純粋経験としてのポップス~「アウトサイダー・ミュージック」のその先へ
これは、著名なミュージシャンによる記念碑的作品でもなく、歴史に名を残す堂々たる名盤でもない。日常の中で音楽を奏でてきたオーディナリー・パーソンによる音の記録だ。一人の若者がミュージシャンとしてヒロイックな活動を繰り広げていくロック式のビルドゥングス・ロマンから最も離れた、だがそれゆえに激しく尊いなにかである。
イタリアはシチリア島産まれ、後にボローニャへ移り、更にはデュッセルドルフ、トロント、フィラデルフィアと祖国を離れ流転の人生を歩んできたジョー・トッシーニ。1977年、母の死に接し一時は抑うつ状態に陥るが、幼少期より親しんできた音楽に救いを求め、作曲を通してその精神を緩やかに回復していったという。更にその後ニュージャージーに移住し、同じイタリア系の米音楽業界の大物バンドリーダー、ペッピーノ・ラッタンツィと出会い交流を深めることになった。ジョーの才能を高く買ったペッピーノが舵取り役となり、周辺ミュージシャンを一同に集めて制作されたのが本作『Lady of Mine』(1989年リリース)だ。
哀情溢れるイタリア流セレナータをルーツとしたマイナー調楽曲に、カシオトーンを駆使した極めてチープな電子音、妙に切れの良いホーン・セクション、セクシーな女性コーラス、突如切り込んでくる泣きのエレキ・ギター、そしてジョー本人の切々としたヴォーカルが乗るこの音楽の魅力を語ろうとするとき、多くの人が「アウトサイダー・ミュージック」という呼称を授けようとすることだろう。たしかに、美麗とロー・ファイが不可思議なバランスで同居する様は、ゲイリー・ウィルソンやチャック・センリック、ジェフ・フェルペスといったアーティスト達によるオブスキュアAORの名作群にも近しい質感を湛えている。実際に、本作が注目を集めたのは、ジュリアン・ドゥシエとDJサンデーによる2016年のコンピレーション『Sky Girl』へM7「Wild Dream」が収録されたことをきっかけとしており、珍奇なグルーヴを求めるディガー的な視点から評価されたという事実もある。しかしながら、こうしてオリジナル・アルバムのリイシューで全貌に触れてみると、そうした「珍盤礼賛」的視点のみでは取りこぼしてしまう音楽的美点に彩られていることがわかる。
それはどんなものかといえば、収められた音楽から強く感得される、音楽を固有的に対象化するのではなく、あくまで常なるものとして行為している様=「ミュージッキング性」によって生み出されるサムシングだ。当たり前のことだが、彼はここで何か珍奇なものを作ってやろうとか、後年のディガーをしてギョッとさせてやろうとか、そういう欲動に動かされているわけではない。自身を救ってくれた音楽制作を通して、音楽制作そのものを祝福しようとしているように感じてならない。音楽が値を付けられたり、マーケティングの対象としてそのアウラが不正にブーストされたり、消費されたり、転売されたり、捨てられたり、忘れされたりすることから幸運にも逃げおおせ、ただ内側に向かって音楽を開放させるのだった。だからこれは、究極的な意味で自己目的的な音楽であり、一般的なポップスが宿命的に足を踏み入れざるを得ない資本主義的道程が消し去ってしまうポップスの純粋経験とでもいうべきものを、それ自体が行為として行われることでフリーズ・ドライすることに成功した、非常に稀なる録音物といえるだろう。全ての「アウトサイダー・ミュージック」は、そのような純粋なる行為性の魅力に接近するときにのみ、その輝きを垣間見せてくるものなのだということを忘れないようにしたい。(柴崎祐二)
■Calentito内アーティスト情報
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Text By Yuji Shibasaki
Joe Tossini and Friends
『Lady of Mine』
Original:
1989年 / IEA Records
Reissue:
2019年 / Efficient Space / Calentito