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BEST TRACKS OF THE MONTH特別編 -TURNライター陣が2019年を振り返る-

当サイトで定期的に更新している《BEST TRACKS OF THE MONTH》。今回はその特別編。TURNライター陣、および編集部のメンバーが2019年を振り返り、その中で自らの思考や行動と密接に関わっていた楽曲あるいは2019年のベストトラックを1〜5曲を選び、それぞれの視点からコメントしている。2019年がどのような1年だったのか、そして2020年とどう繋がっていくのか、ぜひいっしょに考えながら楽しんで読んで欲しい。(TURN編集部)

尾野泰幸

Songs
・Big Thief「UFOF」
・Vampire Weekend「Harmony Hall」
・Lil Nas X「Old Town Road」
・ASIAN KUNG-FU GENERATION「解放区」

コメント
麻生太郎がつい先日発言した、「日本」という表象にまとわりつく「単一民族神話」的言説に象徴されるように、常に流動的であるはずのカテゴリーを固定化し、安易に私とあなたを線引きしようとするどこまでも内向きな言説がそこかしこに跋扈している。そんな時代はまだまだ続いていくだろう(というか、そんなことがなくなった時代はきっとまだない)。とても悲しいけれど。

だからこそ、自らとは「違う」他者を「わからない」と吐き捨てるのではなく、かといって「わかった」と安易に判断を下すのではなく、常に他者理解を宙づりにし続け、相手との対話を尽きることなく続けていかなければならないだろう。何かを「わかった」と思い込んだとき、そこからこぼれ出る何かが必ずあるのだから。それが、あちらとこちらのコミュニーケションを阻害する単純で、時に暴力的な壁に薄くても、切れ目を、穴を開けてくれる。 

誰かにとって明るく希望に満ちた時代であっても、他のだれかにとっては暗く、ひどく生きづらい時代でもある。私は、そのどちらの気持ちも「理解」し続けようとしたい。わけがわからなくなる時も多い。ここで選んだのはそんな躁うつに苛まれる日々を過ごしてきた私にとって、ある時は沈んだ気持ちをエンパワメントし、ある時には粗ぶった気持ちをクールダウンしてくれた曲たちだ。

加藤孔紀

Songs
・FKA Twigs「cellophane」
・Kelsey Lu「Blood」
・Joana Queiroz「Memórias」
・折坂悠太「抱擁」
・シャムキャッツ「おくまんこうねん」

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自身に向き合う、けれど他者との関りも丁寧に見つめたこの5曲の美しさに感情が込み上げた。あまりにも情報が、人の感情がインターネットに溢れ、議論が目まぐるしいスピードで展開され、そして衝突する状況を見ていたのが僕の2019年だった。自分に向き合うにも、常に誰かの声に囲まれた状況から逃れられない、静かとは言えない世界で、真っすぐに届いて聴こえてきた5曲には、それぞれの近くに在る人や自然、芸術に目を向けたことで宿った美しさがあるように思えた。名前も知らない誰かとの関わりではなく、そばにある存在との関わりとその距離の近さが、あたたかさも感じさせてくれた。シャムキャッツは「おくまんこうねん」の歌詞で“新しい運命に出会うちょっと前なのさ/僕、だから、すぐに出会うよね!/ちょっと前からさ ずっとここにいたよ/とか言って笑って君と出会うよね?”と歌っていた。新しい運命、おくまんこうねん…そんな未知との出会いは実は僕らの近くにずっとあって気付いていないだけなんだろう。自分が知らなかったことを気付かせてくれるきっかけの一つもまた、そんなそばに在る存在との関わりで、それが新たな一歩へ繋がっていく。何が待ち受けるか分からない2020年の日本に不安はあるけれど、そう思ったら楽しめるかもって気持ちになっている。

キドウシンペイ

Songs
・Sufjan Stevens「Love Yourself」
・Karine Polwart「Women of the World」
・Our Native Daughters「Moon Meets the Sun」
・Wilco「Love is Everywhere(Beware)」
・Joe Henry「Orson Welles」

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19年は、ここ数年で一番たくさんの音楽を聴いた1年だったと思う。アナログレコードブームが盛り上がりを見せる中、これまで廉価で買えていた中古レコード価格がぐんぐんと高騰気味。代わりに、ありがたいことに初CD化も含むジャズ、ソウル、オールディーズなどのコンピ・名盤再発シリーズCDが廉価でどんどん登場。しかも作品によって丁寧なライナーや歌詞がついていたりするので、配信もサブスクもない時代に逆行するように、それらを眺めながらじっくりCDで聴くというスタイルの楽しさを再発見した。

年末が迫るにつれて10年代という括りで時代を纏めたニュース特集が多くみられたが、人種・難民・格差・環境など、抱えている問題を10年代というフォルダにアーカイブできるわけではなく、むしろ20年代に向け大きく表面化したような1年だったように思う。しかし、耳をすませば、ここに挙げたアーティストのように、静かながらも声を上げてレジストし、表現する人々が多く存在していることも確かだ。個人的には、はじめて東京・大阪でレインボーフェスタに参加し、行進させてもらったりと、LGBTQ関連の課題に向けた意思表示を意識した1年だったので、とり上げた楽曲もそれを反映した。そして、19年最後に届けられたジョー・ヘンリーの新作は、病からの復帰作で、まるで生と死を包容する桃源郷。静寂の中で穏やかな残響をもたらす除夜の鐘のように鳴り響く作品だった。

坂内優太

Songs
・Sunday Service Choir「Count Your Blessings」
・Rosalia「Milionària」
・Big Thief「Century」
・Frank Ocean「DHL」
・Denzel Curry「13LOOD 1N + 13LOOD OUT MIXX」

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2019年は「宗教」というキーワードが何度も立ち上がってくる1年だった。 まずは本当に個人的な話。母方の祖父が昨年、亡くなった。その葬儀で、家系が属している仏教の宗派を否応なく意識することになった。普段、宗教を全く意識せずに生きていたので、印象的な体験だった。

そして天皇の退位と即位。その式典。そこには否応なく宗教的なものが体現されていた。この国が今の形になってから、たかだか数十年しか経っておらず、社会の根底には、昔の日本的なものが脈々と生き残っていて、もしかしたらそれは再び現実世界に表出しつつあるのかも知れない、とも思った。

それは海外に目を移しても同じかも知れない。アメリカがキリスト教的な価値観が隅々まで根付いた国家だということも、このタイミングで改めて心に留めておきたい。90年代以降の「(新興勢を含めた)宗教への違和感」がデフォルトの世界観を生きてきた身にとってはやや不気味にも感じられるが、政治や社会が行き詰まる中で宗教や信仰が改めて意味を持ち始めているのかも知れない。

その意味で、やはりカニエ・ウェストの動きには同時代的な興味を惹かれる。『JESUS』シリーズのアルバムは、そのサウンドの中にも、不思議な感触が潜んでいて音楽作品としても興味深いものだった。

他4曲は、2019年だけでなく、2020年以降の景色を感じさせてくれるもの。ロザリアらラテン・スターは文字通りシーンの新しい星だし、フランク・オーシャンは次の方向性を示唆している(新曲はどこかアーサー・ラッセルっぽいかも)。ビッグ・シーフのある意味で素朴なロック・サウンドに新鮮さを感じたのも示唆的だった。そして、本当に2020年に入ってから発表されたデンゼル・カリーの、時代を切り裂くように野心的な新曲(組曲全13分!)。このトラックが、新しいディケイドの幕開けにあったことは書き留めておきたい。

高久大輝

Songs
・Moment Joon「井口堂(IGUCHIDOU)」
・NORIKIYO「What Do You Want?」
・OMSB「波の歌」
・Seiho「Wareru feat. 5lack」
・SPARTA「いつも通り」

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2019年は端的にいうと疲弊していた、ということになるのかもしれない。政治のこと、社会のこと、環境のこと、ジェンダーのこと、そしてそれらと繋がった私生活のこと。考えては疲れ、何も考えたくないと思うこともたびたびあった。いっそ何もかも終わってしまえば……とも。だけど裏腹にTURNで選んだ2010年代のリストは、そんな状況からどのようにして未来へ繋いでいくかということを軸にした部分も大きい(無論リストは自分だけでなく編集部全体で選んでいる)。そして原稿も、できる限りそんな想いが伝わるものにしようと書いた。書いてしまった。書きたかった。それはきっと「生きていたい」ということなのではないか、と振り返って考えている。このように夜に文章を書くと少しセンチな感じになってしまうのはひとつ反省点として、2020年、まだまだ人に対しては本当にどうしようもない自分になってしまうこともあるけど、せめて音楽と文章に対しては誠実でありたいし、もっと面白く、楽しくできる確信がある。

今回選んだのはクールなのはもちろん、考える起点になったり、ぼんやりと自分という存在を理解させてくれた曲たち。未だにわからない部分もたくさんあるけど。わからないことは可能性だから、まだ先があるってこと。想像力の足りなさを他人のせいにしなければ、まだ進めるってこと。後悔も反省も忘れずに、新しいディケイドも生きていたいな。今のところ、そう思っている。

ドリーミー刑事

Song
・思い出野郎Aチーム「同じ夜を鳴らす」

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“I’m a God’s child この腐敗した世界に堕された”と鬼束ちひろが歌ってから20年。

あの時浮かべていた半笑いが完全に引きつっちゃうくらいに権力の私物化や差別や恫喝が日常化した2019年。それがいよいよ身近にまで迫ってきたぞ…と思い知らされたのが、あいちトリエンナーレに対する政治家による検閲と扇動、そして無数の脅迫だった。来年の今頃、あの矛先がポップミュージックの世界に向けられて、例えば公立のホールや公園で、あのバンドやこのバンドの演奏が聴けなくなったとしても、もうボクはまったく驚かないよパトラッシュ…。

そんな諦めの中でそっと目を閉じようとしていた俺の頬をペシペシと叩いてくれたのが、思い出野郎Aチームの「同じ夜を鳴らす」だった。アートが政治性や社会性を帯びることを許さない、この国の病理が明らかになってもなお、彼らは自らの立ち位置を表明することを止めなかった。石を投げられ、血を流し、うずくまる人たちの姿を、見て見ぬふりをしなかった。「もはや都合よく ラブソングを歌う気にもなれない」と言うほどの絶望の中で、かすかな光を拾い集めたのである。それは私たちをもう一度立ち上がらせるメッセージであると共に、10年代のこの国の姿を後世へと伝える稀有なドキュメントでもある。

“こんな狂った国、どこにもないよ(There is no place like America today)”とカーティス・メイフィールドがつぶやいてから45年。彼のソウルは、はるか極東のパーティーバンドへ引き継がれている。

堀田慎平

Songs
・空間現代「Singou」
・Suburban Musïk「TAZUNA」
・NTsKi + 7FO「D’Ya Hear Me! 」
・Bevrly Glenn-Copeland「Heaven in Your Heart」
・Carl Stone「Panchita」

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2019年は仕事を辞めたりまた始めたりしているうちに、一瞬に過ぎ去っていったような感覚。そんな日々の中でも強く印象に残った5曲を選んだ。

京都で《外》というスペースを運営する空間現代。誰に頼まれたわけでもなく、自分たちで大きな壁を作りそれをまた自分たちで乗り越えようとする。何かに対してストラグルするような彼らの姿勢には刺激と驚きを与えてもらった。Suburban Musïkはインダストリアル、レイヴ、咆哮、轟音、自分にとって好きな要素が全てある。Bandcampからレコードを注文すると梱包用のダンボールにまでペイントがしてある徹底ぶりで昨年一番買って良かったレコード。《EM records》 からリリースされたNTski + 7FOという異色コンビによるBrenda Rayのカバーは曲自体の良さは勿論のこと、レーベルのこれまでとこれからを感じさせてくれる。アジアのアンダーグラウンドシーンにも広く目を向ける《EM Records》は今年も引き続き注目すべきレーベル。

Carl Stoneやニューエイジ/アンビエント再評価の中で脚光を浴びるBevrly Glenn-Copelandの作品も繰り返し聴いても新たな発見がある強度を備えていた。新たな発見という点では《Blume》、《Black Truflfe》などのレーベルたちから発表された現代音楽/実験音楽のリイシューや編集盤も素晴らしく新旧問わず多くの作品に触れた一年だった。

楽曲以外の面で言うと、京都の小さなレコード屋でDJたちが機材を持ちこんで開催されるウェアハウスパーティー〈火楓源〉が熱気と緩さと地下な感じの加減が絶妙で印象的であった。冒頭で述べた空間現代の〈外〉もそうだが身近なところで規模は小さくとも純粋な熱意や愛情を音楽に捧げている人たちの存在に昨年はとても勇気づけられた。それもあってか毎日のニュースや自分の生活に目を向けると気が滅入るがこと音楽に関してはとても楽観的で今年も素晴らしい作品やイベントに数多く出会えることを確信している。

杢谷えり

Songs
・Future Orients(飛去來)「Dream Like A Buffalo」(沉默入梦)
・David Boring「Machine #3」

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日本を含めて世界的にきな臭い動きがある中で、10月に上海と杭州にアメリカのBRONCHOのライヴを見に行った。その頃は、香港ではデモ隊と警察の衝突が続いており、彼らも当初予定していた香港公演をキャンセルしている。報道やSNSで伝えられる香港の様子とは打って変わって(少なくとも私が足を運んだ場所ではだが)中国は平和そのもので、ルールさえ守っていれば危険はないといった印象を受けた。ある意味で同じ国にもかかわらず、いつも通りのエリアとそうではないエリアがあることに驚き、この状況下で中国の人たちは何を思っているのかが気になった(報道規制もあるらしく、反政府的なことはタブーではあるから本音を知ることはできないだろうが)。

そんな中、11月にリリースされた北京のフォールズとも称される北京のFuture Orients(飛去來)の「Dream Like a Buffalo」(沉默入梦)。どこか諦めすら感じる哀愁漂う音と英語で歌われる現実的にはあり得ない内容の歌詞に、彼らも戦っているのではないだろうかとも思えた。You Tubeで見られるMVには歌詞の字幕までついていることから、中国ではなく、外へ伝えたいという意志を感じた。他方で、David Boringの「Machine #3」のように、香港ではもっと過激な音が生み出されていることにも注目したい。混沌とした中にサイレンを思わせるギター音が全体を覆い、演説かと思われるような歌い方(こちらも歌詞は全部英語だ)。それらはまるでデモ隊と警察の衝突が一番激しかった時の様子やその時の香港の人たちの不安を歌っているように聴こえた。

自由に国を移動して好きなバンドの公演を見る。そのごく当たり前だと思っていたことが尊いものであり、それが脅かされるときがすでに来ている恐怖に苛まれた1年。

山本大地

Songs
・Lizzo「Juice」
・Yerin Baek「Maybe It’s Not Our Fault」
・LIL KIM「Yellow」
・BananaLemon「#Slapanese」
・Lana Del Rey「The Greatest」

コメント
2018年を象徴していたヒーリング、セルフケアといったテーマは引き続き2019年の自分にも通底していた。何色よりもピンク色が好き、世の中にあるたくましい男性像のようなものとは程遠い、そんな自分だけどいいじゃないかー。例えばリゾやけみおとか、自分を鼓舞する”アイコン”を以前よりもずっと意識していたし、韓国のトレンド「ニュートロ」に代表される、懐かしさと未来的なフィーリングを同時に纏った東・東南アジア発の音楽やデザインは自分を癒したりもした。言い換えれば、それらに自分を包み込むシェルターも、逃避する場所も見出していた。

だが、自分を愛するにはそれだけでなく、過去を反省したり、未知の世界に接して自分との繋がりを知ってみることこそ必要そうだ、と2019年はより強く思わされた。それはマスキュリニティと自分の関係なんてことを考えたり、葛藤すればするほど、過去にはそんな私を生きづらくさせるような言動を自分自身こそしていたことも思い出して、たまらなく後悔したくなったりもしたからだ。とにかく経験や周囲との対話を積むことが、自分が前進することに欠かせない。だからこそか、それぞれ最高にゲラゲラ笑えるコメディ、美しいポップ音楽でありながら、私たちを優しく包み込むだけでなく、過去の失敗と向き合わせたり、批判的な視点も持たせたりもした(もちろん社会や歴史からの引用も溢れている)「ボージャック・ホースマン」やラナ・デル・レイ『Norman Fucking Rockwell!』は、自分にとって助言をくれる友人たちのような作品でもあった。フェミニズムもメンタルヘルスや移民を取り巻くイシューも気候変動も、全て自分と強く関係しているのだ。そう思うことを大事にし続けたい。

Text By Dreamy DekaDaichi YamamotoYuta SakauchiDaiki TakakuKoki KatoYasuyuki OnoShinpei HoritaSinpei KidoEri Mokutani

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