Review

Vince Staples: Vince Staples

2021 / Blacksmith / Motown
Back

対話を開かんとする、勇敢な初のセルフタイトル・アルバム

15 August 2021 | By Daiki Takaku

本作には古いソウル・レコードのサンプル以外に、いくつかの歪んだ音声データが挿入されている。

ひとつはヴィンスの母親による独白のような「 THE APPLE & THE TREE」。タイトルは「The apple doesn’t fall far from the tree.(リンゴは木の周りから遠い所には落ちない)」という、日本語では「蛙の子は蛙」に当たる格言を元にしているらしい。だが「旅に荷物はつきものさ」(「TAKING TRIPS」)とヴィンスが歌うように、気の毒がってもらうためにこの曲があるようには思えない。それよりも気になるのは、こうしている間にも、リンゴが積み重なっては腐っていくということ。その甘い香りにたかる蠅どもが煩わしくて仕方ないってこと。さて、ここでジェントリフィケーションだとか、つり目のアジア人ばかり起用するハリウッドだとかを思い出してもいいが、それはさておき想像してみて欲しい。ファンが握手を求めて差し出した手すら信じることができない心理状態のひとりのアーティスト(「SUNDOWN TOWN」)に、善良なあなたは「逆境を力に変えて成功を掴むなんて素晴らしい」などと賛辞を送るだろうか。

挿入されたふたつ目の重要な音声データは、ヴィンスが足を運ばなかったパーティーで起きた銃撃事件について語られる「LAKEWOOD MALL」。ふたつの死体。逮捕された仲間。同胞たちへ贈られる、先のことを考えておくように、という教訓。だが、そんな真っ当なメッセージのためにこの曲が用意されたはずはないだろう。聴き逃してはいけない。「『行こうぜ、どうせ他にやることなんてないんだから』と仲間たちは言う/いいか?オレたちはいつもやることがないんだ」という静かな叫びを。さて、ここで銃社会の是非だとか、教育格差だったりについて考えてみるのもいいが、それはさておき想像してみて欲しい。銃の安全装置を解除しておくことが、翻って安全を担保する環境で生きる者(「ARE YOU WITH THAT?」)に、善良なあなたは「自分たちのためにBlack Lives Matterに賛同して、声を上げるべきだ」などと諭すだろうか。

そして、アルバムの最後に再生されるのは「MHM」のアウトロに流れるくぐもった音声。「91号線を東へ/チェリー(アヴェニュー)で高速を降りて、右へ……」。ヴィンスの地元であるカリフォルニア州ノース・ロング・ビーチへの案内だ。誰を? デッド・ホーミーズを。盆に帰ってくる魂を先導するみたいに。

アルバムは一度終わり、再び冒頭へ。1曲目にしてリード・シングルのひとつ「ARE YOU WITH THAT?」は、できればMVを再生して欲しい。ヴィンスは誰かに追われている。いや、ダルメシアンを散歩している。いや、洗車している。いや、郵便を配達している。いや、ワークアウトの最中? いや、土の中で眠っている。もちろんロケ地はノース・ロング・ビーチ。ヴィンス・ステイプルズは全ての登場人物を演じている。

そう、本作はたくさんの声を代弁している。いやもしかすると、ヴィンス・ステイプルズは言葉の番人として存在しているだけかもしれない。歴史という誰かが恣意的に舗装した大きな河を流れることもなく消えていく実存を繋ぎとめておくように、Kenny Beatsのプロデュースする極めてシンプルでゆるやかなビートの上に、淡々と、軽快に、メロディアスに、言葉が並べられていく。生きている者たちの、生きていた者たちの、生まれてくる者たちの。現在から、過去から、未来から、証言台の上から、牢獄から、大地に埋められた箱の中から、ノース・ロング・ビーチから、宛てなく溢れるたくさんのぼやけた声が。だからいつしか、自らの経験を曝け出すヴィンスの声は、ヴィンスの声であってそうではなくなる。

最近のインタヴューで彼はこんなことを話している。
「2015年にリリースしたシングル 『Norf Norf』で“Northside Long Beach”という3語のフレーズを口にするまで、音楽やメディア、映画を見る限り、自分が育った場所について言及されているのを見たことがなかった。だから、こんなこと(地元についてラップ)をするのは私にとってとても意味のあることなんだよ」
(※参照
https://www.npr.org/2021/07/09/1010394893/im-not-trying-to-fit-within-any-world-vince-staples-on-newfound-creative-freedom

本作『Vince Staples』とはつまり媒介である。あるいは、たくさんの声をひときわ明快に響かせるためのシンプルなトラックと、繰り返し再生されることを見越しているかのような、全10曲、約22分、客演にはシンガーのFousheéただ1人という簡潔さによって、そしてなにより自らを語る勇気と確かな技術をもって周到に準備された、対話へのプロローグである。(高久大輝)


関連記事
【FEATURE】
フジロック出演!
ヒップホップ・シーンきってのへそ曲がりな男が提示する、ぼんやりと、だが確かに存在する可能性

http://turntokyo.com/features/vince_staples/

【REVIEW】
Vince Staples『Big Fish Theory』
http://turntokyo.com/reviews/big-fish-theory/

More Reviews

1 2 3 62