではない。所狭しと並べられたヴィンテージのシンセサイザーが物語るように、彼のディスコ/ファンクに対する偏愛は度を越えており、ファンク研究家と言われる由縁である。
彼の温故知新的アプローチは、ここ日本でも人気の高いタキシードとしても活躍するメイヤー・ホーソーンやベニー・シングスなどのポップ・マエストロと共通する偏執狂的な音作りだ。もちろん本作「DR. Fonk」でも、それは遺憾なく発揮されている。ウネリが半端ないシンセのベースラインとその上を爽やかに彩るメロディー、トイ・ポップ感溢れるアレンジなどは、エレクトロ・ディスコとしてカルト的人気誇るChemise「She Can’t Love You」(1982年)を彷彿とさせる。ノイズや揺らぎを残したその音像は、ほぼ40年前の音楽が現代に蘇ったかのようであり、そこに対する細かすぎる拘りが成せる技が堪能できる一曲だ。(杉山慧)
Haim – 「Summer Girl」
最初にこの曲が彼女たちのライヴで披露され、その動画が出回った際にルー・リードの「Walk On The Wild Side(ワイルドサイドを歩け)」に似たリフのことがネット上で多数指摘されていたが、実際に、カリフォルニアの3人姉妹による約2年ぶりとなるこの新曲はルー・リードにインスパイアされて作った曲なのだという。メンバーのダニエルは「私のパートナーが癌になったのが分かった時にこの曲を作り始めた。私はツアーに出ていたけど、ショウの合間に家に戻るときはいつでも彼の太陽になりたかった」と語っていて、タイトルのSummer Girlというのは癌と戦う彼にとっての希望の象徴のような意味合いなのだろうと推察できる。そんなこの曲で重要なのは、最近ではクライロのデビュー・アルバムを手がけたロスタム・バトマングリ(元ヴァンパイア・ウィークエンド)が本作に関わっていることだ。ロスタムとハイムとの付き合いはこれが最初ではないし、この曲には他にアリエル・リヒトシェイドもプロデューサーとして関わっているが、とりわけ注目したいのが抑揚の少ないアンサンブルに色彩を与えているサックスの音。そう、燻んだこの音を聴いて、まさしくルー・リードの「Walk On The Wild Side」のバリトン・サックスを想起した人も少なくないだろうが、実際にあの曲におけるロニー・ロスさながらのスモーキーな音色を聴かせているのが他ならぬロスタムなのだという。しかもその同じバリトン・サックスの音と寡黙なベース・ラインが追いかけるように絡み合い、背後にうっすらとストリングスが敷かれているこの展開…まさに「Walk On The Wild Side」へのオマージュそのものだ。
なお、ワイルド・サイドではなくLAの路上を3人がTシャツを脱ぎながら歩く、ポール・トーマス・アンダーソン監督によるこの曲のPV、バリトン・サックスを吹いているのはロスタム本人ではないが、役者やモデルなどではなく、LA拠点の若きコンポーザー/管楽器奏者であるヘンリー・ソロモンを起用しているというのがまた粋な演出だ。ヘンリーはこれまでにルイス・コールやヴルフペックなど数多くのアーティストと共演している実力派。サンダーキャットやモーゼス・サムニー、ジョーイ・ドーシックあたりまでもを巻き込むLAシーンのシームレスで成熟した広がりがこうした些細な現場にも現れている。(岡村詩野)
Lulileela – 「Fantasy」
韓国のインディ・バンド、バイ・バイ・バッドマンのベース・プレイヤーであり、女性3人組バンド、ソウルムーン(Seoulmoon)でも活躍するイ・ルリのソロ・プロジェクト。昨年EP『Rise From The Ashes』をリリースし、今年も既にこれが4作目のシングルだ。
ドレイクの「Passionfruit」も思い出させた緩やかなハウス・ビート、トロピカルな音色、そこに彼女自身が弾いているであろうファンキーなベースラインがうねることで、心地いい高揚感を感じさせる。抑えめにしっとりと歌われることの多いイのボーカルは、曲のムードにマッチしているし、彼女のディスコグラフィの中でも最も完成度が高いのではないかと思う。プロデュースを務めるのは以前そのレトロ且つ未来的なR&Bスタイルを”MAP OF THE K-POP”で特集したペク・イェリンのソロ作も手掛けるバイ・バイ・バッドマンのメンバー、Cloud。確かに、ここでの心地よさと柔らかなグルーヴはそう、シティポップ的な懐かしい感覚とも似ている。また、ドラムを叩いているのは先述のソウルムーンのキム・ヒェミだし、新しい感覚の都会的ポップスを作り上げるこの界隈から目が離せない。夏の夜、蒸し暑さを忘れさせるクールな風をソウルにも、ここ東京にも吹かせてくれる。(山本大地)
Rayland Baxter – 「Come Back to Earth」
僕の記憶の中でこの曲を歌ったミュージシャンは、レイランド・バクスターで三人目だ。本楽曲を収録する彼の新作EP『Good Morning』は7曲全てがマック・ミラーのカバー。レイランドがマックの楽曲のみでEPをリリースしたことは、ラッパーとして知られるマック・ミラーが希代のメロディ・メイカーであったということを再定義したようにも思えた。昨年、亡くなる数日前にマックがツイートしたのは友人のシンガー・ソングライター、ディラン・レイノルズの楽曲「No Control」の美しさについて。そしてマック・ミラーの追悼公演、アコースティック・ギターを片手に登場したディランが歌った曲は「Come Back to Earth」だった。レイランド・バクスターもディラン同様、ギターを抱え歌うシンガー・ソングライターだが、彼もこの曲のバッキングの中心にはアコースティック・ギターを置いた。一つの楽器に向き合って歌を紡ぐ孤独ともいえる自作自演歌手だからこそ、彼らはマック・ミラーの孤独に共感し、本楽曲のメロディの美しさに引き寄せられたのかもしれない。マック・ミラーはアルバム『Swimming』で本楽曲を冒頭1曲目に配置し自身の孤独や苦しみから帰還することを表明しているようだったが、レイランド・バクスターは本楽曲をEPの最後に置きマック・ミラーの不在を惜しみながら、叶わぬ帰還を希求しているのだ。(加藤孔紀)
SAGOSAID – 「Little Heaven」
京都の《Second Royal Records》から2枚のEPをリリースするも、現在は活動を休止している京都/名古屋のバンド、she said。ヴォーカル/ギターを担当していた佐合が新バンド、その名もSAGO SAIDとしてカセット・シングルをリリース。she saidのサゴさんだからSAGO SAID。このざっくりすぎるネーミングからしてもう最高なんだけど、肝心の楽曲もバンド名同様、切りっぱなしのデニムのようにどこまでもラフで風通しの良い、カラカラに乾いた轟音ギター・サウンド。
ペイヴメントのファーストを彷彿とさせるジャケットも含めて、90年代USインディーの影響を強く感じさせる点はshe said同様だが、定評のあったメロディー・センスがより一層際立っている。どのくらい際立っているかっていうと、一回聴いただけでウチの小学生の娘がフンフン口ずさんでしまうくらいにキャッチー。それでいて90年代後半を青春のど真ん中として生きた私には、歪んだノイズの向こう側にBloodthirsty Butchers、ナンバーガール、PEALOUTにLOVE LOVE STRAWといった、二度と戻ってこないはずの「あの頃」をメラメラとした陽炎のように見せてくれる召喚力がある。夏は終わらない。そんな一曲。(ドリーミー刑事)
Wilco – 「Love Is Everywhere」
この秋、3年ぶりのニュー・アルバム『Ode To Joy』を自身のレーベル《dBpm》からリリースすることを発表したばかりのウィルコ。先行して公開されたリード・シングルが「Love is Everywhere(Beware)」だ。
ウィルコとしてのここ数作は、アート・ロック志向をより深めた実験的な作品が目立った一方、元来のウィルコらしいトラッドでメロディアスな要素はやや影を潜めていた印象だが、このシングルでは、ここ最近のジェフのソロ作でもうかがえた、アコースティックなサウンドを基調としながら丁寧に旋律を紡いで歌に重きを置いていく姿が前面にでている。
ここで歌われるのは、家族・友人、その周りにいる人々への愛であり、人間の日々の営みに静かに寄り添おうとする、音楽のプリミティヴな魅力。と同時に、愛とか正義という、誰もが正しいと思うべき同調性への危うさにも疑問を呈している。それでも美しいトレモロ・ギターとどこまでも深く響き渡るペダルスティールに乗せたジェフの歌声は、そんな人間の業を肯定しながら、人と人の間でしか生まれない希望というものに、なんとか光を見出そうと語りかけているようで、彼の今のマインドを象徴するような楽曲に仕上がっている。(キドウシンペイ)
蓮沼執太 – 「CHANCE feat. 中村佳穂」
ここしばらくは蓮沼執太フィルでのリリースが続いている蓮沼執太、ソロ名義では久々のシングル。今年4月、フィーチュアされている中村佳穂とともに、東京・日本橋でのライヴ・イベントで披露した曲だ。ライヴでは、ツイン・ドラム、ツイン・ギターに蓮沼のキーボードというフィジカルな5人編成だったようだが、音源のほうはストリングスやスティールパンなどでカラフルに彩られている。クレジットされている面々も、半分近くが蓮沼執太フィルのメンバーだ。とはいえ、曲の要所でアンサンブルを支えるシンセベースが、この曲があくまでソロ名義として作られていることを物語っている。音圧も蓮沼執太フィルに比べてぐっとコンパクトだし、あえて打ち込み音源に近づけたようなハープの音像もまた、彼の出自がミニマルな電子音楽であることを改めて思い起こさせる。U-zhaanとの共作『2 Tone』(2017年)における、生楽器と電子音のあいまいな境界がもたらす心地よさを、“フィル”の面々とともにアップデートした曲といえるかもしれない。サビでの中村のコーラスにも、わずかにオートチューンがかけられている。
詞曲ともにクレジットは蓮沼一人となっており、特に詞が中村との共作でないことは、筆者にとって少し意外だった。というのも、中村のパートの詞はとても彼女らしい内容で、そこで歌われている“会話”とは、ライブでの彼女が音楽に置き換えて観客やメンバーと交わしているコミュニケーションそのものではないか、と思っていたからだ。この曲は、ソロ・アーティストとしての蓮沼の現在を位置づけている一方で、そんな中村のスタンスに対する蓮沼からのアンサーソングでもあるのかもしれない。(吉田紗柚季)
Text By Sayuki YoshidaDreamy DekaShino OkamuraKei SugiyamaDaichi YamamotoNami IgusaKoki KatoSinpei Kido